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◇◇◇


芳也は腕の中で眠る麻耶をそっとソファに寝かすと、寝室からブランケットを持ってきて麻耶にかけた。

(俺は何してるんだか……それにしても、こうしてると随分幼く見えるな)

ノーメイクであろう麻耶の寝顔を見て、そんなことを思いながらウイスキーを一口飲むと、また洋画の続きに目を向けた。

(こいつがこの映画を知ってるなんてな)

横ですやすや眠る麻耶を見て、ふっと微笑んだ自分に気づいた。

(久しぶりにこんなに近くに人がいるな……世話の焼ける従業員だよ)

ずっとここ何年も人を寄せ付けず、仕事に没頭してきた。

今回も、アイリがここに押しかけてくるのが分かっていたので、その煩わしさから逃れるためだけに、麻耶を家に置くことに決めた。

ちらっと麻耶を見て、芳也は「ただそれだけだ……」と呟くように言葉にすると、決意を新たにした。

(でも、本当にころころと表情の変わる女だな……)

そこで、無意識に麻耶の頭を撫でていた自分に気づき、ハッとして手を離した。

手が離された麻耶が、眠りながらも一瞬不安げに表情を曇らせたのを見て、芳也はまた麻耶の頭に触れた。

安心したように眠りについた麻耶を見て、芳也は大きくため息をついてウイスキーをすべて流し込むと、何も食べ物の入っていない胃が少し痛んだ。

(すきっ腹にウイスキーのストレートはまずかったか……)

グラスを置くと、目を閉じて痛みが治まるのを待っていた。


◇◇◇


(うーん、寒い……重い……。狭い……あれ? え? また……)

ゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせると、腰に回った腕をそっと外し、身を起こした。

(あのまま寝ちゃったんだ……社長もか……この二日で随分慣れちゃったな……この人に)

暖房がタイマーで切れてしまっていたようで、室内はかなり冷え込んでいた。

麻耶はぶるりと震えた。

体を丸めてぐっすりと眠りに落ちている綺麗な顔をじっと見て、麻耶はふと笑みが漏れた自分に気づいた。

(うん! いろいろ悩んでも仕方がない! 今は仕事も忙しいし、住むところもない!)

自分にだけ掛けられていたブランケットを、慌てて芳也にかけると、麻耶はソファからそっと立ち上がった。

その毛布をぎゅっと抱きしめるように丸まった芳也は、いつもの威厳のある社長とも、麻耶を脅すように命令した芳也のどれでもないように見えた。


(本当の社長はどれ?)

昨日の夜の優しい言葉、少し影のある横顔が頭をよぎった。

麻耶は見下ろすようにしばらく芳也を見た後、室内に目を向けた。


テレビの画面は、ブルーレイのメインメニューがまだ映し出されており、昨日のコップなどもそのままになっていた。

時間は6時前。

慌てて暖房を入れ直して、静かに自分の部屋に戻り、身支度を済ませるとキッチンへと向かった。

昨日の食器を片付け、冷蔵庫を開けて、昨日の帰りに買った材料をそっと出すと、少し悩んでから料理に取り掛かった。

まだソファで眠っている芳也を起こさないように、ご飯を早炊きでセットし、簡単にほうれん草と豆腐の味噌汁と卵焼きを作って炊飯器を確認した。

(あと5分で炊き上がるな……)

キッチンに味噌汁のいい香りが漂ってきたところで、ムクッと起き上がる人影が見えた。


大きく伸びをするように手を上げて、首を回しながら起き上がった芳也に、麻耶は「おはようございます」とニコリと笑顔を見せた。

その笑顔を唖然として見た後、

「元気そうだな」

それだけ言うと、芳也は立ち上がった。

「はい。2日連続ですみませんでした! でもなんかいろいろ吹っ切れました!」

「はあ?」

その言葉にさらに芳也は目を丸くして、呆れた表情を見せた。

(よしよし、社長も朝から社長だ!)

昨日の優しさは微塵もなさそうに、気だるそうに起き上がった芳也に、麻耶は自分の中で納得すると、テキパキと用意を続けた。


「社長! 今日からよろしくお願いします! お家賃と光熱費分、きちんと尽くさせていただきます!」

ドンとキッチンに手をついて真剣な顔で芳也を見る麻耶に、芳也もたじろいだ。

「俺はそんなこと……」

そう言いかけた芳也だったが、胸の前でギュッと握り拳を作り、やる気を見せた麻耶に、ため息だけをついて自分の部屋へと入っていった。


そして、いつも通りの“社長”の芳也が現れると、麻耶はさっき以上にピシッとし、ダイニングテーブルに朝食を並べ、ご飯をよそった。

「社長は日本茶ですか?」

「え?」

「だから、日本茶? ほうじ茶とか……」

お茶の種類のことかと気づいた芳也は、

「日本茶」

それだけ答えると、新聞を取りに行こうと玄関へ向かおうとした。


「あっ、新聞ですね! 今すぐに!」

犬のようにパタパタと玄関へ走っていく麻耶を呆気に取られて見た後、芳也は笑いがこみ上げてきて、クッと肩を揺らした。


「なんか犬みたいだぞ」

「え?」

新聞を持ってキョトンとする麻耶から新聞を受け取ると、芳也はダイニングテーブルに並べられた料理に目を向けた。


「お前、作ったの?」

「はい。早く座ってください。昨日の夜もあんまり食べてないし、私もお腹が空きました。簡単なものですみません。明日からはもう少し凝ったものお出しできるようにするので」

