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青桃/モブ桃/オメガバース
長い‼️
「…はやく死ねよ……」
割られた手持ち鏡に映る、疎らになった己のピンク色が不快感を纏う。
こんな顔、こんな髪、こんな性、全て消えて無くなればいい。
脂汗が滲む顔を握り潰すように、力を込めて面を掴む。その手の爪が食い込み、痛みを帯びていた。
俺は男である次に、第二の性として“オメガ”の血を引いている。
引いていると言っても、家族や親戚は皆“アルファ”という優性遺伝子のエリート家系だった。
なのに、俺だけ、後天的な突然変異で、劣性遺伝子の“オメガ”に転換された。
そして、偶然にも恵まれた容姿と人一倍強いオメガ性が、醜いアルファの性を掻き立てた。
何度、すれ違う他人に襲われそうになっただろうか。今になっては検討もつかないが、そんなアルファも、顔だけで寄ってくる人間も、オメガである俺自身も大嫌いだった。
いつでも、憎悪の対象の死を待ち望んでいた。
「はい、じゃあ今日のミーティングはここまでね」
珍しく事務所で行った会議。週末のファンミーティングの最終確認だったり、企画動画のネタの提案だったり、次の全国ツアーライブの詳細の相談だったり、たくさんのことを話した。
その会議をまとめあげたのは、“純アルファ家系の優秀アルファ”であるリーダーの、虚像を纏う俺である。
そう、メンバーには、己のことを“当たり前にアルファだ”と豪語している。奇跡的にもメンバー内には俺以外にオメガはおらず、りうらとまろがアルファ、いむと初兎とアニキがベータだった。
りうらとまろ、他グループや社員にフェロモンを当ててしまわないか、ずっと細心の注意を払っている。ただ奇跡的にもそんなことは無く、俺の抑制剤の過剰摂取がよく効いている証だった。
「はい!このあとご飯行く人っ!!」
いむのハツラツとした声が張り上げられる。口々に「はーい!」と挙手をしていき、全ての視線が資料をまとめていた俺に降り注がれた。
「ないくんは?」
「じゃあ行こっかな」
「アツ!久々の集合やん!!」
俺が行くだけで、こんなにも喜んでくれるのかと少し驚いた。レアキャラである俺があまり集まることができないため、久方ぶりの全員集合のご飯に胸を踊らせた。
「やば!!りうちゃん零してやんの!!」
「ウゲー汚ね!笑笑」
ゲラゲラと笑う一同を他所に、ただ食べ物を取り入れるように口に料理を運んでいた。
店の料理なんていつぶりだろう。
しかも、こんなに美味しく食べれるなんて。
“あの日の会食”から、お偉いさんとの会食は避けていた。そのため自宅で質素な弁当ばかりを食べていた反動で、話すことより先に食べる欲が働いた。
“あの日の会食”。
2ヶ月前の、夜のことだった。
『ないこさん、本当にお綺麗ですよね』
堂々とセクハラじみた事を垂れる人だった。大手企業の若手社長であり、この機会を絶対に逃したくはなかった。
だからこそ『ありがとうございます』と丁重にお返しをしていた。
そして突然、お高い飲食店の個室で、とある事を言われた。
『僕、アルファなんですよね』
『は、はあ……』
急に何を言い出すんだコイツは、と呆れていた途端に、彼は新たに切り出した。
『ないこさん、“オメガ”ですよね』
『…いやいや笑』
『僕の家系、みんなアルファなんです』
ここで笑顔を崩してはいけない。身につけたポーカーフェイスが状況を打開したと思ったのも束の間、彼の笑顔が消えた。
『いいや、わかりますよ』
『フェロモン、溢れてる』
そう言って立ち上がる彼の目は、幾度も目にしてきたケダモノの目だった。
