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冒険者ギルドに入って様子を伺うと、何やら少しざわついているように感じる。
老若男女問わず、皆の声が弾んでいるように聞こえるのだ。汚れがどうだとか、埃が云々と、何かに対して喜んでいるように聞こえる。
真正面のカウンターにエリィの姿を見つけたので、彼女の元まで向かい、事情を聞かせてもらおう。
「おはよう、エリィ。何やらざわついているようだけれど、ギルド内で何かあったの?」
「あっ、ノアさん!おはようございます!それがですね?先程ギルド全体を含む超広範囲に『清浄《ピュアリッシング》』が何者かによって使用されたみたいなんです。ギルド内の細かい汚れや隅に溜まった埃まで全部キレイさっぱり無くなってしまって、皆驚いているんですよ」
「なるほど。全体が綺麗になったのなら良いことじゃないのかな?」
「勿論、大変喜ばしいことですよ?ただ、施設全体をいっぺんに、それもこんなに素早く効果をもたらすなんて、尋常じゃない魔力の持ち主で、誰がやったのか、みん…な……あの、ノアさん?もしかしなくても、これは…」
この事態の原因が誰なのか、話している途中で察したのだろう。ぎこちなく此方に顔を向けて私に訊ねてきた。
そうか、先程私が行った広範囲の『清浄』は冒険者ギルド全体も効果範囲に入っていたんだな。
あの冒険者の連中を中心に纏めて掛けたのだが、細かい調整は正直なところ面倒臭かったのだ。あの連中にそこまで気を遣ってやるつもりが、私には無かった。
「ああ、さっき私がやった」
「もう、何を事も無げに言っているんですか。とてもありがたいですけど、おかげ様で御覧の通りの騒ぎですよ?仕事に支障が出たらどうするんですか。ただでさえこの時間帯、ギルド内が一番汚れるっていうのに…」
ああ、やっぱりあの連中、毎日ギルド内を汚していたんだな。エリィの表情が辟易としている。
私がギルド内に訪れている時には目立った汚れは見当たらないので、時間が空いている時に『清浄』を施しているのだろう。本当に頭が下がる気持ちでいっぱいだ。だが、今日に限っては安心してほしい。
「それに関しては、今日に限って言えば問題ないよ。多分、明日も大丈夫だと思う。私が『清浄』を使用したのは、これからギルド内を汚そうとしていた、臭い冒険者連中に対してだったからね。これから入って来る連中には汚れが付いていないし、臭いもしないよ」
「ほ、本当ですかっ!?本当に、あの人達を全員纏めて綺麗にしてくれたんですかっ!?」
エリィが身を乗り出して私に大声で問い詰めると、周囲のギルド職員が一斉にこちらを向いた。
凄い反応だな。そこまであの連中に辟易としていたのか。
「冒険者ギルドを訪れてみたら、あまりにも臭かったからね。依頼を終わらせて帰ってきた時ならばまだしも、これから受注をする時だ。身綺麗にしてから来るべきだと言ってやったよ」
「あ、ありがとうございますぅ~~!あの人達、ホンットに酷い臭いだったんですよぉ!でも面と向かって臭いとは言えないですし、『清浄』を使えば失礼に当たるでしょうし、仮に『清浄』で綺麗にしても、それでこちらを頼られる訳にもいきませんから…!」
エリィが口早に、それでいて力強く私にあの連中の事を説明する。
周りの様子を伺ってみれば、皆して目を閉じて苦い表情をしながら頷いている。よっぽど我慢していたんだろうな。
昨晩のできごとと先程のギルド前でのやり取りを説明して、上手くいけば悪臭や汚れは大分軽減されるかもしれないということを伝えておこう。
「昨晩、図書館でエレノアから『転写』について教えてもらってね。連中に複製した魔術言語の本と『清浄』の魔術書を押し付けてやろうと思っているんだ。あの連中がギルドの職員に対して良い印象を持たれたい、と本気で思っているのであれば、必死になって『清浄』の習得に励むと思うよ」
「えっ?あの、えっ?複製?えっ?『転写』で?えっ?」
「正確には、『転写』を改良して新たに開発させた魔術だね。消費魔力がとても多いから、普通の人には使えないんじゃないかな」
「魔術を改良っ!?そして開発ぅっ!?ノアさんっ!!やりすぎですっ!!」
凄い剣幕でエリィから怒鳴られてしまった。確かにマイクが魔術を改良するのは宮廷魔術師のような世界有数の魔術師にしかできない、と言っていたな。
これは、ひょっとしなくてもガラス容器と同等の案件になってしまったのか?
