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仕事終わりのロケバスって、なんかちょっとした戦場だ。
誰がどの席に座るか。寝るか、喋るか、音楽を聴くか。
…今日の俺は、なんとなく一番後ろの席を選んだ。
「お疲れー」
隣にふらっと座ったのは深澤。いや、ふっか。
「……お疲れ」
何気ない日常。だけど、ちょっとだけホッとする。
俺はふっかといると安心する。昔から。
話さなくても、無言でも、いい空気が流れる。
たぶん、他の誰よりも“一緒にいる時間”が自然なんだ。
「今日さ、照、めっちゃ頑張ってたな。あのくだり笑ったわ~」
「ん、そっか?」
「うん、そういうとこ、好きだよ」
「…………は?」
……今、なんて?
俺の耳が悪くなったのか、それとも聞き間違いか。
でもふっかは笑いながら、スマホをポチポチいじってる。
「さっき、なんて言った?」
「ん? “好きだよ”って。頑張ってる照、なんかいいな~って思ってさ」
その瞬間、俺の心臓はえらく不器用なリズムを刻みはじめた。
「……そっか。ありがとな」
なんでもない顔をして返したけど、内心は大パニックだった。
うっかり顔を見たら、ちょっと優しい目で笑ってるし。
それ、なんなんだよ。
いや、まさか、これは——告白……?
いやいやいや、まさか。まさか、そんなわけ。
でも、“特別”って言ってたよな。前にも。
あれって、そういう意味だったのか……?
……って、ダメだ、考えすぎると変な汗が出る。
でも、でも……。
俺、今、ふっかに告白された……のか……?
落ち着け。これは、勘違い……だよな?
「……ふっかって、さ」
「うん?」
「そういうの……誰にでも言う?」
ふっかが一瞬だけ首をかしげた。
「んー……うーん。そうかも。俺、基本的に、ちゃんと頑張ってる人って好きなんだよ。特にメンバーはいつも頑張ってる姿みてるから特に好きかも。ハハッなんだか恥ずかしいな」
「…………そっか」
“誰にでも言う”。
それ、なんかちょっとショックだった。
いや、違う。俺は何に期待してんだ。
「ん~メンバーでも照ってやっぱちょっと特別かもな」
「!!」
まただ。今、また言ったぞ。
“特別”って……それ、やっぱそういう意味?
「……俺の、どこが?」
「え?」
「俺の、何が特別なんだよ」
ふっかは、少しきょとんとして、それから軽く笑った。
「いや、なんか……昔から一緒にいるしさ。わかってくれるし。変な話しなくても安心できる、みたいな?そういうの、大事だなって思って。だから恥ずかしい事言わせるなって笑」
「…………」
今のって……友達としての“特別”ってこと、だよな?
でも、それって——他の人にも言えることなんじゃ……。
「なに? 変なこと言った?」
「……いや、別に」
ごまかすように目をそらす。
でも、気づけばドキドキしてるし、息が浅くなる。
こんなの、昔の俺なら絶対にあり得なかった。
「ふっかってさ、無自覚にそういうこと言うよな」
「え、なにそれ、悪口?」
「いや……違うけど」
俺はごまかすように、座席の肘置きに手を置いた。
すぐ横にあるふっかの手に触れそうになって、あわてて引っ込める。
「……ありがとな」
「うん?」
「いろいろ、……そういうふうに思ってくれてるの」
「……うん。まぁ、ほんとのことだから、とういかどうしたの照?変なの!」
笑うふっかは、何も知らない顔をしていた。
それがまた、俺の勘違いに拍車をかける。
——これって、どう考えても、俺に気があるんじゃ……?
違う、そうじゃない。
いや、でも……もしかして。
ああもう、わかんねぇ!!