瞬間的に、本能で察知した。
俺は食われる。
『ちょ、あの…っ』
『僕との取引、絶対逃したくないですよね』
『メンバーさんにも言われたくないでしょ?』
“あの日の会食”。
トラウマまではいかないが、一線を越えられたあの出来事。それを機に、俺は会食を避けていた。
否、トラウマかもしれない。
何かと理由をつけてまろに付き添ってもらう場合にのみ、会食を承諾してきた。
「……こ」
「おーい、ないこ?」
「っあ、ごめん」
考え込んで宙を仰いでいた俺を引き戻してくれた、正面に座るまろ。ゲラゲラと笑って盛り上がる一同を他所に、まろはこちらに気をつかってくれているのか。
(ミスった…申し訳な…)
唯一のオメガという劣等感を抱えつつも、メンバーの幸せと栄光が、何より嬉しかった。
「あ!こらそっちいくな!」
突然奇行に走るように我が道を行くりうらを制し、ベロベロに酔った一同を率先していく。ただ、まだ繁華街を抜け切っていないため人通りが尋常ではない。気を抜いたら誰かが消えているだろう。
「ねぇまろも手伝っ」
刹那、誰かに腕を掴まれた。
後ろに引っ張られてよろけると、その肩を後ろから誰かに掴まれた。
「お兄さんオメガっしょ!?」
「俺と一発どう!?」
全身の身の毛が逆立って、背筋が凍った。
嫌な汗が頬を伝い、硬直した。
「めっちゃフェロモン出てるよ!俺と番なんじゃね!?笑」
「おいやめろよー笑」
「すいませーん、コイツ酔ってて〜笑」
向かいから来た男子大学生の集団に捕まった。いや、その中の、人一倍アルファ性が強いヤツに。
「ぁ、ぇ……」
「アルファ様が項噛んであげるよ!笑」
固まる俺の肩をさらに強い力で掴むと、途端に俺の息が詰まっていく。
なんとコイツ、アルファのフェロモンを出してきた。
「っは、ぁ……゛ッ、ぁ……っ゛」
次第に身体が熱を帯びて、衣服が肌を擦る感覚すら快感として拾っていく。
「ほら、アルファ様のフェロモンで感」
「……お兄さん、何しとるかわかってます?」
まろの声が耳を包んだ途端、肩からパッと手を離された。マトモに立てない身体が前によろけると、一回り大きなまろの身体に包み込まれる。
「は?なんだよ冗談も通じねぇのかよ!オッサン!!」
「おいやめとけって……」
彼の友人らも彼を制止に出るが、まろは続けて彼に詰め寄った。
「俺、お兄さんが言っとる“アルファ様”より何倍も強い“アルファ様”なんやけど」
「……言いたいことわかる?」
「ッチ…興味ねぇよこんなザコオメガ!!」
捨て台詞を吐いて逃げ仰せていく彼ら。
変な絡まれ方をした不幸の中に、更なる不幸が残り続けていた。
「っは…゛、ごめ、ごめん……ッ゛」
純アルファ家系であった俺が、なぜか人一倍オメガ性が強く、一度フェロモンに充てられてしまえば治るまで多くの時間を有する。
まろの腕の中で火照る身体に為す術もなく苦しみ、耐えていると、まろが「帰ろう」とだけ零す。
「お前らだけで帰れるよな?」
「俺はないこ送ってく、ちゃんと帰れよ」
「え、ぁえ、でも…いふくんアルファじゃ……」
「ちゃんと薬飲んでんねん、心配すんな」
「じゃあ」
まろは俺の腕を掴み、強引に繁華街を抜け出した。
ないこを自宅のベッドに寝かせ、眠りに着きながらも苦しそうに藻掻く姿が見てて苦しかった。
帰路で気絶したように眠りについてしまったことと、ないこの家が絶望的に遠かったことを兼ねて、俺の家に連れて帰った。
寝室から離れ、再び過剰に抑制剤を服用してからリビングのソファーに腰を下ろす。先程、アルファのフェロモンに充てられてヒートを引き起こす前にないこを隔離した。
大体察しはしていた。
