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春菜の小さな声が、鉄板のじゅうじゅうという音に吸い込まれていく。
「……私、犯罪者かもしれないんです……」
そんな告白を聞くはずじゃなかった――なんて、慎司はもう思わない。
「犯罪って……何したの?」
わざと冗談めかして問いかけると、春菜は慎司の肩に顔を押し付けたまま、小さく震えた。
「……生徒を、卒業させちゃったんです。本当は、卒業できない成績だったのに……。」
涙がブラウスの襟元から滲んで、慎司のシャツに触れた。
「親に頼まれて……成績を……少し……」
震える声。
酒で潤んだ目尻。
鉄板の熱気と一緒に、春菜の体温が慎司にまとわりつく。
「で、そいつが?」
慎司が低く尋ねる。
「今、その子に脅されてて……お金を……渡さないと……」
泣きながらも、春菜の手は慎司の太ももにそっと置かれたままだった。
理性が少しずつ熱に溶かされていくのを、慎司は自覚していた。
「……先生、酔ってる?」
冗談めかして言っても、春菜は答えない。
代わりに、肩に乗せた顔を上げて、真っ赤な目で慎司を見つめた。
「……高村さん……もう、どうにでもなっちゃえばいいのにって思うんです……。」
吐息が近い。
唇が、すぐそこにある。
春菜がそっと身を起こし、バランスを崩すふりをして慎司の胸に倒れ込む。
柔らかな感触が胸板に押し付けられた。
「……ホテル、行きます……?」
その声が、鉄板の音より熱かった。
慎司は笑った。
笑いながらも、心の奥で舌打ちする。
――抱ける女ほど、抱いちゃいけない。
「……いや、その前にやることあるだろ。」
慎司は春菜の肩をそっと押し戻した。
指先に、確かな体温と吐息の残り香がまとわりついている。
店主の百地が、カウンター越しに小さく目を細めた。
黙っていても全部知ってる顔だ。
春菜はテーブルに突っ伏して、ぐすぐすと泣きながらも慎司の袖をつかんで離さない。
「……大丈夫。全部、俺が片付けてやる。」
その言葉に、春菜は小さく頷いた。
鉄板の上では、ソースが焦げて、煙がゆらりと立ちのぼる。