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「まぁそれについてはまたゆっくり羽理と話すといい。――だが、とりあえず今朝のところは一旦興奮をおさめて……朝の支度に戻らないとお互いまずいと思うんだが?」
羽理は休むからいいとして、大葉も仁子も仕事なのだ。
上司モードでそれを示唆した大葉に、仁子が『わわっ。ホントだ! もうこんな時間!』と慌てて、『すみません! 羽理にはまた改めて話聞かせてもらうって伝えて下さい。では――』と早々と通話から離脱してしまう。
「もぅ、大葉のバカぁ! プロポーズのこと、勝手に仁子に話しちゃうなんて酷いですっ」
大葉が電話を羽理に戻してきたのと同時、羽理はそんな恨み節を言わずにはいられなかった。
「知らないのか、羽理。仕事でもプライベートでも外堀固めは重要なんだぞ?」
なのに大葉はいっかな悪びれた様子もなくククッと笑うと、余りのことにハクハクと口を開け閉めするしか出来ない羽理を残してキッチンへ戻ってしまった。
身動きのままならない羽理が、恨めし気に呆然と見つめる先、大葉は電子レンジから温めたまま放置していたミートボールを取り出すと、弁当箱に詰めて「よし」とつぶやいた。
どうやら弁当が完成したらしい。
***
「待たせたな、朝食にしよう」
大葉がトレイに美味しそうなオムライスと湯気のくゆるマグカップを載せてリビングへ戻って来た時、羽理は未だにムゥーッと唇を突き出して拗ねっ子モードのままだった。
それを見て、大葉は(ホント可愛いな、こいつ)と思ったのだけれど、今そんなことを言えば揶揄っていると余計に怒らせてしまいそうだったので、言わずにおいた。
「ほら、冷める前に食え。……食わねぇなら俺が全部食っちまうぞ?」
ツン!とそっぽを向いている羽理の鼻が、ウサギの鼻先みたいにヒクヒク動いているのを知っていて、大葉がわざと羽理の前に置いたオムライスの皿を自分の方へ引き寄せれば、「ダメ!」と言う声と共に皿の縁をギュッと握られた。
急に動いたからだろうか。一瞬「はぅ」と悲鳴を上げた羽理が痛々しく思えてしまう。
卓上のオムライス、当然羽理の方はとろりとした半熟の卵がチキンライスの上に乗っかっていて、少し焼け過ぎた大葉のものよりかなり見栄えがいい。
ケチャップで、大葉が描いた〝猫っぽいモノ〟がなければもっといい感じだったはずだ。
それら全てが償いになるかどうかは定かではないけれど、無理をさせてしまったことへの、せめてもの罪滅ぼしだと思ってくれたら有難い。
「ブタさん……?」
「猫だ!」
猫っぽいものを見詰めながらつぶやいた羽理に、猫だと言い張りつつ「火傷するなよ?」と言い添えて、マグカップに注いだサツマイモのポタージュスープを差し出せば、羽理が視線をケチャップ絵からカップへ移して瞳をまん丸にした。
「わぁー、オムライスだけじゃなくスープまで! この匂いはサツマイモですか? やーん、すっごく美味しそうです!」
すっかり自分が拗ねていたことを忘れてしまったみたいにキラキラと瞳を輝かせる羽理に、大葉は無意識に微笑んだ。
「スープカップとかあると見栄えもいいし、お勧めなんだがな?」
口が緩んだのを隠すようにわざと苦言を呈すれば、「スープはいつもクナール社のカップスープをお湯で溶いたものを愛飲しているのでマグで十分なんですよぅ」と、羽理が曖昧に笑うから。大葉は「さては買う気ねぇだろ」と図星を突いてやった。
「ぐっ。……そ、そう言えばうち、ミキサーないのにどうやってポタージュなんて作ったんですか?」
カエルがつぶれたような声でうなった後、誤魔化すみたいに話題を変えてきた羽理に、「あく抜きしたサツマイモを電子レンジで柔らかくしてな。鍋に移してからお玉の背でつぶしたんだ」と答えたら、今度こそ申し訳なさそうに眉根を寄せられてしまう。
「すみません。うち、マッシャーもなかったですね」
「問題ない」
実際、柔らかく火の通ったサツマイモを潰すのなんて、造作ないことだったから。
大葉がクスッと笑って羽理を見詰めたら、羽理がソワソワと瞳を揺らせてから「い、いただきます……」とつぶやいてスープに口を付けた。
さっき味見をしたから知っているが、羽理が飲んでいるスープは確かにミキサーで作ったものより少し舌触りがざらざらしている。
けれど、逆にそれがアクセントになっていて美味しく感じられるはずだ。
現に羽理はカップから口を離すなり、「はぁー、すっごく美味しいですっ。大葉はホントいいお嫁さんになれそうですねっ」と、とろけたように微笑んだ。
まるで思ったままを口にしたという体の羽理に、「俺はお前を嫁にもらう予定なんだがな?」と低めた声で返したら、羽理の頬がブワッと朱くなった。
(ちょっ、可愛すぎだろ、俺の嫁候補!)
何故か大葉までそんな羽理の反応にあてられて、やたらと照れてしまった。
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