少しバツの悪そうに言った麻耶に、芳也は、

「いや、十分だよ。ありがとう」

なんとなく、その香りから素直にお礼を言ってしまい、芳也は慌てて顔を戻した。

そんな芳也に、麻耶は目を丸くして芳也を見た。

「おい、なんだよ?」

ムッとした顔で箸を手に取った芳也に、


「いや……社長。お礼を言えるんだなって」

「お前、俺を何だと思ってるんだ?」

低くなった声音に、慌てて麻耶は笑顔を作ると、

「あっ! 社長! 食べましょうねっ? ねっ?」

慌てて前の席に座った麻耶を見て、「まったく……」と呟いた芳也だったが、目の前の味噌汁に手を付けた。


「あっ、うまい」

「ホントですか? よかった〜。うちの田舎の自家製味噌なんです」

「お前、味噌もあのスーツケースに入ってたのか? 男に浮気されてる現場で?」

「はい! だって美味しいし、おばあちゃんの手作りを置いては家を出られません!」

真顔でビシッと言った麻耶に、とうとう芳也は大声を上げて笑い出した。


「お前って変な女」

まだ箸を持ったまま、口元を押さえて笑う、その初めて見る笑顔に、麻耶はまた目が離せなかった。

会社で見る笑顔は作り物だったと、初めて気づいた。

こんなに柔らかく、楽しそうに笑う人なんだと……。


「まだ時間、大丈夫ですか? 今日は何時に出勤ですか?」

麻耶はテレビの画面に映し出された時計を見ながら、キッチンから声をかけた。


「あと30分ぐらいで迎えが来る」

新聞を見ながら答えた芳也に、「はい」と返事をしたあと、麻耶はマグカップにコーヒーを注いだ。


「社長! ミルクと砂糖は?」

不意に聞かれた問いに、芳也は「本当にお前は主語がないよな」とボソッと言った後、麻耶に聞こえるように、

「ブラック」

とだけ答えて、新聞に目を落とした。


「はい」

と、コトリと置かれたマグカップに手を伸ばしながら、


「ありがとう。あと、お前、家で“社長”はやめろ」

その言葉に、麻耶は少し考える様子を見せて、


「え? じゃあ、ご主人様?」


その答えに、芳也は危うくコーヒーを吹き出しそうになった。


「お前な……」

「だって……」

困ったような表情をした麻耶に、

「それも却下だ」

それだけ言うと、芳也はコーヒーを口に含んだ。


「えー。うーん……」

悩む麻耶に、芳也はため息をつくと、


「なあ、そんなに悩むことか?」

「じゃあ、宮田さん?」

「やめろ! その苗字、好きじゃない……」

「えっと……」


押し黙った麻耶をちらっと見て、

「そんなに難しいか?」

と呟くように言うと、芳也は席を立ち上がった。

食器を持ってキッチンに向かう芳也に、


「社長! 私がやり――」

ジロッと見られて、麻耶は目線を外すと、キッチンに入って呟くように口を開く。

「芳也さん……、私がお皿……洗い……ます」

顔を真っ赤にして言った麻耶に、芳也はふっと笑みを漏らす。

「じゃあ、よろしく」

そう言って自分の部屋へと入っていった。


(その綺麗な笑顔は反則だよ……)

麻耶は独り言のように呟くと、流れる水をじっと眺めた。

それから数日、芳也は朝食を一緒に取るようになっていた。


夜は芳也は会食やイベントの最終調整などで遅く、麻耶も不規則な時間帯の為あまり顔を合わすこともなく、麻耶はゆっくりとお風呂に入り、夜景を眺め、自分の部屋で本を読んだりしてくつろいでいた。


(思ったより快適で困るかも……)


高級マンションは常に快適で、眺める景色も、キッチンもお風呂も、すべてが麻耶にとって贅沢で、思いのほかリラックスして過ごしていた。

週2日、掃除に来てくれている家政婦の真野さんとも仲良くなった。

真野さんのいる日は、麻耶が絶対いるとわかっている為か、帰ると冷蔵庫に作り置きのおかずも入れておいてくれるようになり、忙しいながらも、美味しい食事も食べられていた。

今日もゆっくりと自分の部屋で過ごすと、ベッドに潜り込んだ。

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