「あんたも、だいぶ慣れてきたね」
帰りがけにママの嫌いな皿洗いを終えると、タバコを吸いながらママが声をかけてきた。
お客さんたちは各自で盛り上がっており、時間ができたのだ。
「え! ほんとに? 嬉しい!!」
顔を上げて目を輝かせる麗にママは軽く笑った。
「お客さんのタバコに火をつけようとしていっこうに上手くできなくてお客さん自身でやってもらった後、ライターの付け方をじっくり教えてもらったときよりかはね」
「だって、ライターって固かったんだもん」
「だもんじゃないわよ、全く。まあ、そういうおぼこいところがウケてるからいいけどね。あんたの母親もそうだったわ。いつまでも少女みたいで、スレなかった……」
彩乃ママは母のそんなところが好きで、でも、そんなところが母の人生か上手くいかない理由だったとばかりに寂しそうな顔をした。
「そろそろ大人の時間だ。ネンネはかえんな 」
「はーい」
麗はお先に失礼しますと、客とママに元気に挨拶し、スナック彩乃を後にしたのだった。
夜が始まろうとしている繁華街で人の流れに逆走しながら麗は家路をゆっくりと歩いた。
明日も朝から早い。早朝のスーパーの品出しのバイトもしているのだ。
麗は今、服飾の専門学校で学生をしている。
やりたいことを考えたときに、やっぱり子供服が好きだと思ったのだ。
だから、将来的には子供服のデザイナー件ショップオーナーになりたい。
別に佐橋児童衣料のように須藤百貨店に入居したいだなんて大きな夢があるわけではなく、一つずつ丁寧に自分で作ってネットショップかどこかで、自分で自分を養えるくらいに稼げたらいいなと思っている。
学費は父の遺産から出し、生活費はアルバイトで凌いでいるのだ。
明彦の家を出て、狭いアパートで一人暮らしをしている。
今はそのための勉強中だった。
明彦からは一銭も受け取っていない。
ちょこちょこ物資は届けに来るが。
母が入院以来、久々の一人暮らしだ。
姉や明彦にお金を出してもらって暮らしていたころと比べると、ほとんどその日暮らしの綱渡りではあるが、自分の力で生きているという充足感はあった。
スマートフォンがバイブし、電話が来ていることを知らせてくれている。
『もしもし』
ディスプレイを見なくても、わかっていた。麗に電話してくるのは明彦だけだ。
「今、帰宅中」
別居して自立しようとする麗に対し、明彦は過保護にならないよう、だいぶ抑えてくれている。
なんてったって、バイト先には来ないという約束は守ってくれているのだから。
短大時代、麗のバイト先の喫茶店に毎日のように来るほど常連だった明彦が、だ。
ともすればスナック彩乃に毎日来て高級ボトルを入れそうな明彦に、あらかじめ釘を差しておいて正解だった。
それに比べると今帰宅中と電話で話すくらい大したことではない。
『明日の約束は覚えてるな?』
「ちゃんと覚えてるよ。明日はスナック彩乃もお休みやし」
明彦とは明日デートの約束をしているのだ。
「そうそう、今日学校で面白いことがあったの……」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!