人並外れてアルファ性が強かった俺は、ないこの微かに溢れるフェロモンを感じ取っていた。 ただ、過剰に服用していた抑制剤のせいでフェロモンを感じ取る器官が鈍っていた。しかし今日は話が違い、酒が回っていたために抑制剤の効果が半減した。だからこそ、あのクソガキを威圧することができた。
メンバーもこれでもかと酒が回っていたために加勢することは不可能であったが、あのないこが“オメガ”だという事実が発覚してからは驚きで酔いが覚めていた。
瞬時に察したりうらが数歩後退りをしていたことがせめてもの救いであり、メンバーもないこのことを理解するだろう。
ただ、ないこは全てを抱え込んで、メンタル鋼の彼もいつかは折れる。俺はそう予想する。
そんなことはさせたくない。
絶対にさせない。
自暴自棄になって言い寄ろうか葛藤した時期もあった。 どうしても手の内に収めたくて、メンバーやリスナーさんに見せつけたこともあった。
その劣情を乗り越えて、今やないこに一番近い存在に成れた。
第二の性なんかに左右されずとも、俺が守ってみせる。
昼下がり、オフィスに入った途端、メンバーの視線が降り注ぐ。
『…お疲れ様』
締まる喉から声を絞り出し、やっとの思いで挨拶をするも、メンバーの口から挨拶が返ってくることはなかった。
『ないくん、アルファじゃないんだね…笑』
りうらの嘲笑を孕んだ声が響く。正真正銘のアルファ性であるりうらの、蔑む視線が胸を抉った。そのりうらに続くように、他のメンバーも口々に吐き捨てる。
『…ね、アルファだって信じてついてきたのに』
『それでオメガはヤバいんちゃう…?』
『ホラ吹きなんやな、結局は』
こちらを向きすらもしないいむとアニキの横顔が、何より冷徹に突き刺さった。
取引の場まで持ち込んでも、『オメガだから』と拒まれたあの日々と重なる。
どれだけ文武に精を出しても、『オメガのくせに』の蔑まれたあの頃と重なる。
全てのトラウマと憎悪が盛り返して、無意識にまろの姿を探した。
すると、後ろを見れば、こちらを見下ろすまろの姿。
『っまろ、ごめん俺……ッ』
『…別にええよ』
『何でも』
「っは、はぁっ…はっ……」
衝撃から目が覚めて、視界の先には見覚えのある天井が広がっていた。
脂汗が額に染みて、チカチカしてピントが合わない視界に驚いた。落ち着かせるように息を整え、起き上がると、そこはまろの部屋だった。
「…ゆ、夢……?」
最悪だ。最終な目覚めだ。
メンバーがあれほどまでに酷い態度を取るわけがない。
…そうわかっているのに、秘密と嘘がバレた今、掻き立てられた不安が焦燥を煽る。
頭を抱えて項垂れていると、寝室のドアが開いた。
「あ……」
「おはよう、調子は?」
「ごめんな、俺の家で」
いつもと変わらない笑顔で、優しく問いかけてくるまろ。そんなまろにおどろいて、目を見開いて硬直してしまう。
「…ごめん、不安よな」
「っえ…?」
「俺、アルファなのに…その、こんなとこ連れてきて」
「いや…え……」
「俺のこと、嫌いになったんじゃないの…?」
「…はぁ?笑 嫌いになるわけないやん」
屈託のない笑顔に、心がふっと軽くなった。 一番嫌われたくない奴に、嫌われていなかった。
そして、 相棒に嫌われていなかった喜びのせいで、言葉を失った。
「…ないこ?」
「っあ…いや……」
「てか、抑制剤ないやろ」
「聞くのダメかもやけど、何飲んどる?」
「俺の市販じゃなくて…ごめん」
「マジ?」
まろの気遣いを一刀両断してしまった申し訳なさが、心を気まずくさせる。まろも「どうすっかな…」なんて小声で零すものだから、これ以上無駄な労力を使わせないためにも、「もう大丈夫」だと切り出した。