――――――――
翌日。
朝のリハーサル。照明の調整と立ち位置確認で、ステージの上を行ったり来たり。
俺は、自分でもわかるくらい動きがぎこちなかった。
「岩本くん、今日どうかした?動きおかしいけど」
「え、そうか?」
ラウールが不思議そうな顔をしてこっちを見てる。
お前の観察眼、地味に鋭いんだよな。
「なんかさ、こう……止まるタイミングずれてるっていうか、目線が泳いでるっていうか」
「…新しいフリの事考えてて体、変に動かしたかも…ちょっと集中するわ、悪いなラウール」
そう言ってごまかしたけど、自覚はあった。
目線をやたらとあちこちに向けてしまうのは、ひとつの場所を直視したくないから。
——つまり、ふっかの顔が見れない。
「おーい、照~。そこ違うよ~。立ち位置こっちだって~」
ふっかの声。
俺はハッとして立ち位置を移動したけど、なんかまた距離感がおかしくなって、ふっかと腕がぶつかった。
「あ、ごめん」
「大丈夫大丈夫。……てか、今日の照、珍しくボケボケしてない?」
「……そ、そんなことねぇし」
平静を装おうとしても、顔が熱い。
きっと耳とか真っ赤だ。やべぇ。
「なに?昨日の夜ふかしすぎた?眠い?」
「ちげーよ。……ちょっと集中切れてただけだ」
ふっかは「ふーん?」って笑って、何も気づかないまま俺の横に並ぶ。
それがまた、なんか、変に距離が近くて。
なんでそんな自然に、こんな近くにいんだよ……
「ねぇねぇ」
ふいに目黒が横から小声で話しかけてきた。
「岩本くんさ、最近ふっかさんとなんかあった?」
「……は?」
「いや、なんか変。ふっかさんと話す時、妙にテンパってるっていうか、目そらしてるっていうか」
「気のせい」
「ほんとー?俺、結構見てるよ?人の表情とか」
……こいつも地味に鋭いんだよな。めめラウコンビ。
「……なにもない」
「ふーん。まぁ……がんばってね?」
「うっ…」
リハが終わって楽屋に戻ると、案の定メンバーがざわざわし始めてた。
そもそも騒がしいメンバーは会話も筒抜けだ
「なんかさ〜岩本君、今日の動きほんとに変だったよね?」
「ふっかが近くに来るとカクカクすんの、ロボットかと思った」
「もしかしてさ……」
佐久間とラウールが顔を見合わせる。
「『ふっか』『ふっかさん』のこと、意識してんじゃない?」
「はい解散!!!」
俺は即座に立ち上がって、その場を離れた。
背中にふっかの「え、どうしたの照〜!?」って声が聞こえたけど、振り返れなかった。
——もう、無理。普通に接するの、無理かもしんねぇ。
でも。
こんなの、俺の勘違いかもしれないんだよな。
全部、俺が勝手に考えすぎて、勝手に舞い上がってるだけで。
でも——もし、本当にそうだったら?
……その“もし”が、止まらないんだよ。
―――――――――――
本番前の待機時間。
俺はスタジオの隅っこでウォーミングアップしながら、メンバーの様子を何気なく眺めてた。
そしたら、目に入ったのは——
ふっかと目黒が、並んで笑い合ってる姿だった。
しかも、なんかめっちゃ距離近くね?
「え、でもそれさ〜ふっかさん絶対向いてると思う!あの雰囲気で頼られたら俺も断れないもん」
「なにそれ、めめ甘すぎ〜!でもありがとう、うれしいわ」
「いや、マジで言ってるって!ふっかさんほんとすごいよ」
「も〜そんな褒めたらジュースおごるしかないじゃん」
「マジ!?やったぁ!」
……え、なにそれ。
なんか、めっちゃ仲良くない?
ジュースって…そういや俺ここ最近ふっかに何か買ってもらった事とかない。
学生の時はよくあったけど。ってたかがジュースだろ…。
別に自分で買えるし。
というか目黒、あんなに笑ってたっけ普段?
