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セドリックさんが馬車で迎えに来てくれるらしいので、私は家から少し歩いた場所にある大通りで彼を待っていた。約束の時刻まであと数分というところになる……忘れ物は無いな。
暇潰しに周囲にあるお店や、人の行き交う様子を眺める。道を挟んだ向かい側に花屋さんがいた。ワゴンの中には色とりどりの綺麗な花が積まれている。あの黄色の花はひまわりかな……。お屋敷のお庭にも大輪のひまわりが植えてある。自分も手伝って植えたのだと、クレハ様が楽しそうに話してたっけ……
これを渡したら、クレハ様喜ぶだろうなぁ……
私は鞄の上から大切にしまってあるそれを優しく撫でた。この中にはジェフェリーさんから預かった、クレハ様への贈り物が入っている。
ジェフェリーさんは私が今日王宮へ行く事を知ると、わざわざ家まで訪ねて来て、これをクレハ様に渡して欲しいとお願いしてきたのだ。勿論快く引き受けた。ジェフェリーさんも私達と同じで、クレハ様をとても心配していたのだから、このくらいお安い御用である。そして、ジェフェリーさんの贈り物に合わせて、私もクレハ様へお土産を持参することにした。
クレハ様がどんな反応をなさるか楽しみでニヤニヤしてしまう。きっと、最高に可愛い笑顔を見せて下さるだろう。また私の悪い癖が出始めようとしたその時……馬の蹄と車輪の音が、私を現実へと引き戻した。
うわぁ……通行人がめっちゃこっち見てる。もの凄い注目されてる。
そこに現れたのは、ディセンシア家の家紋が刻印された黒い豪華な馬車。王家のその目立つ馬車は、私の目の前で停止する。扉が開いて中から眼鏡の男性……セドリックさんが出てきた。約束した時間ぴったりだ。
「こんにちは、リズさん」
「こんにちは……セドリックさん」
「申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、私も今来たばかりですので……」
今日のセドリックさんは、軍服のような服を着ている。よく見ると帯刀しているようだ。私の視線に気付いた彼は『ああ』と納得したように頷くと、腰の剣に触れた。
「コレが気になりますか? 本日は、リズさんを王宮まで無事にお連れするという任務ですので。心配しなくても念のためですから」
カフェの店員さんをしている彼しか知らなかったから、今更ながらにセドリックさんの本当の姿を見たようで心が騒ついた。そうだ……彼は王太子殿下の側近なのだった。
「さあ、それでは参りましょうか。お手をどうぞ」
照れ臭くて少し躊躇したけれど、セドリックさんにエスコートされ馬車に乗り込む。相変わらずの紳士っぷりだ。これで見た目もいいんだから、女性が騒ぐのも当然だよなぁ。兄さんもこんな感じになってくれないかな。
馬車の中はとても広い……こんな豪華な馬車に乗るのは初めてなので、そわそわしてしまう。私1人を迎えにいくだけに大袈裟過ぎるんじゃない? 椅子もふかふかだよ……
私が席に座ったのを確かめると、セドリックさんも続いて馬車に乗り込んだ。向かい側の席に腰を下ろすと、連絡窓をコンコンと軽く叩いて御者に指示を出す。すると、ゆっくりと馬車が動き出した。王宮までは大体1時間程度だそうだ。
「あっ! そうだ。忘れないうちに、リズさんにこれを渡しておきますね」
差し出されたのは大きめの封筒。何だろうと首を傾げていると、セドリックさんが中身を取り出した。封はされていなかったようだ。中から出てきたのは綺麗な厚手の一枚の紙。
「これはリザベット橋の通行許可証です。本来なら発行するのに結構面倒臭い手続きが必要なんですけど、レオン様がすっ飛ばしてさっさと作成してしまいましたので……」
