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『別世界』日本編1
⚠️この作品にはカップリングは存在しません。また、実在する国に一切関係ありません。ご理解の上お読みください
『日の出る太陽と沈みゆく太陽』
目を覚ますとそこはいつも見慣れた部屋。
昨日はパソコンをいじりながらいつのまにか寝てしまっていたらしい。
机の上で腰を曲げて寝たせいで体が非常に痛む。
そんな重い腰をあげ朝ごはんを作ろうとして思い出す。
そうだ、しばらくの間同居人は帰って来ない。
朝食を作る理由も無くなり、今度はゲーミングチェアでは無く布団に転がり入る。
枕元に手を伸ばし夜の間に充電していたスマホを見る。
黒画面に反射し映った日の丸を見ると少し気が落ちる。
今は自分を、現実を見たくない。
ロックを解除しTwitterを徘徊する。
そうしてまた今日が始まる。
午前6時になりリビングに行くといつもの癖でおはようございます。と言ってしまった。
その答えが帰って来ないことに、心寂しさと安堵で小さなため息をつく。
人が居ないのは気楽ではあるが人肌恋しくもあるのかも知れない。
いや、どうにもいつもと違う所があると調子が狂うのか。
考えてもこれ以上何もないであろう思考を止め、食事の時間にすることに決めた。
左手を前に突き出し棚の取っ手を引く。
開いた棚に右手を突っ込み適当に一つ、手のひらサイズの箱を取る。
「メープル味…」
何種類もあるカロリーメイトの中、2日連続で同じ味を引くとはついていない。
手に取った箱を机に向かって投げ、それが着地する前に昨日洗って水切りラックの端に置いたガラス製のコップを取った。
トスンと音がする。見ると黄橙色の箱はしっかり机の上に置かれてあった。
確認後、私はお茶を先ほど取った透明な容器に入れ席に座るのだった。
いつものようにYouTubeで動画を漁る。
特段見たいものがあるわけでも無いが、食事中何もないのも寂しい。
そうこうしていると一通の電話がかかってきた。
「兄上…」
そこには大日本帝国との文字が並んでいる。
兄上からの電話は珍しい。
先週以降顔を合わせることの無かった彼に何かあったのだろうか。
聊かの不安が胸の中を数瞬支配し思い出す。
兄上は私に心配されずとも一人でなんでもやって退ける人間だ。
それに何かあっても人望がある故多くの人が助けてくれるだろう。
わざわざ自分に連絡する訳がない。
ならきっと良い報告なのだろう。
そう思い電話に出ると予想は的中したようで、なにやら意気揚々とした様子で話し始めた。
『申し申し』
「もしもし。兄上、お久しぶりです」
『あぁ、久しぶり』
『なんだかその声ももう既に懐かしく感じるな』
「えぇ、私も兄上の声を聞くのは久々で嬉しく思います」
それは良かった。と電話先の相手は返して、本題に入った。
『一人暮らしを始めてから2ヶ月、今のところ上手くやれている』
彼の初めての一人暮らしはうまくいっているらしい。
隣人が同じ大学の人間であった為、新たな友人が出来たと息巻いていた。
電話越しで語られる華やかな日々を聞いていて10分、段々と嫌気が差してくる。
「兄上、私もそろそろ支度しなくては学校が…」
『そうか、すまない。頑張るんだぞ』
「えぇ…ではまた」
学校なんて建前で本当はただ話を切り上げたかっただけだが、信じてくれて良かった。
今日一日の気分は最悪の限りだろう。
週初めの月曜日がこのような形で始まる事に不快感を覚える。
やはりあの方は私と違って素晴らしい。どこまでいっても癪な人だ。
あの方はなんでもポジティブな思考をし、生きることに対しての苦悩と希死念慮を持ち合わせていない。
だからこそ、あの手の人間は誰かの幸福が誰かにとっての不幸だと分からないのだろう。
いや、分かりたくもないか。
彼のように優秀で、理性と知性があり、道理をわきまえられる人間にとって、このような醜い奴の汚い戯言は私にとっての他者の幸福話と同じくらい聞くに堪えないだろう。
未来に希望を持ち、日の下を歩むような人とはあまり関わりたいとは思えない。
それでも関わりの一切を無くそうと思わないのは、唯一の血縁者であり、そして私のことを良く面倒見てくれたからなのである。
兄上。彼には過去の事について非常に恩義を感じている。
私たちは幼少期に、両親が行方不明になった。
理由は聞かされていない。だけどまぁ、この歳になれば想像もつくだろう。
当時の家庭環境は酷いものであった。
父は子供に興味関心が無く、いつもパチンコに明け暮れていた。
母は男遊びが酷く、父が居ない時間になっては知らない男を部屋に入れ込んでいた。
寝室で母が何をしていたのかは…想像したくもない。
そんな中、段々と成長していく私たちは両親にとって単なるお荷物でしか無かったのだろう。
私が高校にも慣れ始め、晴れて2年生になったある日。
家に帰ると札束を封入した封筒が置いてあり、父上と母上の部屋はもぬけの殻になっていた。
そうした時、2つ離れた私の兄上は大学に行きながらバイトを3つも掛け持ちし、兄上の貯金を切り崩しながら私を養ってくれた。
それなのに私にバイトをさせようとはしなかった。
日本はやりたい事をやればいい。そう優しく言ってくれた。
その後無事高校を卒業し、第一志望の大学に入学出来た。
兄上のことは尊敬している。感謝もしている。
だけどもあまりに相性が悪すぎた。
私は兄上と違い何事も悲観的に捉える。
まるで日の出る太陽と沈みゆく太陽。
私たちはきっと、そのような対極に位置する存在なのだから。
私は兄上と同じ大学に入れど所詮兄上には勝てなかった。
兄上は高校生からバイトを2つ掛け持ちしていた。
彼はそれを将来の為に貯金しながら我が国で一番の大学の、一番頭の良い学部に入った。
私は恩返ししようと毎日朝から晩まで勉強に勤しんだ。
普通の人なら気が狂ってしまいそうな時間を毎日毎日。
確かに1番良い大学には入れた…それでも、成績も、才能も、スポーツも、話術も、兄に敵うものは何一つとしてなかった。
きっと兄上は俗に言う天才だったのだろう。
劣等感からか不甲斐なさからか、私は自分を責めるようになった。
それがいつしか兄上への嫉妬と執着になっていったのだ。
恩人に対して向ける感情がそのような腐ったものとは、なんともまぁ陰湿な人間である。
先程電話で話している間に食べ終わったカロリーメイトの袋をゴミ箱に投げ捨て、リビングから移動する。
電気も付いていない真っ暗な空間で、パソコンだけがブルーライトを放ち続けている。
たったまま左下のウィンドウマークを押しシャットダウンし、学校に行く為着替え始めた。