「ひとりで帰れるから」
「でも……」
「もう迷惑かけらんない」
「今も俺に気遣って離れてんでしょ」
頭痛で震える頭と身体を叩き起し、まろのいる出入口へと向かう。まろはナチュラルに避けるようにしてはけてくれた。
立っても大丈夫なのかとこちらに手を伸ばすが、触れることができない手が宙を舞っている。
そんなまろが見えないフリをして、置いてあったバッグを掴んで玄関へと突き進む。
すると、後ろからまろの半ば制するような声が耳を包んだ。
「ないこ、家まで送っ」
「いい」
その提案を一蹴し、玄関のドアを押し開いた。そして、玄関を出る前に振り返る。
「助けてくれてありがとう」
「こんな性で、ごめん」
「ないッ___」
まろの言葉を拒むように、玄関のドアを力強く閉めた。
やっとの思いで帰宅した我が家で、狂ったように抑制剤を服用する。適量なんてゆうに超えて、二度とフェロモンを感じ取られないように尽力した。
なのに、息苦しさが拭えない。
いくら飲んでも、いくら寝ても、いくら休んでも無くならない息苦しさ。
周期なんてずっと先なのに、どこかヒートの前夜と似た感覚がする。
「やべー……」
ソファーに横になっても楽にはならず、なんなら身体が頭痛と熱を帯び始めた。
恐らく、ヒートが来た。
『恐らく』なんて保険をかけなくても察するほどの症状が現れ始める身体。 あのクソアルファのフェロモンに誘発されて、ヒートが来た。
「クソ…ッ」
今日だって撮影がある。それも実写の撮影。
また迷惑をかけるのか。 このままでは、あの夢のように、 メンバーに蔑まれるだろう。
抑制剤を多量に服用しようとも、ヒートなんてイレギュラーが付き物だ。ましてや人一倍オメガ性の強い奴なんて以ての外。
ただ、そんなものは理由にならない。
己の失態は自分で補う。
拒まれても、一人でやりきる。
メンバーの成功のために。
左手に菓子折りを提げて、ドアの前に佇んでいた。ドアノブに触れることを拒む手は、これでもかと震えている。
ドアの先には、既にメンバーが揃っている。
約束の時間まで、残り5分。はやく行かねばならないのに、心の奥底ではメンバーと会うことを拒んでいた。
(……やっぱり無理だ)
身体が動かない。誰かが背中を蹴って押してくれたら、入れたかもしれない。
でも、背中を押してくれる仲間は、もうどこにもいないだろう。
今日は帰___
「……ないこ?」
「ぁ…」
横を見れば、少し離れた場所に俺の名を呼ぶまろがいた。
「入らんの?どうしたん?」
「い、いや…」
(まだ集まってなかったのかよ…ッ)
思わず後退りをすると、まろはこちらに突き進んでくる。
「顔色わるいで?」
「はよ入___」
「ッ来ないで!!!」
思わず張り上げた声が、事務所内に響き渡った。静けさを切り裂く大声が、木霊するように広がっていく。
ハッとしてまろを見ると、驚いて目を見開く瞳と視線が重なり合った。
「な、ないこ…?」
__その刹那、隣のドアが開かれる。
そちらに視線を向けると、既に集合していたメンバーが、ドアの先でこちらを伺っていた。驚きと、気まずさを孕んだような面持ちが焦燥をかきたてる。
嫌な汗が頬をつたい、身体の熱が引いていくような感覚がした。
「ぁ…そ、の……っ」
「ちょっかいかけとってさ笑」
「一旦俺らトイレ行ってくるわ!」
どうにかして言い訳を述べようとしたのも束の間、まろが俺の手を掴んで助け舟を出してくれた。
そのまま手を引かれて、足早にトイレまで歩んだ。
トイレの洗面台の前で、俯きながらまろに謝った。
「ごめん、その、俺…」
「気にすんなって、デリケートな時期やろ」
