「そう。
ありがとう。
この倫太郎が仕入れ間違えたガムさ。
僕、前によそで買ったことがあるんだけど。
これ、実は、中に怖い話が入ってるんじゃないんだよ」
可愛いタヌキとキツネの絵の描かれたパッケージを開けながら、高尾が言う。
「噛むとお化けが出せるんだ」
えっ? と全員がその薄いピンクの板ガムを見た。
「いや、正確には、噛んだ人がなにかに化けられるだけなんだけど。
お化けにも化けられるから、百物語とかやるときに持ってると楽しいんでね。
それで、お化けガムって言うんだよ。
ま、どっちかって言うと、化け化けガムかな」
と言いながら、高尾はそれを口に入れる。
噛んだ瞬間、煙が立ち上ったたが、それが消えたあとに現れたのは、高尾だった。
「……誰に化けたんですか」
「葉介のお父さん」
「ほぼ変化がないんですが……。
っていうか、高尾さん、自力で化けられるでしょうに」
と壱花は言ったが、高尾は冨樫の父になったつもりで、力強く、その名を呼び言った。
「葉介、西南西ちょっと西に行くんだ!
きっと、ちょっと、いいことがあるっ!」
「ビジュアルもセリフもさっきと、ほぼ変わっていませんが……」
と壱花が言い、
「西南西ちょっと西になにがあるんだ……」
と倫太郎が言う。
「西南西ちょっと西は、今年の恵方だよっ。
行ったら、きっといいことがあるよっ」
と高尾は断言する。
「それ、お前の予言じゃないよな……?」
そう呟いた倫太郎に、壱花は訊いてみた。
「そういえば、前から思ってたんですけど。
その年の恵方ってどうやって決まるんですか?」
「その年に、歳徳神のいる方角が恵方だ」
「歳徳神?」
「歳神様のことだよ。
陰陽道で決まる、その年に歳徳神のいる方角が恵方とされるんだ。
昔は、恵方参りとかしてる人もいたな。
初詣に恵方の方角にある寺社に行くんだ」
「ああ、うちは今でもやってますよ。
……今年もやったはずなんですけどね」
少し寂しく、冨樫は呟く。
「恵方って、恵方巻食べるときだけしか気にしないですよね、そういえば」
と言う壱花に、高尾が、
「でも、その一年の恵方だからね。
その方角に向かって、旅行したりとかしてもいいと思うよ。
そっちの方角にある宝くじ売り場に行ってみたりね。
昔から良いと言われるものにはきっとなにか理由があるから」
そう笑って言ってきた。
「そうかもしれないですね。
陰陽道とか星占いとかは、統計学だって言いますもんね」
「恵方って、西南西・南南東・北北西・東北東のどれかしかないんだけど。
今年の恵方は、西南西やや西!
さあ、葉介っ。
西南西やや西に向かって進むんだっ」
倫太郎はスマホを出し、方角をはかると、
「この店だと、ライオンのいる方角だな」
と寝ているライオンを振り返る。
いや、ライオンに向かって突っ込んでくのはちょっと……。
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