「そ、そこまで酷い事なの?」
「ノアっ!さんっ!いいですか?多分、昨日ノアさんを案内していた子供達に、魔術を改良できる人達もいる、という話を教えてもらったから、平然と私にも伝えたんでしょうけど…ですが!」
「うん。かなり地位の高い魔術師しかやらないことだと言っていたね」
「そんなっ!秘匿技術をっ!事も無げにポンポンと公開しないでくださいっ!!こちらの処理が追いつきませんっ!!」
おおう…。今回は、ちょっと怒らせてしまったのか?処理が追い付かない、か。
やはり、私がこうしてやらかしたりしたことは、エリィ達の上司、ギルドマスターとやらにも報告が言っているんだろうな。
で、主に私がやらかしてしまったことに対して対応に当たっているとは思うのだが、その対応が終わっていない間にこうしてやらかしが増えてしまった、と。
……参ったな。これ、相当エリィ達に負担になっているんじゃないだろうか?こうなれば、ギルドマスターとやらに一度会って話をした方が良いのかもしれないな。
それはそれとして、だ。エリィには悪いが、私はどんな相手だろうと相手に不備が無い限りは約束事を違えるつもりは無い。
「す、済まない…。だけど、あの連中には私が本を用意すると約束してしまっているからね。悪いけど、紙を売っている場所を教えて欲しい。それと、今日の午後辺りに、一度資料室を使わせてもらうよ?」
「はぁ…。自重する気は無いんですね?まぁ、私達としてもあの人達が清潔になってくれると言うのなら喜ばしいことですけど…。紙を取り扱っている店でしたら、大抵の雑貨店で取り扱っています。資料室に関してはご自由にどうぞ」
「ありがとう。それでは、本来の要件である依頼の斡旋を頼めるかい?それと、我儘かもしれないけど、此方から斡旋してもらう依頼の傾向を指定させてもらうことは、可能かな?」
私としては、これでも自重しているつもりなんだがな…。
我慢できないことは溜め込まない方が良い。精神衛生上よろしくないし、体に毒だ。
一応、了承は得られたが、この規模のやらかしを続けた場合、エリィから嫌われてしまいそうだな。彼女には好感を持っているので、出来れば避けたい未来だ。改良した魔術などは、出来るだけ公開しないでおくとしよう。
さて、本題の依頼の斡旋及び受注だが、駄目元でエリィに要望を聞いておくことにした。依頼の内容を指定できるのであれば、ランクアップも比較的スムーズになるだろう。
「ええ、ある程度でしたら可能ですよ。例えば討伐を主にしてほしいだとか、高ランクの依頼を多く斡旋して欲しい、と言った要望ぐらいでしたらこちら側で検討出来ます。ノアさんはいかがいたしますか?」
「ああ、可能な限り”中級《インター》”の依頼を護衛依頼を除いて10件ほど見繕って欲しい。依頼の期限は今日中までの依頼ならば特に指定は無いよ」
「分かりました。流石に全てを”中級”にしてしまうことはデキナイので、ある程度は”|初級《ルーキー》”の依頼が受注されてしまう事はご了承ください。」
やはり全てを高ランクの依頼にしてもらう事は出来なかったか。それが通った場合、やろうと思えば、”初級”の依頼を全く受ける事なく”中級”に上がることも出来てしまうからな。
確か、エリィの説明では、低ランクの内に知っておくべき常識や心構えがあるとの事だったし、不満は無いな。
エリィにギルド証を渡して依頼の受注手続きを進めてもらう。そうだ。紙はどの雑貨店にも大抵置いてあると言っていたが、どの程度の量なのだろう。在庫が少ないのであれば、買い占めると言うわけにもいかないし、エリィに大量に購入できる店を聞いておこう。
「ところでエリィ、さっき紙を売っている店を教えて欲しいと聞いたけど、できれば一度に大量に仕入れられる店は無いかな?あの冒険者連中に本を渡すのもそうだけど、図書館の本を写したくてね。おそらく、雑貨店に置いてある量では私が望む量は置いていないと思うんだ」
「ああ、それでしたら、街の商業ギルドを尋ねてみると良いですよ。場所は北大通り沿いにありますので直ぐに分かると思います。目印は、袋いっぱいに詰まった金貨の絵の看板です。そうですね…、今回の依頼は北門から向かう場所を中心に斡旋しておきますね?」
「助かるよ。なるべく早く”中級”になって、エリィを安心させるとしよう」
「私としてはそのままの勢いで”一等星《トップスター》”になっていただけると、本当に安心できて嬉しいのですが、他人の生き方を強制なんてするものじゃないですからね…。はい、依頼の受注完了です。ギルド証を返却します」
エリィからギルド証を返却されたので、依頼の内容を確認する。
受注した依頼の数は12件、内4件が”初級”ランク。依頼の内容は5件が採取依頼で、1件が配達依頼。北門から出た先にある村に届けてもらいたい物があるとのことだ。そして、残りが討伐依頼、か。
期限は最も短いもので配達依頼の明日まで。ならば、まずは情報収集だな。図書館へ行ってエレノアに該当する情報が載っている本を教えてもらおう。
「確認したよ。まずは、図書館で情報収集だね。行ってくるよ」
「はい、頑張ってください。…と、言いたいところなんですが、ノアさん。一つ聞いても良いですか?」
エリィに別れを告げて図書館へ行こうと思ったのだが、呼び止められてしまった。何が聞きたいのだろうか?