その言葉で察した。フェロモンは疎か、ヒートを隠しきれていない。そんな状況で、再びまろに気を遣わせてしまった。
「…撮影、いけそう?」
その問いに、俯いたまま答えを出すことが出来なかった。首を縦に振るのでも、横に振るのでもなく、シカトしたように黙り込んだ。
「そんなに不安?」
「俺、ずっとないこの事好きやったから 」
「なんとも思ってないけどな」
まろの言葉におどろいて面をあげるも、その意を真摯に受け止めることは出来なかった。
「…違う」
「俺がオメガだからだろ」
「ずっとそうなんだよ、この顔とオメガだからって、 “何度も”襲われて」
まろの述べる好意とやらは、何かの紛い物だ。それか、今までのアルファと同様に、強いオメガ性だけを求めた虚像。
そう拒んだものの、まろに腕を掴まれ、
そのまま身体を壁に押し付けられた。
「…今、襲われたって言った?」
「何度もって、言ったよな」
「ま、まろ…っ?」
初めて見る怒りを孕んだ形相に、縮こまるように怖気付いた。
そんな俺を他所に、まろは続けて口を開く。
「若手社長との会食の後、ないこから濃いアルファの匂いがしてた」
「あの時もなんやな、そっからずっと俺に付き添い頼んできて」
「……」
問い詰められるように迫られたが、黙り込んで視線を伏せる。ここで声に出して認めてしまえば、弱者であるオメガの失態を認めることになると思ったから。
「あー…ごめん…無理や」
「……腹たってはち切れそう…」
脱力するように下を向いたまろ。その表情は伺えぬが、初めて耳にする声色に仰天した。
「…ごめん、気づけんくて」
悲しみにくれたまろの声が耳を包む。こんなにメンバーを思える奴が他にいるのか、そんか驚きを抱えつつ、諭すように口を開いた。
「…お前は優しいよ」
「でも、その優しさは他で使ってほしい」
「俺はメンバーの幸せのために動いてる。だから…」
「第二の性なんかに、騙されないで」
「真っ当に恋して」
「ないこ」
「正直、ないこがオメガなのは察してた」
「でも、俺はお前を噛んで縛りたいなんて思わない。幸せにしたい」
「っどうせ…ッ」
「どうせまろも顔と性別しか見てないんだろ!!」
「俺だってまろに幸せになってほしくて…ッ」
本音と感情が溢れ出た瞬間。ふと我に返って、失言の重さを知った。幸せになって欲しいなんて戯言では挽回できないような侮辱に、血の気が引いた。
「っあ…まって、違ッ」
謝ろうと再び口を開いた刹那、まろが我先にと口を開く。
「なら、今から証明する」
「俺を見て。俺だけ見とって」
離された腕が、自由を許される。
それに対し、まろの言葉が、頭から離れずに木霊した。
「…俺は、お前を好きにならない」
「それでもいいよ、ずっと好きやったから」
まろに続くように、賑やかなオフィスに入った。そして、その 賑やかなオフィスが、驚くほど静まり返る。
「…ごめん……おまたせ」
蚊の鳴くような声を絞り出すと、メンバーは口々に「いや…全然…」なんて気まずそうな声を漏らした。
そして、アニキが切り出す。
「…まあ、話そうや」
いつもより低い声色で、心臓がドキッと震えた。次々に着席するメンバーの後に続いて、全ての視線が集まる真ん中の席に腰を下ろした。
面倒事を好まない、空気が読める子供組も、忙しなく目線を動かしていた。その子供組に反するように、アニキの目線はしっかりとこちらを捉え、まろは隣の席でやや俯いて座っていた。
この静寂を切り裂くのは俺の務めであると理解し、震える身体で頭を下げた。
「…ごめんなさい」
「お菓子、持ってきたから…受け取ってほしい……」
そのまま言葉に詰まり、どこから話せばいいのかという焦燥が沸き立つ刹那、アニキが再び切り出した。