それを自然に引き出してるふっかって……いや、やっぱそういうとこだよな。
——誰にでも優しくて、誰とでも距離近くて。
それが“ふっからしさ”ってわかってる。
でも。
それでも——
「……チッ」
舌打ちが出た。自分でもびっくりした。
「ん?照、なんかあった?」
佐久間が隣から顔をのぞかせる。
「……別に」
「嘘つけ〜、顔が不機嫌なときの“別に”は“だいぶ気にしてる”って顔してんじゃん」
「うるせーな」
佐久間はにやにやしながら、視線の先をたどっていく。
そして——俺が見てた先にふっかと目黒がいることに気づいて、あぁ〜って声を漏らした。
「……あれか。めめとふっかの距離が近いのが気になる、と」
「違う」
「そっかそっか〜、好きな人が他の男と仲良くしてるとモヤるよねぇ〜」
「だから違うって言ってんだろ!!!」
どすん、とソファに座り込んだ。
周りに聞こえてたかもしれない。でももうどうでもよかった。
俺の中で、ぐるぐるといろんな感情が渦巻いてる。
「……なんなんだよ」
ふっか、俺に“特別”とか言ったくせに。
そういうの、他のやつにもしてんじゃん。
笑って、褒めて、距離近くて……それ、全部俺にも言ったことあるやつじゃん。
「……俺だけじゃなかったんだな」
つぶやいたその言葉が、自分でもちょっと痛かった。
期待してた自分が、なんかダサくて。
でも、それでも心が勝手に反応してしまう。
「照?」
その声で、俺は顔を上げた。
ふっかが、目の前にいた。
「さっきからなんか、様子おかしくない?」
「……別に。何でもない」
「そう?顔、ちょっと怒ってるように見えたけど……」
「……見てたのかよ」
「うん、見てた。そりゃ照のことはいつも見てるし」
ドクン。
まただ。そういう何気ないひと言が、心臓に刺さる。
「……それも、誰にでも言ってんだろ」
「え?」
ふっかの目が、ほんの少し驚いたみたいに揺れた。
でも、俺はもうその顔を直視できなかった。
「ちょっと……一人にしてくんねぇか」
「……うん、わかった」
ふっかはそれ以上何も言わずに去っていった。
その背中を見送りながら、俺はまた思ってしまう。
——ほんとは、俺だけに言ってほしかった。
そしてまた、思い出す。
あの“特別”って言葉。
あれが俺をこんなに惑わせるなんて、思ってもなかった。
次会う時、俺……普通に接する自信、ねぇよ。
―――――――――――
次の収録日。
楽屋に入った瞬間、自然とふっかの姿を探してる自分がいた。
もうやめろって、あれだけ思ったのに。
心が勝手に反応してしまう。
……でも、今日もいつも通りのふっかがいた。
スタッフに丁寧に挨拶して、メンバーに軽口叩いて、目黒にお菓子を押し付けて。
いつもと変わらない——ふっか。
なのに。
こっちが勝手に変わってしまったから、全部が刺さる。
「……おはよ、照〜。今日もよろしくな」
「……ああ」
返事はした。
でも、目は合わせられなかった。
それだけで、ふっかの笑顔が一瞬止まったのがわかった。
「……昨日から、なんかおかしくない?」
「別に」
「え、なんか怒ってんの?」
「怒ってねぇよ」
本当は怒ってる。
でも、それはふっかに向けての怒りじゃない。
自分の中で暴れてる感情に、振り回されてる自分自身への苛立ち。
「……照、俺なんかした?」
「してない…。ふっかはいつも通り、優しくて、気ぃ遣えて、誰にでもいい顔してるだけだろ」
言った瞬間、自分の声が少し震えてた。
ふっかが少し目を丸くして、ぽかんと俺を見る。
「え……?それ、どういう意味?」
「……いや、なんでもない」
誤魔化すように立ち上がる。
そのままドリンクを取りに行こうとした俺の腕を、ふっかがそっと掴んだ。
「待って、照。本気でわかんない。俺、なんか怒らせた?」
「……そうじゃない」
「じゃあ何?」
ふっかの声が、少しだけ不安そうになる。
その顔に、俺の心がまた揺れる。
