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阿炎快空
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#ダークファンタジー
阿炎快空
82
先生はなかなか教室に戻ってこなかった。窓から校庭を見下ろせば、パトカーが何台も来ているのが見える。
この調子だと次の英語の授業どころか、以降の授業が全て吹っ飛ぶかもしれない、と由衣は思った。楓と違って自分は勉強が好きなわけでもないし、それはそれでラッキーな気がしないでもない。――そうなった原因が、大切な友人の死でさえなかったなら。
――とにかく、冬香がどうやって死んだのか。詳細だけでも先生に聞かないと。
楓を宥めて、由衣は教室を出た。職員室へ向かうためだ。
特に頭が良い方ではないし、探偵になりたいわけでもない。それでも、大事な友人の死の真相だけは突き止めたいと思う。
そう、少なくとも先生に伝えるくらいはしていいはずだ。野間綾乃が怪しい、ということくらいは。不名誉だが最悪の場合、自分達と彼女達の間にあった揉め事を洗いざらい話す必要があるとも感じていた。
そうなった場合、きっと自分も誹りを受ける。それくらいのことをした自覚はある。しかし、だがらって冬香があんな目に遭わされて殺されなければならないのは違うはずだ。それはあまりにも釣り合いが取れないはずだ。元はと言えばあの女が、楓を傷つけたことが原因であるというのに。
何より、万が一楓にまで火の粉が飛んだら。そう思ったら、あまりにも恐ろしい。
『皆さん、こんにちは。美術部をよろしくお願いしますね』
長い黒髪が美しい、いかにもキラキラとした上品なお嬢様。楓の存在は去年の段階で有名だった。由衣と冬香と、同じクラスになる前から。同級生にも後輩にも敬語で喋り、いつもニコニコと美術部勧誘のチラシを配っていた少女が彼女である。
この高校の美術部は、廃部の危機に瀕していた。
彼女はそんな美術部を救うため、率先してチラシを作り、みんなに美術の素晴らしさをアピールして回っていたのである。それも、一年生で入部した直後からずっとだ。
春先の寒い日も熱い日も関係ない。雪が降っている日でさえ外に立ち続けた。学校に親の車で送り迎えしてもらうような、誰もが振り向く美少女がだ。
思ったよりもこいつ根性あるな、と。それが、幼馴染みである由衣と冬香の、最初の共通認識だったのである。
そして、そんな彼女との決定的な接点は、冬のある日のこと。
自分達が住んでいる地域は本来、そうそう雪が降る場所ではない。しかし去年は短期的に、どばーっと多くの雪が降ったことで交通機関が乱れに乱れたのだった。
いや、雪が降った当日も大変だったが、翌日はさらに面倒だったと言っても過言ではない。道路がアイスバーン状態で、転ぶ人とスリップする車で溢れたのだから。
由衣もまたその一人だった。帰宅しようと正門をくぐったところで盛大に転んでしまったのである。スカートもびしょ濡れだし、膝は擦り剥くしと散々な目にあったのだった。
『サイアク!ほんっとにサイアクなんだから、もー!』
そう、サイアクだと思っていたのである。駅に向かう途中で――後ろから腕を掴まれるまでは。
『ま、待って下さい!あなた、落とし物してます!』
『え!?』
楓だった。由衣は転んだ拍子に、お気に入りのハンカチをポケットから落としてしまったのである。楓はそれを見つけて、何百メートルもの距離を追いかけてきてくれたのだった。
それもびしょびしょになって汚れてしまい、普通の人なら拾うどころか触りたくもないであろうハンカチを握りしめて。
『あ、ありがとう……』
どうして、と由衣は思ったのである。楓のことは一方的に知っていたが、話したことなど一度もない。もちろん友人などではけしてない。それなのに、どうしてここまでしてくれるのかと。
すると、そんな由衣の気持ちをよそに――汗だくになって走ってきてくれた少女は、嬉しそうに笑って言ったのだった。
『良かった、間に合って!ただ、すみません。びしょ濡れになっちゃってるみたいで……どこかで洗えたらいいんですけど』
『い、いや。それはわたしが落としちゃったせいだからいいよ。気にしないで。それより、その……ほんと、ありがとう……』
あの時の、楓の笑顔はけして忘れられない。
そのエピソードを冬香に話したら、彼女は目を輝かせてこう言ったのだった。
『いいやつじゃん、そいつ!よし、アタシたち、絶対そいつと友達になろーぜ!』
まるで運命のよう。
二年生に進級した時、自分達は三人揃って同じクラスになれたのだから。由衣は心から喜んだし、きっと冬香もそれは同じだったことだろう。すぐに楓は自分たちの中に打ち解けてきた。三人で、くだらなくも楽しい日々をこれからも過ごしていくと、そう信じていたのに。
――全部、あいつのせいだ。
廊下を歩きながら、由衣はぎり、と拳を握り締める。
――野間綾乃。あいつがわたし達の世界に干渉するようになってから、全部おかしくなった。あいつが余計なこと言わなければ、しなければ……きっと何もかもうまくいったし、冬香だって死なずに済んだかもしれないのに!