そういえば、殿下が許可証を出してくれると言っていたのを思い出した。通常の手順だと、何日も前から役所に届出を出して準備しておかないと手に入らないのだという。それでも必ず許可が降りるとは限らないらしい。リザベット橋は王宮へ直接繋がっている唯一の道なのだから、厳しくて当然か。書類に書いてある内容は難しくてよく分からないけど、文の最後に書かれている殿下のサインの重みだけは分かる。
「えっ!?」
「どうかしましたか?」
「あ、あの……これって国王陛下のお名前ですよね……」
殿下のサインの下についでのように書かれているから見逃すところだった……。『ジェラール・メーアレクト・ディセンシア』何度見ても間違いない。
「ああ、それはですね……レオン様が自分のサインだけだと文句を言う奴がいないとも限らないから、陛下に念押して貰ったそうです。国王と王太子ふたりのお墨付きを頂いた許可証を持っているのは、リズさんだけじゃないですかね。とりあえず紛失にだけは気を付けて下さいね」
セドリックさんはからからと笑っている……何笑ってるんだ。こんな大それた物を、簡単に子供に渡さないで下さいよ。逆に変な疑いかけられそうなんですけど。
「橋の警備兵にもリズさんの顔は覚えさせますが、一応規則ですので通行する際は必ず持参して下さい。身分証明書も兼ねてますからね」
「はい……」
「場所が場所ですので、どうしても物々しくなってしまいますが、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
受け取った許可証を大切に鞄にしまい、それを両手で抱え直す。今日はセドリックさんが一緒にいるので、必要無いとのこと。ひとつ大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
その後、セドリックさんは私の緊張を解すためか、色んなお話をしてくれた。そのおかげで道中退屈することもなく、時間が過ぎるのをあっという間に感じた。もっと聞きたいくらいだったのだけど、リザベット橋が見えて来たので、雑談は一旦お開きになる。
「これがストラ湖……初めて見ました。凄く綺麗な湖なんですね」
透き通る様な青い湖面……怪物がいるなんて噂があるのが信じられない。
「メーアレクト様の神殿もありますからね。この湖は女神に守られているのです。ディセンシア家は女神と共に有る一族……とても結び付きが強いのです。国王は神官の役割も担っているのですよ」
ジェラール陛下と後継ぎであるレオン殿下の名前に女神の名が入っているのは、そういった理由からだそうだ。稀に海の様な青い瞳を持って生まれるのも、王族の特徴らしい。殿下のような、ほぼ紫に近い瞳は更に希少なんだとか……
「クレハ様も綺麗な青い瞳をなさっています。あれは王家の血筋でいらっしゃるからだったんですね」
「ええ。あの方は特に、お婆様であるアルティナ様によく似ていらっしゃいますから……」
アルティナ様……直接お会いしたことは無いけれど、お屋敷でお若い時の肖像画を見たことがある。クレハ様と同じ青い瞳に銀色の髪をした、とても美しい方だった。セドリックさんも言うように、クレハ様はご両親よりもお婆様の面影の方が強い。その肖像画を見ていると、まるで成長なされたクレハ様を見ているようでドキドキした。
リザベット橋の手前まで行くと検問所がある。本来なら、まずはここで許可証を提示しなくてはならない。馬車が速度を落とすと、数人の兵士が駆け寄ってきた。
「リズさん、ちょっと待ってて下さいね」
セドリックさんはそう言うと、停止した馬車から降りてしまう。そして、検問所の兵士とお話を始めた。窓からこっそりとその様子を伺う。兵士はセドリックさんに向かってビシッと敬礼をしている。新人さんだろうか……何だか少し緊張しているように見えた。時間にしてほんの2、3分……話を終えたセドリックさんが小走りで馬車に戻って来た。
「お待たせしました。警備兵にリズさんを紹介しますので、一緒に来て頂けますか?」
「は、はい」
乗る時と同様に差し出されたセドリックさんの手を取り、私は彼と共に検問所へ向かった。