‥翌日、重く感じる身体を無理矢理起こし‥気怠さに嫌気が差す‥。
響く腰に手を当て立ち上がり‥洗面所の鏡に映る自分を見つめると‥首筋に赤い箇所が散らばる様が映し出される‥それは‥何だか酷く滑稽に思えてならなかった‥
そんなにも自分以外の跡を塗りつぶしたかったのだろうか‥
そっと首筋に手を‥添える。
自分のものだと言わんばかりの祐希さんの独占欲を鮮明に思い出してしまい‥はぁと深くため息を漏らす。
重症だな‥俺も‥。
「よっ、藍‥」
食堂で一人、朝食を食べている俺に声が掛けられる‥。
見上げると‥
「小川さん、おは‥‥えっ?どした‥ん!ゴホッゴホッ‥」
「汚えなぁ‥食べながら話すなよ!笑」
咳き込む俺を見ながらいつものように笑い‥そっとタオルを渡してくれる‥
前ならこんな事しなさそうやのに‥そう思うが、今はそこを気にしている場合ではない。
「どしたん?小川さん‥それ‥ 」
「ん?あ‥ああ、バレた?」
行儀悪くも、つい指で指してしまう俺を見て、苦笑いを浮かべる‥。
いや‥バレるもなにも‥
誰がみても気にするだろう‥
小川さんの唇の端が赤くなり、腫れている‥。
足首の違和感もなくなり、徐々にではあるが‥練習にも参加できるようになってきて‥午後からは試合形式の練習にも取り組むことができるようになった‥。
‥その日の練習後、俺の部屋に小川さんが訪ねてきた‥。
疲れたとブツブツ呟く小川さんの唇の端は、朝と変わらず‥赤く腫れている。
「それで?その唇はどうしたん?」
朝と同じ台詞を投げかける‥朝食のときは後で話す‥と理由を教えてくれなかったから‥
暫く沈黙‥そして、
「‥俺、話したんだ‥智さんに‥藍の事‥」
「えっ?」
「俺は‥藍が好きだって‥」
「‥‥‥‥」
「そしたら‥バーンって‥」
「智さんが?」
俺の問いに薄く笑い‥首を振る。
「‥バーンって殴ってくれたら良かった‥俺もそれを望んでた‥けどさ、智さん‥殴んないわけ‥」
殴って欲しいと言ったらしい‥それでも‥
智さんは殴らなかった。
「なんで?って聞いたら‥なんとなく気付いてたって‥俺がお前を好きって事‥」
「‥‥‥‥」
「信じらんないよな‥俺なんて昨日‥自分の気持ちに気付いたのに‥」
そして、智さんは笑ったらしい。藍なら仕方ないな‥でも、俺は待ってると‥。
小川さんは腹が立ったと言っていた。勝手な自分自身に‥そして‥そんな自分を殴ったのだと、自ら‥。殴った時に歯で切れてしまい‥腫れてしまったらしい‥
「自分でしたん?アホやね‥」
「藍には言われたくねぇぞ!」
「智君の事‥本当にそれでいいん?」
「‥いつか‥後悔するかもしれない‥」
でも‥‥、そう言いながら俺を見つめる瞳は‥いつもの茶化した小川さんではなかった‥。
「俺は藍が‥いい、お前がいい‥」
ゆっくりと頬に両手を当てられる‥。ふわりと温かい手のぬくもりに包まれ、思わず口元がほころぶ‥。
「くすっ、お前は笑ってる方がいいよ‥」
そう呟きながら、小川さんの顔が目の前に迫ってきて‥
「藍‥キス‥してもいい?」
耳元で囁かれる。
不意を突かれたその言葉に‥咄嗟に言葉が出ず、狼狽えていると‥
「隙あり♡」
チュッと軽いリップ音と共に耳たぶにキスをされる。
軽く触れる羽のようなキス。
そして‥頬、まぶた、おでこにキスの雨を降らす‥。
くすぐったさもあり、堪らず手で静止しようとするが‥その手すらも掴み、唇を寄せてくる。
「藍‥」
小川さんとは思えないほどの甘い声に戸惑いながらもその瞳を見つめる‥
するとゆっくりと唇が重なる。唇と唇が触れるだけの軽いもの‥
触れたと思ったらまた離れ‥それの繰り返し。
そして‥
「藍‥お前が欲しい」
熱に浮かされたような小川さんの顔は‥本気だった。
「小川さん‥でも‥俺は‥」
「知ってる‥あれだけ好きだった祐希さんの事‥藍が忘れるわけないよ 」
「‥‥‥‥なら、なんで‥‥」
「めんどくさいけど‥祐希さんの事が好きなお前も引っくるめて‥俺は好きだ。そんなアホみたいに一途なお前が‥好きなんだよ、アホでバカでガキでさ‥」
「‥ほとんど悪口やん‥」
軽く口を尖らせると、ごめん!と言いながら小川さんが笑う。
「祐希さんを愛してる‥お前ごと‥愛させて‥お前を感じたい‥ 」
そっと‥しかし、確かな力強さでベッドへと倒される‥
それでも‥
心は揺れる‥
本当にいいのだろうか‥
流されてしまっても‥
俺は小川さんが‥好き‥なのだろうか‥
いや‥
好きになれるのだろうか‥
まだ確信もないこんな状態なのに‥
身を委ねてもいいのだろうか‥
ぐるぐると考えが頭の中を駆け巡る‥その時、
「‥なぁ、藍?お前の名前‥花言葉って知ってる?」
「えっ?藍の?確か”美しく装う“‥とかだった気がする‥」
「うん‥それと‥”あなた次第“って意味もあるんだってさ‥」
小川さんが優しく頭を撫でる。ふわりと‥まるで愛しくてたまらないというように‥
「藍って色んな染め方があって、それで染まる色も変わるんだろ?白い布を藍色に染められる‥お前もそうだと思う‥」
だから‥
「お前次第なんだよ‥」
小川さんはそう言って‥微笑み‥
ゆっくりと‥
落ちていく‥。
シーツの波間に‥
そして俺も堕ちていく‥。
堕ちるとこまで堕ちてしまえば‥
楽になれるのだろうか‥
ねぇ、祐希さん‥
‥‥‥‥‥‥‥。
コメント
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祐希くんのとこ行ってほしいなぁー!!でもどちらにしろいいですね!✨