優しい顔。近すぎる距離。
何気ない言葉の一つ一つが、俺にとっては爆弾みたいだった。
——“特別”って、言ったくせに。
——でも、俺だけじゃない。みんなに優しいくせに。
「……ふっか、さ」
言葉が喉まで出かける。
けど、それを押しとどめるものも、まだ残ってた。
言ってしまったら、何かが壊れる気がした。
「なんで……そんなに無自覚でいられんだよ」
「……え?」
「こっちは、いちいち気になって、勝手に考えて、勝手に傷ついてんのに……。お前はいつもと同じで、全部、変わんねぇじゃん……」
ふっかは、ただ黙って俺を見てた。
その顔を見て、何かが喉元まで込み上げてきて——
「あー!もう無理!俺、スタジオ行ってるわ!」
無理やりふっかの手を振りほどいて、楽屋を出た。
背中からふっかが何か言いかけてた気がするけど、聞こえないふりをした。
足早に廊下を歩く。
怒りでも悲しみでもなくて、ただ、感情が爆発しそうで苦しくて。
どうしようもないくらい、ふっかのことを意識してしまってて。
——わかってくれよ。
——それくらい、気づけよ。
ずっと一緒に居て何もかも分かってたはずなのに自分の心に気がついたらもう全部全部分からなくなってる。
心の中で、何度も叫ぶ。
でもふっかはきっとまだ、何一つ気づいてない。
だからこそ、余計に苦しかった。
―――――――――
「……岩本くん、最近、元気ないよね?」
いきなりのラウールの声に、手にしてた台本を思わず落としかけた。
「は?なんだよ、急に」
「いや、元気ないっていうか、ぼーっとしてるっていうか……目が合うとそらすっていうか……」
「細か」
「だって昨日も楽屋で、ふっかさんと全然喋ってなかったでしょ?」
ピリッとする名前が出て、自然と体が強張る。
「……別に、たまたまだろ」
「たまたまっていうか〜……」
ラウールがじっとこっちを見てくる。
「ふっかさんもなんか変じゃない?めめ、気づいてた?」
「うん、ちょっと思ってた」
目黒までさらっと言うから、思わず息を飲んだ。
「ふっかさん、岩本くんの方チラチラ見てたけど、話しかけない感じだったし……」
「目黒までそう言うなよ」
「俺も思ってた〜」
今度は佐久間がひょっこり顔を出す。
「なんかさ、ふたりの間に見えない壁できてない? 前まで自然にツッコんでたのに、今はどっちも探り合ってる感あるっていうかさ〜」
「…」
つい黙ってしまうと、阿部まで口を開いた。
「確かに珍しいね。照がふっかに冷たいの」
「冷たくねぇって」
「じゃあなんで目合わせないの? 最近ふっかがこっち向くと、照そっぽ向くでしょ?」
「うっ……」
そんな細かいとこまで見られてたのか。
意識してないつもりだったのに、全部バレてる。
「まぁ、ケンカしたって感じじゃないけどね」
と翔太。
うるさいな…翔太なんかタップダンスで威嚇とかするくせに。
「でもちょっと距離あるよなー。なぁ?康二」
「うん。俺もこの前ふっさんに『照、なんか変じゃない?』って聞かれたし」
「は!?」
「お互い気にしてる感はあるで、ほんまに。なんやこれ、両片思いか?」
「ちがっ!!」
否定しようとして止まってしまった。
今ここで否定してしまうと自分自身を否定してしまう気がした。
「え、図星?」
「やっぱなんかあるって〜〜!!」
「ひゅ〜〜!!」
一気に盛り上がるメンバーに、顔が熱くなる。
なんだこれ。
ふざけんな。
マジで勘弁してくれ。
「でも照、俺らに言えないようなことなら、無理に言わなくてもいいよ」
と、阿部ちゃんが少し柔らかい声で言った。
こういう時の救い船は阿部だ。本当に助かる。
「でも……辛いなら、ちょっとは頼ってもいいと思う」
舘さんはずっとうんうんと頷いて皆の話を聞いているかと思ったらふいにそう言ってくれた。
その言葉に、不意打ちみたいに胸がチクッとした。
辛い——
そうか。俺、辛そうに見えてたんだ。
「……平気…だから」
