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「なんか、霧スゴくない?」
「んー、いつもはこんな感じじゃないんだけど………」
洞穴のような裂け目を通り抜けると、途端に拓けた場所に出た。
とは言え、辺り一面に濃霧が立ち込めており、数メートル先の様子も定かじゃない。
ただ、高羽神社の境内でない事だけは確かだった。
空を見る。 太陽はない。
薄ぼんやりとした明るみは、暮れ残りか。
いや、現在は20時過ぎだ。 この明るさは不自然だろう。
思う間に、友人が私の手を引いて歩き出した。
「そっち? そっちで合ってるの?」
「たぶん………」
「たぶん?」
「あ、いやいや。 こっち! 絶対!」
すこし移動して判ったが、自分たちはどうやら街路にいるようだった。
周囲に人の気配はなく、相変わらず真っ白な霧が密に立ち込め、しんと静まり返っている。
ぼんやりと立ち並ぶ家々も同様、それぞれ静かなもので、喧騒は疎か、これと言った生活感さえ窺えない。
まるで、ゴーストタウンだ。
友人の手を、自然と強く握り返していた。
ここで逸れたら、さすがに洒落にならない。
そんな思いでいっぱいだった。
「うわ………?」
「お、やっと見覚えのあるトコに」
静かな町並みを抜けると、今度は一転して賑やかな繁華街に行き当たった。
この時には、先までの霧が嘘のように晴れていた。
相変わらず友人の手を強く握ったまま、よくよく目を凝らす。
舗装のない無垢な地道の両脇に、様々な店舗が所狭しと入り乱れている。
区画整理もままならないのか、そもそもそういった概念がないのか。
軒の連なりに規則性はなく、まるで大小様々な店舗を、雑多に放り込んだような印象だ。
その内の一軒。 金銀朱色を節操なくあしらった店の前を通りかかった所、不意に声をかけられた。
「かわいいお嬢ちゃん方。 ちと寄ってきゃしないかぇ?」
呼び込み役だろうか。
豪奢な和服を寛げた、煽情的な出で立ちの女性。
その艶かしさは、まるでドロドロに腐熟した果実に似つかわしく。
女の私をして、つい目眩を来しそうになるほどだった。
「寄ってかない。 てか、前から気になってたんだけど、ここってどういうお店──」
「ほのっち……っ、行こう!」
慌てて友人の手を引いて、店先を離れる。
純粋無垢というのは、時として無鉄砲と大差ない。
そんな事は断じてないと思うが、彼女が毒牙に掛からぬよう、私が目を光らせておかねば。
「それにしても───」
辺りを見る。
目立つ軒先に、赤提灯をいくつも吊り下げた木造のお店。
置屋と思しき年季の入った建物に、時代劇に出てくるような小間物屋。
それらが滾々と乱立する模様は、もはやレトロを通り越し、時代錯誤と言わざるを得ない。
そう、これはまるで、欧化主義の風潮に乗り遅れた、場末の盛場を見るような。
往来を跨ぐようにして、店舗間に架け渡された横断幕には、“おいでやす”との文言が、右横書きで記されていた。
「望月さん……っ、ちょっと、速い!」
「あ、ごめん!」
初めて見る町並み、初めて訪れる横丁のはずなのに、どことなく胸が締めつけられるような。
この、切なさにも似た懐かしい気持ちに駆られるのは、果たしてどういう理由からだろうかと考えて、はたと思い当たった。
それは、きっと私が日本人だからだろう。
通りの真ん中で足を止め、周囲を見る。
この横丁には、昔の日本が溢れていた。
善も悪も、酸いも甘いも混在した昔の日本が、ここにはたしかに残っていたのだ。