「ひょっとして、そのままの服装で依頼をこなしに向かうんですか?その、今の服装はとても似合っていますし、素敵なんですけど、冒険に向かうような服装では無い気がするんですが…」
「ああ、その点は大丈夫だよ。親しくしている子が折角選んでくれた服だからね。大事にするとも」
「そうですか・・・良かった…」
どうやらシンシアの選んでくれたこの服が、汚れたり破れてしまうことを懸念してくれたらしい。勿論、私だってそんなことをするつもりなんて毛頭ない。シンシアを悲しませたく無いしな。しっかりと対策済みさ。
「汚れは極力避けるし、仮に汚れが付着してしまっても薄い魔力の膜を張っているから滅多なことでは汚れたりはしないよ。それでも汚れてしまったら、即座に『清浄』を掛けるよ。破損については、ただの服でもヘタな金属鎧よりも強固にさせられる魔術を習得しているから、問題無いよ。対策は万全だとも」
「ああ、もうっ!ホンットにっ!何でっ!”一等星”にっ!なろうとっ!しないんですかっ!?そんな事ができるのは、本当に一部の”一等星”ぐらいなものなんですよっ!!?」
私が服の汚れや破損の対策を説明したら凄い勢いで机に突っ伏してしまった。そうか、最上位の冒険者ですら皆が皆この対策を取れるわけでは無いのか。
私は周りからある程度の強さが認められれば、それで良かったのだが、最早ある程度どころでは無くなってしまっているな。
まぁ良い。その分下手に干渉してくる者もいないだろうから、私の存在が邪な人間達に知られる前に、さっさと”星付き《スター》”になっておけば良いだろう。
将来的には、権力者ともコネを作っておくのも一つの手段だな。だが、今考えるべきことでは無い。実力がどうであれ、今の私は”初級”なのだからな。今はとにかく受注した依頼だ。
やや錯乱気味になってしまったエリィの頭を撫でて落ち着かせた後、別れを告げて今は図書館に来ている。早急に”中級”になることを望まれなければ、今も子供達の案内を受けているか、此処でのんびりと読書をしていただろう。
一日中読書に浸りたい気持ちも確かにあるが、今の私には『複写』がある。
仮に一週間の内に此処でじっくりと本を読む時間が取れなくとも、本を複製して『収納』しておけば、いつでも本を読めるのだ。後ろ髪を引かれることも無いだろう。
「あら、昨晩ぶりね、おはようございます。ノアさん。素敵な服ね。今日は一日読書をして過ごすのかしら?」
「それができれば幸せだったのだけどね。残念だけど、仕事だよ。ここに来たのは依頼をこなすための情報収集さ」
「ああ、討伐対象や採取物の調べものね。えっ?待って、ノアさん、貴女まさか、その格好で依頼をこなしに行くの?」
「エリィにも同じ質問をされたよ。対策は万全に施してあるから、心配しないで欲しい。尤も、説明したらそんなことができるのは一部の”一等星”だけだと言われてしまったけれどね」
「聞けば聞くほど規格外な人ですねぇ。少しあの娘に同情するわ。まぁ、私達がとやかく言うことじゃないわね。はい、ギルド証を預かりますね」
エリィと同じ質問をされてしまったので、ギルド証を渡しながら対策は取ってあると伝えておく。
エリィほど驚きはしなかったのは、最初から私が”一等星”に劣らない実力だと認識していたからだろうか?エリィに対して同情しているあたり、冒険者ギルドの受付と、図書館の受付では、掛かる精神的な負担も大きく違うのかもしれないな。
とりあえず、エレノアに必要な情報が載っている本の場所を教えてもらおう。
「ノアさん、直接案内するわ。ついて来てもらって良いかしら?」
「有り難いけれど、此処を開けてしまって良いの?」
「問題無いわ。この時間に此処に来るのはよっぽどの本好きぐらいなものだもの。そういった人達はみんな勝手を知っているから、自分でギルド証を置いて勝手に本を読んでいくわ」
いやいや、いくら何でも不用心すぎないか?悪意のある者が入ってきたら悪さをし放題になってしまうぞ?それとも、それだけこの街の治安が良いというのだろうか。