そう答えるのが、やっとだった。
そのあともメンバーは、ふざけた空気のまま話を続けてくれたけど——
俺だけはずっと、心の中が騒がしかった。
バレてないと思ってたのに。
やっぱ、俺、隠すの下手くそなんだな。
でも、だからって簡単に言えるわけじゃない。
“好き”なんて言葉を、口にした瞬間、全部が壊れる気がして。
……それだけは、まだ怖かった。
―――――――――――
収録が終わって、俺は誰よりも早く楽屋を出た。
着替えもそこそこに、逃げるように廊下を歩く。
——まずい。
今日はヤバい。
ふっかの目が、明らかに本気だった。
いつもみたいに、へらっと笑って誤魔化す顔じゃなかった。
あれは、ちゃんと“俺を見てた”目だった。
「……照!」
その声に、思わず足が止まった。
振り返るまでもなくわかる。
追ってきたのは、ふっかだ。
「ちょっと話そう、な?」
「……今じゃなくてもよくね?」
「今じゃなきゃダメなんだよ」
ふっかの声が、いつになく真剣で、言い訳を飲み込んだ。
俺が黙ると、ふっかが一歩近づく。
「俺さ……ずっと考えてた」
「……」
「照、俺のこと避けてんの、自分でもわかってる。でも理由がわかんなくて……」
「だから、気にすんなって言っただろ」
「でも気になるんだよ! そんなんで気にするなって言われても、できないよ!」
いつもより強い声。
ふっかがこんなに声を荒げるなんて、そうそうない。
それだけで、心がざわつく。
「俺……怖いの。照と、このまま遠くなるのが。何も聞かないまま、わかんないまま、距離だけ空いてくのが」
「ふっか……」
「俺、なにか間違えてた? “特別”って言葉、そんなに軽かった? 俺、そんなつもりじゃなかったのに」
「……わかってるよ」
「じゃあ、なんでこんなに避けんの?」
「……それ以上踏み込まれたら、俺……壊れそうだからだよ」
口をついて出た言葉に、自分で驚いた。
ふっかも目を見開いてた。
「壊れるって……なんで?」
「お前が、何考えてるのかわかんなくて、でも期待しちまって、それで結局、自分が勝手に傷ついて……」
「……期待、してたの?」
「……してたよ」
ふっかが息をのんだのが、聞こえた。
「照、それって……」
「言うな。もう言うな」
手で制したのに、ふっかは止まらなかった。
「俺、本当に“特別”だと思ってた。照のこと。他の誰とも違うって思ってたよ」
「やめろって」
「でも、それをどう伝えたらいいかわかんなくて、変に距離縮めて……結果的に照を困らせてたなら、ほんとごめん」
「……ふっか」
「でも俺、もう逃げたくない。照のこと、ちゃんと向き合いたい」
その言葉に、ぐらっときた。
足元が崩れそうな感覚。
心が、もう逃げ場をなくしてる。
「……俺の気持ち、聞いたら後悔するぞ」
「後悔なんかしない」
一瞬、言おうかと思った。
全部ぶちまけてしまいたくなった。
でも。
「……やっぱ、まだ無理だ」
「……そっか」
ふっかは少しだけ顔を伏せて、でも次の瞬間には笑った。
「じゃあさ、無理じゃなくなるまで、ちゃんと待つよ。俺、逃げないから」
「……」
もうダメだった。
こっちはずっと、逃げてばっかだったのに。
ふっかはちゃんと向き合おうとしてくれてる。
逃げ場なんて、もう——どこにもなかった。
――――――――――――
「……おはよう」
「お、照。おはよー!」
珍しく俺が楽屋に一番乗りじゃなかったらしく、ふっかの声がすぐに聞こえた。
その声を聞いただけで、昨日のことが全部フラッシュバックする。
——“無理じゃなくなるまで、ちゃんと待つ”
あんなこと言われて、平気でいられるわけない。
でも、不思議と胸の痛みは少しだけ和らいでた。
「……ふっか」
「ん?」
「……昨日、ありがとな」
ふっかが目を見開く。
でもすぐに、ふわっと笑った。
「うん。どーいたしまして」
「……」
「話しかけてよかった?」
「……まだよくわかんねぇけど、逃げてたのは確かだな、俺が」
