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突如仕事を休むことになってしまった羽理は、ちょっと動いただけでもしんどいし、家にいても色々と大変そうだとソワソワしていた。
「羽理、今日は一人で過ごすのしんどいだろ? 柚子が日中俺ん家にいてくれるそうだから、あとで移動するぞ?」
でも、いざそんな風に大葉から提案されてしまうと「へ?」と間の抜けた声を出さずにはいられなかった。
「ゆ、柚子お姉さまに一体どんな説明をなさったんですかっ!?」
まさかバカ正直に『抱きつぶしました』だなんて説明はしていないだろうけれど、昨夜柚子には元気な姿を見られている。
一晩明けて、いきなり羽理がヨボヨボのお婆ちゃんみたいになっていたら、『あらあらあら♥』みたいに邪推されるかも知れないではないか。
(いや、邪推じゃないか……)
十中八九ビンゴだけれど、『初めてのエッチで貴女の弟さんに足腰立たなくされました』だなんて言えるほど、羽理だって厚顔無恥ではない。
「とりあえず昨夜帰り際に夜道で階段から落ちて、足腰痛めたって言っといた」
「か、階段から……!? うわー、何て嘘つきさんなの!」
「……正直に伝えた方が良かったか?」
「そ、それはっ! 滅相もございません! 嘘、大歓迎です! 嘘つきバンザイ!」
下手に諸手を挙げようものなら、激痛は必至。羽理は口先だけで懸命に大葉を褒め称えた。
「――けどなぁ」
そのせいで、柚子から『病院には連れて行ったんでしょうね?』と聞かれ、しどろもどろになったところへ『まだなの!? じゃあ私が連れて行くから車、置いて行きなさい』と言われたらしい。
「ふぇっ!?」
大葉の言葉に、羽理はゾワワワッと血の気が引くのを感じた。
「お医者様を騙せるわけないじゃないですかぁ! 階段落ちのダメージじゃないの、すぐバレちゃいます!」
ばかりか、『ほどほどに、ね?』とか苦笑され兼ねない。
「だよな? だから……俺が病院へ連れてった後でそっちに連れて行くから大丈夫だって話しちまった」
「え?」
言われて、羽理は思わずキョトンとしてしまう。
それはつまり……。
「大葉も、有給とか取って……辻褄合わせをするってことですか?」
さすがに本気で病院へ連れて行くつもりはないだろうから、単なる時間潰しに他ならないだろう。
「ほんの一時間ほどな」
元々クソ真面目な大葉は、有給休暇を全くと言っていいほど使っていないのだとか。
だから、昨日に続いて気が引けたのだが、恐る恐る社長に打診したら、二つ返事でOKが出たらしい。
それを聞いた羽理は、すぐさま思ったのだ。
「大葉、社長と直接お話出来たりするんですね。やっぱり腐っても部長様なんだ!って今更のように実感しました!」
「……勝手に腐らせるなよ」
羽理は、土恵商事に勤め始めて二年ちょっとになるけれど、社長と一対一でマトモに会話したことなんて皆無なのだ。
せいぜい社内ですれ違った際に、挨拶する程度。
「だってホントに意外だったんですもん!」
変な所に感心してしまって、大葉から「お前、俺の評価が低すぎないか?」と睨まれてしまった。
***
「えっと……大葉のお家に持って行くものって、お財布と携帯くらいで大丈夫ですかね?」
「充電器と着替えも何着か持っとけ。もちろん下着や寝間着もだぞ?」
言ったら、「えっ?」と言われてしまう。
「そんな調子で、一人で飯とか風呂の支度とか出来るのか?」
だから分からず屋に言い聞かせるつもり。柔らかな羽理の頬を両手のひらで挟み込んで、顔を上向かせて問い掛けたら、「……多分……無理、です……ね」と、羽理が不服げに大葉を見上げてくる。