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✧≡≡ FILE_002: 拾ったもの ≡≡✧
Monday, May 7, 1973 | Morning Edition | Page 14
“Miracle Metal” — Lumiliet Promises to Revolutionize the Power Grid.
British Tycoon-Inventor Dr. Quillsh Wammy Unveils New Material
(“夢の金属”──ルミライトが電力網に革命を。英国富豪発明家キルシュ・ワイミー博士、新素材を発表)
ウィンチェスター、ミルフォード研究施設──英国を代表する発明家、キルシュ・ワイミー博士が本日、驚異的な新素材“摂氏28.7度以下で超伝導を起こす金属”の完成を公式に発表した。政府高官、電力会社代表らが出席する中、ワイミー博士は「熱を持たず電気を流す金属が、送電ロスを激減させ、人々の暮らしを一変させるだろう」と語った。
同素材は、既に国内外の送電導線の八割以上への導入が決定しており、英国電力公社の報告によれば、供給ロス率が従来比で30%以上改善される見通しという。これにより、寒冷地や島嶼部においても効率的な電力供給が期待されており、冷却装置が不要になると語った。
一方で、その高い電導性は使い方によっては重大な危険を招く可能性も指摘されており、“夢の金属”をどのように利用するかが、今後の社会的な議論の焦点となりそうだ。
❅❅❅
誰かが道端に捨てた新聞紙が、ひとつ。
雨上がりの風にめくられて、ぺら、ぺら、と勝手にページが動く。紙の端は泥に濡れて重たく、文字は滲んでいた。
ここは、ウィンチェスター大聖堂の裏手にある公園。観光客は来ないし、誰もここを通らない。
だから、この新聞紙には誰も気づかない。
一度置き去りにされたものは、ずっとそのまま。拾われることも、捨てられる事もなく……置き去りにされる──
黒髪の少年──“boy”は、その濡れた新聞紙を見下ろした。
「…………」
しゃがみ込み、そっと新聞紙の端をつまむ。
べたり、と冷たい感触が指に伝わった。
“まるで汚いものを摘むように”──いや、実際に汚いのだから、そういう持ち方で間違っていないが……それでも、彼の持ち方はあからさまに、「これは汚い」と主張していた。
「…………」
歳は八つか九つか……。
茶色のコートに、サイズの合わないジーパン。裾は濡れた舗道に擦れてボロボロだ。
白い息を吐きながら、彼は新聞を読んだ。
「……キルシュ・ワイミー」
読み終わった瞬間、boyは新聞を拾った場所とほぼ同じ位置に戻した。
その動作はあまりにも──不自然だ。
あの歳の子供なら、拾ったものは持ち帰ることもあるだろう。
濡れていようが、汚れていようが、危険なものであっても「自分が見つけたもの」として家に持って帰ることがある。
だが、彼はそうしなかった。
家に持って帰ったところで、誰にも見せる相手がいないから。
──怒ってくれる人もいない。
「拾ってきてどうするの」と叱ってくれる大人はいない。
──喜んでくれる人もいない。
「見せてごらん」と膝をついて覗き込む相手もいない。
──手を繋いで一緒に帰ってくれる人もいない。
「今日は寒いね」と笑いながら抱き上げてくれる人もいない。
“怒られない”し、“褒められない”し、“連れて帰ってもらえない”。
それが、この少年の世界の“普通”だった。
「…………」
boyは立ち上がると、濡れた指先をコートで拭ったあと、口元に持っていき──
「ふぅ……」
白い息をひとつ吹きかけた。
寒そうに手を擦り合わせ、もう一度白い息を吹きかける。
コート1枚では拭えない寒さに肩を縮こませ、背が丸まる。
冬の冷気が顔に当たり、自然と涙が出てきた。
boyは再び雨の降りそうな空を見上げると、一言ポツリと呟いた。
“……Mummy,where are you……?”
背後で自分と同じように置き去りにされた新聞紙が風に煽られ、1枚めくられた─────