「うん、まぁちょっとそんな感じはあったね」
「ちょっとじゃねぇだろ」
「はは、確かに。結構ガッツリ逃げてた」
言いながら、ふっかが笑う。
その笑い方が、前と変わらなくて——ホッとした。
ああ、俺この顔が見たかったんだって、思った。
「……なんで、あんなにまっすぐ来てくれたんだよ」
「んー。たぶん俺も、ずっと怖かったんだと思う。照が自分から距離置くって、よっぽどのことだから」
「……」
「でもね、気づいちゃったんだよ」
「なにを?」
「“嫌われるのが怖いから黙ってる”って、結局、壊れるの待ってるのと一緒だなって」
「……」
「だったら俺が動くしかないでしょ?」
なんなんだよ、こいつ。
強いよな、ほんとに。
でもその強さが、ちゃんと俺を助けてくれてるのが悔しいくらいわかる。
「……ふっかさ」
「うん?」
「俺、ちゃんと考える。ちゃんと……向き合ってみる」
ふっかの目が少し見開かれた。
けど、すぐにふんわりと優しい顔になる。
「……うん、それでいいよ。ゆっくりで」
「……悪ぃな」
「ううん、俺が勝手に焦ってただけだから。照のペースでいいよ。だって——」
「ん?」
「照のこと、ちゃんと知りたいって思ってるから」
——ズルいよ、その言葉。
心にじわっと染みてきて、思わず目を逸らした。
「……楽屋で顔合わせんの、また緊張するな」
「ね。俺も照に話しかけるの、ドキドキするかも」
「何それ、言った本人が緊張してんのかよ」
「そりゃそうでしょーが!」
ふっかが笑って、俺も小さく笑った。
たぶん、心のどこかにまだ不安はある。
けど。
その不安すら、ふっかとなら少しずつ越えられるかもしれないって、思えた。
ほんの少しだけ、前へ。
それが、今の俺にできる精一杯だ。
―――――――――――
「照〜、今日のロケ移動一緒に行こ」
「……おう」
朝イチから、ふっかの自然すぎる一言に完全に動きが止まった。
マネージャーとスケジュール確認してた手が止まる。
なんだこれ。
普通すぎて、逆に不安になる。
けど、あれだけ真剣だったくせに、こうして“いつも通り”に戻れるふっかが、やっぱすごいなって思った。
「なんでそんなに緊張してんの?」
「いや、してねぇし」
「バレバレ。てか顔こわばりすぎ」
「うるせぇな……」
それでも、ふっかと並んで歩いてると、心が少しずつ楽になっていくのがわかる。
こういう空気、久しぶりだな。
ロケバスに乗って、座った席も自然に隣。
斜め前に座ってたラウールが振り返ってきた。
「ねぇねぇ、照くんとふっかさん、最近また仲良くなってない?」
「お?ほんとだ。隣同士じゃん」
佐久間がニヤつきながら顔を出す。
「え、なに?もう痴話げんか終わったの?」
「……誰が痴話げんかだよ」
俺が眉をひそめると、向かいの席の渡辺がふっと笑った。
「でも確かに、ちょっと前まで距離感変だったよなー?」
「や、あれは……ちょっと誤解があってだな」
「ほら!誤解って言った!やっぱ痴話げんかじゃん!」
佐久間が食い気味に笑ってきた。
「ちげーよ!」
「でもさ、ふっかさんの照くん対応、なんか優しすぎてさ……ちょっと見てて照れるんだよね」
目黒がぽそっとつぶやく。
「わかるー!なんか空気やわらかいよねぇ、最近!」
阿部ちゃんもニコニコ。
ふっかはというと、苦笑いしながら俺を見てくる。
「……照、怒ってる?」
「怒ってねぇよ。ただ、なんか……照れくさいだけ」
「ふふ、そっか。ならよかった」
「……ふっか」
「うん?」
「ありがとな、マジで」
「照、今日2回目の“ありがと”だよ?」
「うっせ……!」
頬が熱い。
でも、ふっかの笑顔が自然で、いつも通りで。
少しずつ——ほんとに、少しずつだけど、俺の中の何かが溶けていってるのがわかる。
「今日は素晴らしい日。レッツディナーへパーティータイムかな」
舘さんが赤いバラを持ってふいに提案してくる。
どっから出した?