「それでいいの?正直良くないことだと思うのだけど」
「良くは無いのでしょうね。でも、仮にも大量の本を扱う施設なのよ?防犯対策は下手な貴族の屋敷よりも凄いんだから」
エレノアが言うには、私が懸念したようなことは滅多に起きないし、仮に起きたとしても防犯装置によって即座に取り締まられてしまうようだ。かなり優秀な防犯対策をしているらしい。
エレノアに案内された場所にある本には、”中級”冒険者が求める情報のほぼすべてが網羅されているらしい。
それならば、一気に読んでしまいたいところだが、この辺りの本を全て読もうとしたら、それだけで午前中が使い切ってしまいそうだな。必要な情報が集まり切ったところで、一度読書を切り上げるとしよう。
3時間ほど経過したところで必要な情報が集まったので、エレノアに案内してくれた礼を述べて図書館を退館することにした。だが、まだ依頼をこなすわけでは無い。やっておきたいことがあるのだ。
まず最初に向かうべきは、北大通りにあると言う商業ギルドだ。今後、大量の本を複製していくことになるので、大量の紙を購入しておこうと思っているのだ。
私が資料室で得た知識によれば、本一冊分に必要な紙に掛かる費用は、大体銀貨2枚分だ。資料室の本も、図書館の本も大体200ページ前後で作られている。
つまり、紙一枚で銅貨1枚だ。紙一枚買うのに一般的な食事一食分と同等の値段がすると考えれば、いかに紙が高級品なのかが分かるだろう。
そこに様々な情報や娯楽を記すために、本という物はべらぼうに値段が高いのだ。
いや、先程も述べた通り一般の者からすれば紙自体の価値も高いのだが、私からすればそこまでの大金では無い。先程受注した依頼を片付ければ、50冊分ぐらいの紙の代金には届くだろう。
それほどに”新人”と”初級”、”初級”と”中級”では報酬の差には開きがあった。
商業ギルドの目印の看板は金貨が詰まった袋の看板と言っていたな。一目見てそれだと分かった。
施設の大きさはとても大きく、高さも幅も冒険者ギルドよりも大きいんじゃないだろうか?やはり大量の品物を扱う以上、巨大な施設は必要になるのだろうな。
入口はごく普通の両開きの扉のようだ。人の出入りが激しいためか、開けっ放しになっている。ギルドに入るのに特に制限は無いようなので、お邪魔させてもらうとしよう。
さて、紙の購入は何処で行えばいいのだろうか?
やはりこういう時は受付だな。ざっと受付らしきカウンター席を見回し、未接客でかつ信用のおけそうな人物を探してみる。奥の方のカウンターに邪な気配を感じない兎の獣人《ビースター》の青年を見つけたので、彼の元へと向かうとしよう。
「こんにちは、少しいいかな?」
「貴女は…。最近噂の竜人《ドラグナム》のお嬢様ですね。何でもたった一日で”初級”冒険者になってしまわれたとか…」
「ノアと名乗っている。よろしく頼むよ」
「これはどうも。私、見ての通り受付のナフカと申します。以後お見知りおきを。それで、将来有望な冒険者であるノア様が、当商業ギルドにどういったご用件でしょうか」
このナフカという青年、落ち着いた雰囲気とウサギの因子を持つこと、更に丁寧な口調で私のことを様付で呼ぶので、否が応にもラビックを思い出させる。
彼は年齢でいえばシンシアぐらいの子供がいてもおかしくは無い年齢だろう。ついうっかりと、ラビックと間違えて撫で回してしまわないように気を付けないとな。
「実は大量の紙を入手したくてね。何処で一度に大量に購入できるかを聞いたら、ここを紹介されたんだ。ちなみに、大量の紙が必要な理由は話さなければいけないかな?」
「”初級”冒険者である貴女が、大量の紙を求める理由は是非とも耳にしておきたいところではありますが、こちらが無理に聞くことはできません。しかし、紙ですか。ふぅむ…。これは、僥倖か?」
ラビッ、じゃなかった。ナフカが、私が大量の紙を欲していると聞いて何やら思いにふけているのか、顔を俯かせて小声で唸り出した。
僥倖、と聞こえたが、もしかしてこれは、安く紙を手に入れられるかもか?