「昨日のはしゃーない、俺らもわかっとる」
「やけど、菓子折りってなんなん?」
「っえ……」
驚きから頭をあげると、眉間に皺を寄せ、顔をしかめるアニキと視線が重なり合う。
どうしよう、間違えたんだ。
そう頭が真っ白になった途端、初兎ちゃんの声が耳を包む。
「…僕たち、ないちゃんがアルファでもオメガでも、何も思わんよ」
「確かにないちゃんの口からアルファやって聞いてたよ。結局嘘でも…そう言わなきゃしんどかったんやないの?」
「そうだよ。ぼくら菓子折り渡すような仲じゃないじゃん、笑って終わりでいいんだよ」
「…少なくとも俺らはなんも思ってないよ」
「でも」
「こんな優秀な人がオメガなんだって、驚いた」
「昨日、正直どうすればいいか分からんかった。まろみたいに守れなくて…すまん」
「これからは俺らもないこを守ってこうって、話したんよ」
「だから頼れ。次は俺らを一方的に守るんじゃなくて、俺らも頼ってくれ」
「あに…き…っ」
固かったはずの涙腺から、涙が溢れて止まらない。こんなにボロボロと涙を流すのはいつぶりだろう。
「ありがとう」、「ごめん」。そんな言葉を嗚咽しながら絞り出して、声を上げて泣いた。
そんな時、隣の席に座っていたまろが椅子をズラし、真横まで来る。そして、俺の背中に手を当てて、いつもの優しい声色で語りかける。
「…だって。みんなないこが大好きなんよ」
「そろそろ、自分のこと好きになってもいいんやない?」
「う、ん…っ゛」
一回り大きな身体に抱きついて、蓄積された痛みを吐き出すように泣き腫らした。
驚いたまろが「ええの…?」なんて、この場に及んで俺の性を心配する聖人さに笑みを零しつつ、胸元に頭を押し付けた。すると、YESの返事を受けたまろが、優しく手を背に重ねてくる。
イレギュラーなヒート真っ只中でアルファに抱きつくなんて、驚くべき愚行であろう。
でも、今はみんなの温もりの中で甘えていたかった。
己の手の中で泣きわめくないこが、不覚にも愛おしくて堪らなかった。
フェロモンから察するに、ないこはヒートが近いかヒート真っ盛り。なのに、第二の性なんてお構い無しに泣きじゃくるないこは、俺に心を開いてくれたような気がした。
そして、疲労から、赤子のように眠りについてしまった。
「…しゃーないな、コンビニ行くぞ」
「はーいっ!!」
こちらを見据え、呆れるように微笑むアニキが切り出す。空気を読んでくれたのか、メンバーは次々に席を立っていく。
「まろちゃんがんばれよ〜っ笑」
「ないくんもじゃあね」
揶揄うように背中を叩いてくる初兎を他所に、ないこの頭を優しく撫でる。
「はよ行けバカうさぎ」
「サイテー!!行かんどこっかなぁ!?」
「ほら早く行くよ」
初兎を引きずりながら退室していくりうらを筆頭に、メンバーが部屋を後にした。
部屋には、無防備なないこと俺だけ。
(やっべ〜〜〜〜…勃つ〜〜…ッ)
愚息がおっ立たないように細心の注意を払いつつ、ないこの顔を覗き込んだ。
「…ほんと綺麗やな……」
長いまつ毛に滴がついていて、キラキラと光っている。ないこのこんなにも弱々しい姿を見たことがなかったから、新鮮さに喜ぶと共にしっかりと目に焼き付けておく。
片思いを告白した末にこの甘え具合は生殺しであるが、ないこを抱き抱え、その場に立ち上がる。
こんなに痩せてんのか、なんて軽さに驚きつつ、簡易的なソファーに運んでいった。
クッションに頭が乗るように、ゆっくりと寝かせてやる。が、その衝撃で、ないこの瞼がゆっくりと開かれた。
「…ぇ、あれ……俺…」
「んふ、おはよ」