「お、ええやん!久々に!」
向井もノリノリで乗ってきた。
「でもどうせまた照とふっかが“帰り一緒に帰るから〜”とか言って来ないパターンじゃね?」
「それな!」
佐久間とラウールが声を揃える。
「言わねーよ!」
「言うわけないじゃん!」
ふっかと俺、同時に返して、みんながどっと笑った。
笑いながら、ふっかがこっそり小声で囁いてきた。
「……ほんとは、また一緒に帰りたいって思ってるけどね」
「……そういうことサラッと言うの、やめてほしい」
「え、なんで?ほんとのことだもん」
ふっかの笑顔がまぶしすぎて、また目を逸らすしかなかった。
——戻ってきたようで、きっともう、前とはちょっと違う。
それが、悪くないと思えた。
―――――――――――
ロケ帰りの帰り道。
駅までの道をふっかと歩くのが、もう当たり前の風景みたいになってた。
隣に並んで歩くだけで、こんなに落ち着くなんて。
前まであんなに避けてたのに、今じゃ信じらんないよな。
「今日、楽しかったね」
「……まぁな」
「照、テンション高かったし」
「別に普通だろ」
「いやいや、“照なりには”高かったよ」
「それ褒めてんのかバカにしてんのかどっちだよ」
「褒めてるって」
ふっかがふっと笑った。
その笑顔を見ると、心が勝手に緩んでくる。
「……最近、照の顔が前よりやわらかくなったなって思うんだよね」
「……そう?」
「うん。たぶん、ちゃんと“気持ち”と向き合ってるからじゃない?」
「……気持ち」
「無理しなくていいよ。俺が何言いたいか、きっともう分かってると思うけど」
ふっかが足を止めて、こっちを見た。
夜風が少し冷たいのに、ふっかの瞳はそれ以上にあったかくて、優しかった。
「……俺さ」
「……」
「照が笑ってくれてるだけで、なんかそれだけで十分なんだよ」
「ふっか……」
「無理に応えてとか、変われとか、そんなこと言う気はないよ。ただ……」
ふっかがほんの少し、距離を詰めた。
そして、まっすぐ俺を見たまま、声を潜めて言った。
「……俺は、照のことが、好きなんだよ」
頭が、真っ白になった。
でも、不思議と怖くなかった。
むしろ——やっと聞けた気がした。
ずっと、感じてた。
ずっと、気づかないふりしてきた。
でも…いや。ダメだ。これだけは絶対ダメだ。
「ふっかストップ」
「え?」
「お前は何でもかんでもそうやって優しくして…ダメ!これはケジメだ。今のナシ」
「え?どゆ事?」
俺は混乱するふっかを尻目に少しだけ深呼吸する。
「俺は深澤辰也が好きです」
「……!」
「でももしふっかが離れるかもしれなくて怖くて…自分から避けてた。だから正面から向き合うのが怖くて逃げてたんだと思う」
「……」
「でも、それでも。逃げるより、ふっかとちゃんと向き合ってたいって、思った」
ふっかが、そっと微笑んだ。
その顔見たら、もう何も言えなくなった。
代わりに、ふっかの袖を小さく引っぱった。
「……そばにいてほしい。ずっと」
「……うん。いるよ。ずっと」
お互い何も言わず、駅までの道を歩く。
だけど心の距離は、もう何も間に挟まってなかった。
こんなふうに思える日が来るなんて、俺自身が一番驚いてる。
けど、今は——ただただ、ふっかが隣にいてくれることが、
心の底から、嬉しいって思える。
気になる二人の恋の続きは、ぜひこちらからどうぞ。
笑って、キュンとして、時々じれったい──
あなたのお気に入りのカップリングが、ここにきっとある
続き描いたエピソードを、note限定で公開中。
https://note.com/clean_ferret829/n/n307ba92816fa
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