旅立ち目指した場所は元イギリスのグリニッジ天文台であった。
空間を切るだけで無く、カーリーのアンカーが打たれた場所と時に、出口を作り出す事が可能であろう、彼(か)の最高神、メット・カフーである正一さんに助けを求めるのが母の望み、だったらしい。
交通機関が遮断された世界でのロシアからイングランドへの気が遠くなるような道行きは、母とカーリー、オンドレとバックルこと、虎大(こだい)と竜哉(たつや)の両老爺(ろうや)の四人だったそうである。
んまあ、虎大の爺さんは年に似合わず矍鑠(かくしゃく)そのもので、身体強化魔法の達人で普段からローランドゴリラ由来の魔獣相手に稽古をつけていたそうだし、竜哉爺(じい)は生活魔法の大家として村中の女性の憧れの的だったらしいので、適任と言えばそうなのかもしれないな。
まあ、結論から言えば、この時から数年後、私が意識を取り戻した時、横には涙に濡れそぼった母の焦燥しきった姿と、真下を向いて項垂(うなだ)れた二人の爺さんがプルプル震える姿があったのだった。
ほんの数日後、私が床を上げるのと同時に、二人は黒衣のローブに身を包んで私と母の下を去った。
私が二度と崩壊する事無い、新たな体にしっかりと定着した事を確認したうえで、安心して旅立ったのである。
そう、私は新たな体で、改めて自分の人生に踏み出す事となったのだ。
父方の曽祖父、幸福(こうふく)昼夜(ちゅうや)の体をカーリーから引き継いで、自分の未熟に過ぎるアートマンをカーリーの真核に守られる形で……
甚(はなは)だ不確かではあったが『魔神』として、二度目の生に向き合う事になったのである。
目覚めて後、母に父の事を尋ねることは数回ではなかった。
何故、父はここにいないのか? 一体どこでどのような暮らしをしているのか?
私の度重なる質問に、母は只俯いて憎々しげな舌打ちで答えるだけであった。
いつの間にか、私は質問をやめ、そうしている間に、母、美雪は呆気なくモンスターの手に掛かってその命の炎を消したのだ。
残された私は、たった一人で、ここ、森の横に設(しつら)えた小屋でカーリーから譲渡された永遠の命、無限の時に向き合い続けてきたのだ。
戯(たわむ)れに名付けた地名は、チョコレートが手に入らなくなった時に、アメリカの聖女キャシーが作ってくれた、小麦粉のスポンジとイチゴジャムを何層も重ねたドイツの古いお菓子『ルンザ』から取った、と言うかまんま『ルンザ』だった。
この場所は、国と言う区分けが有った頃にはポーランドの西部に当たる事からも、まあ丁度良い、そう判断した事も名付けの理由だ。
と言う訳で、数年後に私と融合を果たしたカーリーが、昼夜さんの肉体と、自分の真核を譲ってこの世界から姿も存在も消失させたのが、このタイミングだったと言う訳なのだ。
それが原因でカーリーを頂点にしていた世界中の『存在の絆』が失われた、そう言う事態だったのではないかな?
十年前からこの後数年の間、意識を失っていた私、観察者にとってもこの間の親父、父ちゃんの心の蠢(うごめ)きや屈託(くったく)なんて、初めて耳目(じもく)にする内容なのだ、俄然(がぜん)興味が湧き捲ってしまう。
コメント
2件