動揺するないこの横にしゃがみ込み、寝起きで少しぼけっとした姿に笑みを零した。
「み、みんなは……?」
「コンビニ行ったよ」
「…さっき、俺に抱きついてわんわん泣いて、泣き疲れて寝とったけど」
「っは……!?」
揶揄うように先程のことを述べると、ないこの顔が湯気を出す勢いで真っ赤に紅潮していった。
「俺の胸元に頭ぐりぐりして、抱きしめて〜って笑」
「そんで〜」
「っや、やめろバカッ!!!」
勢いよく起き上がり、俺の口を制するように手を被せるないこ。照れてんな〜なんて微笑ましく思いながら、気持ちを打ち明け済みの俺に怖いものはなかった。
その被せる手を掴んで退かし、再びからかいに出る。
「どう?惚れる日も近いんちゃう?笑」
「う、自惚れんなよな…」
からかいよりも、半ば本心だった。
周りも俺の好意を知っていて、応援してくれていた。その期待に応えるためにも、絶対にないこを惚れさせてやる。
そう息巻きつつ「かわいい」なんて零して笑ってみせた。
某月某日。まだまだ寒い日が続き、マフラーに顔を埋めながら歩いていた。
目的地は、あの人の家。
そんな目的地のドアの前に立ち、合鍵を差し込んで回す。
重たい玄関のドアを開くと、甘ったるいフェロモンの香りが家中に充満していた。
靴を脱ぎながら「お邪魔しまーす」と声を張り上げると、家の奥からドタドタと走ってくる音が耳に届いた。
途端に、リビングに通ずるドアが勢いよく開かれると、会いたくて仕方がなかった“恋人”が居る。
その恋人は、俺に向かって一直線で駆け寄り、飛ばされそうな勢いで抱きついてくる。
「どうしたん〜、もうしんどい?」
甘ったるい声色で問うと、「あたりまえでしょ」なんて生意気を拗らせた返答が来る。
「はいはいお姫様、俺が看病したるからな〜〜〜っ」
項の“跡”に手を添えながら、リビングへと歩みを進める。
はだけた衣服と苦しんだ後の汗の匂いに若干興奮を覚えつつ、ソファーに座らせて毛布を被せた。
想いを打ち明けたあの日から2ヶ月が経った頃、ようやくないこが振り向いてくれた。 そして交際してから3ヶ月が経過し、今も順風満帆に暮らしている。
そして来たる初めてのヒートの日、俺に向かって項を露わにし「噛んでよ」と照れくさそうにしたないこ。オメガであることと、人から性的な対象として見られることが何より嫌いで、嫌悪感や劣等感を抱えていたないこが、俺に番になることを許した。
するとそこから言葉以外はベッタリで、隙あらばキスを求めてきたり抱きついてきたりと、類に見ないほどのラブラブカップルとしてやっている。
「___ぇ…」
「ねえ!聞いてる!?」
「っえ、あ、すまん、どうした?」
「早く横きて」
ソファーをポンポン、と叩くないこ。「言わせんな」と顔を真っ赤にしながら呟いた姿を見て、少し意地悪魂に火がついた。
「えーーっ、どうしよっかな」
「このままじゃないこが可愛くて襲っちゃうかも〜…」
「いいよ」
「…早く抱いて」
「っえ……」
驚きから目を見開き、顔全体に熱を帯びていく。まさかのカウンターパンチに冷めやらぬ興奮レベルがマックスになった途端、ないこが意地悪く笑う。
「うっそーっ!!! 」
「今日はまろは俺の下僕ですぅーっ」
「顔真っ赤やんけ!!笑」
ケラケラと笑うないこを見て、俯きながら拳を握りしめる。
(ぜっっってぇ抱く……!!!)
そう言って己を奮い立たせ、ケラケラ笑って油断するないこに飛びついた。
「っちょおいバカッ」
「煽ったそっちが悪いからァ!!!」
やわらかい頬を引っ張って、痛がるないこをみて意地悪く笑い返す。
この先バカやって、生涯かけてないこを幸せにする。
再びそう誓った日であった。