イライラが止まらない。
冬香の死に方は、到底人間にできるようなものではなかったと聞いている。いくらトイレが壊れたのだとしても、座った状態のまま汚水を浴びて溺死するなんてそうそうできることではない。他殺にしても、事故にしてもおかしい。自殺はもっとあり得ない。一体誰が、あんな苦しくて屈辱に塗れた死に方を望むだろうか。
まるで、誰かが悪魔の力でも使ったかのよう。
オカルトを信じているわけではないが、それでもそのようなのがあるのではないかと思ってしまうような死に様。そして万が一そんなものがあるのなら――遠い場所のトイレにいたという綾乃にだって、犯行は可能かもしれないではないか。
そもそも、冬香が理科室から抜け出す姿を誰も見ていないのがおかしい。自分たちでさえ、授業の終わり際になるまで気づかなかった。まるで、本当に魔法にでもかけられてしまったかのように。
――少なくとも、あの女には動機がある。逆恨みして、わけのわからない闇組織に依頼するくらいのことはやりかねないだろうし。
てくてく。
てくてく。
てくてく。
てくてく。
廊下を歩き続けていた由衣は、段々おかしいことに気がついた。
変だ。どうしていつになっても、職員室にたどり着けないのだろう。自分達の教室と同じ二階にあるはずだというのに、どうして。
『好都合だわ。あんたが一人になってくれるなんて』
「!?」
由衣はぎょっとして天井を見上げた。今、確かに声がした。それも、自分達が一番嫌いなあの女の声が。聞き間違えるはずなどない。
「野間なの!?どこ、どこにいるの!?」
オレンジ色の光が差し込む、どこまでも続く廊下。どうして気づかなかったのだろう。いつの間にか、周囲に人っ子一人見当たらないことに。
「あんたが、冬香を殺したの!?答えなさいよ、ねえっ!」
『クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス……』
「笑ってんなよ!姿を現したらどうなの、卑怯者!あんたが冬香を殺したなら……わたしは絶対許さない!わたしがあんたを殺してやるんだから!出てきなさいよ、ねえっ!」
『クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス……っ!』
あまりにも、あまりにも不気味。
オレンジ色の廊下にひたすら、女の不愉快な笑い声だけが木霊する。
――ま、まさか、本当に……魔法みたいな力でなにかしてるってんじゃないでしょうね?
由衣の背筋を、冷たい汗が伝う。声ははっきり聞こえるのに、相手の姿がどこにも見当たらない。そして、廊下が、学校が見知らぬ異空間と化している。
こんなことが、現実にあり得るのだろうか。
自分は何か、おかしな夢でも見ているのではなかろうか――。
『ほんと、いじめ加害者って自分の罪を認めないわよね』
綾乃の、笑いに満ちた声が続く。
『あの女が死んだのは、それだけの罪があったからよ。このあたしを辱め、苦しめてくれた、その分の代償を払わせてやったってだけ。当然の報いよ。ザマァみろってやつだわ!』
「はぁ!?当然の報い!?よりによってお前がそれを言うわけ!?」
『あたりまえでしょ?あたしは虐められた被害者だもの』
「はあああ!?」
話にならない。怒りで眼の前が真っ赤になった。
全てはこいつのせいなのに。自分達はただ、このクソ女から親友を守ろうとしただけなのに。どうしてこう、被害者ヅラができるのだろう。
こいつが楓を苦しめなければ、そもそもこんなことにはなっていないというのに!
「加害者はお前の方だろーが!被害者ヅラしないでくれる!?あんたが先に……楓を虐めたくせに!!」
そうだ、忘れるはずがない。
あの日の楓の絶望した顔を。泣き声を。自分は、自分達はけして――!
『まったく、ほんと。浮島冬香といいあんたといい、馬鹿ばっかりよね』
綾乃の声は、いかにも呆れましたといった様子で言葉を続ける。
『大人しく「ごめんなさいませ、野間綾乃様!わたくしたちが全面的に悪うございました、許してください!」って土下座でもすれば、あたしの気も変わったかもしれないのに』
「誰がするか、そんなこと!」
『いいわけ?そんな態度で。……今からあんたも、浮島冬香同様、拷問されて……殺されるってのにさ!』
「!?」
ぎょっとした次の瞬間、体がふわりと浮き上がった。
違う。足元に穴ができて、その中に落下し始めたのだ。暗い暗い、深い深い穴。何が一体、どうなって。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
暗闇の中。綾乃の楽しげな声が反響する。
『さっきの浮島冬香はちょっと失敗だったわね。どうせなら、あたしにはちゃんとアリバイを作っておくべきだった。そうね……あたしが学校にいる間に、数キロ以上離れた雑木林から、あんたのズタボロの死体が見つかるのがいいわよね。不可能犯罪完成!これで、面倒な奴らに疑われることもないわ!』
それってどういう意味だ、と。恐怖の中でそう思った時だった。
「うぐっ!」
由衣の体は落下していたのである。それも――どこかの林の中。下半身が、土の中に埋もれるという形で。
コメント
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おお…これは一気に不穏な空気になったな。由衣の「全部あいつのせいだ」って怒りがひしひし伝わってくるし、楓との出会いのエピソードで優しい一面を見せた後だから余計に綾乃の笑い声が怖いわ。トイレで溺死って描写も、ホラー映画みたいでゾッとした。由衣まさかあのまま埋められちゃうの?次どうなるんだこれ…続きが気になりすぎる🔥