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『とまり木』で殿下とお話しをした後、私は家に帰るとすぐに王宮へ行く為の準備に取り掛かった。父と兄はまだ帰ってきていないので報告は夜にするとして、とりあえず着替えを用意しないと……。クローゼットから大きめの鞄を引っ張り出し、その中に下着類などを詰めていく。
「これも忘れずに……っと」
ジェムラート家で支給されたお仕着せ……まだ見習いだけどちゃんとした制服を与えて貰い、身の引き締まる思いだ。
殿下に仕事はしなくていいと言われてしまったが、王宮に行けるなんてそんな機会、そうそうある事ではないのだ。見習いの私ができることは無いだろうけど、目で見ることだって勉強だ。王宮の侍女達がどんな仕事をしているか、色々話も聞きたい。
「クレハ様……今リズが参りますからね」
クレハ様は、今回のフィオナ様に関する事を何も知らされていないらしい。殿下が言い淀むのも無理もない……私だって口止めされていなくとも、言いづらい内容なのだから。殿下はフィオナ様が反対をしている理由にまでは思い至らなかったようだけど、それでもクレハ様の為に自ら行動して下さっているのが嬉しかった。
レオン殿下、素敵な方だったな。こんな事を思っては不敬だけれど、いくら王太子といえどクレハ様のお相手が嫌な感じの人だったらどうしようかと、本当に不安だったのだ。しかし、1番心配していたクレハ様を大切にして下さるかという点に関しては、全く問題無さそうだった。
まさか婚約自体が殿下の希望だったとは……しかも一目惚れなんて。クレハ様が偶然、殿下のペットを助けて『とまり木』へ連れて行き……そして、そこのオーナーである殿下に見初められた。なんてロマンチックなんだろう。クレハ様が大変な時だというのに、おふたりの馴れ初めに興奮してしまい準備の手を止めてあれこれと考え出してしまう。
以前、お屋敷で侍女のナタリーさんに聞いたのだが、王家には代々受け継がれている花嫁の婚礼衣装があるのだという。ナタリーさんは殿下の母君、王妃殿下のお式の時にそれを見たらしい。ドレスの種類とかは分からなかったそうだけど、輝くような純白でひらひらとした長いベールがとても美しいのだそうだ。王妃殿下はまるで女神のようだったと、ナタリーさんはうっとりと語っていた。つまり、そのドレスを将来クレハ様もお召しになるわけだ。ついクレハ様と殿下の結婚式を想像してしまう……素敵過ぎる。今以上に美しく成長なさるであろうおふたりが、婚礼の衣装を見に纏う姿はどれだけの破壊力があるだろうか。私の乏しい妄想力でも凄いのに……実際に本物を見たら倒れてしまうかも。ああ……どうしよう。
「リズ、お前そんなとこに突っ立って何ぼーっとしてるんだ?」
完全に自分の世界に入ってしまっていた。そのせいで、兄が帰宅していることに全く気付かなかった。
「兄さん、もう帰ってきたの? 今日はずいぶん早いね」
「もうって今16時だぞ。いつもと変わらないけど……」
いつの間にそんなに時間が経っていたのか……準備も途中だし、急がなくては。考え事をすると時間を忘れて没頭してしまう私の悪い癖だ。
「荷造りの途中みたいだけど、どこかに出かけるのか?」
父さんが帰ってきてから一緒に話そうと思っていたけど、先に兄さんに説明してしまおうか……
私は明後日から王宮へ上がることになった経緯を簡単に説明した。もちろんフィオナ様関連の話題は伏せた上でだ。殿下が直々に会いに来られたという事に、兄はとても驚いていた。当然だよね……私だって放心するくらい驚いたのだ。
「はぁー……レオン殿下はクレハ様にそんなに惚れてんのか。おやじとお前の話でしか知らないけど、クレハ様ってすげー可愛いんだろ? 俺も会ってみたいなぁ」
「……そんな不純な気持ちでクレハ様に近付こうとしないで」
「何だよ……ちょっと興味あるだけじゃん。ジェムラート姉妹有名だしさ」
クレハ様なら喜んで私の兄に会って下さるだろう。けれど、元々あまり人付き合いが得意ではないあの方に負担をかけたくはないし、好奇心丸出しで会いにいこうとするなんて失礼じゃないか。
「兄さんが誰が見ても文句の無い素敵な紳士になったら、クレハ様に紹介してあげない事もないけど……でも、クレハ様に不用意に近づこうとする男性を殿下がどう思われるでしょうね」
「おいっ……やめろやめろ!! 恐ろしいこと言うんじゃない。兄を脅すとかなんて妹だよ」
この兄がクレハ様に対して何かするなんて本気で思ってはいないが、殿下に誤解されるようなマネは謹んだ方が良いというのは本当だ。私にクレハ様への想いを語る殿下……正直ちょっと怖かったしね。
兄と他愛ない話をしながら荷造りを進めていく。父さんもクレハ様が心配で浮き足立っているから、お元気であることを教えてあげれば少しは安心するだろう。クレハ様が私を必要としてくれるのならば、私はどこへだってお供致します。お側でお仕えする侍女として、そして大切な友人としても……