テラーノベル
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南の洞窟に棲み着いた魔物は、討伐に向かった者たちを追い払うだけで、決して殺そうとはしなかったそうだ。
「誰一人怪我を負わなかったことからも、普通の魔物でないことはたしかじゃ」
村長は言った。
「どんな見た目の魔物なんですか?」
カイトが訊いた。
「狼のような見た目をしていたそうじゃ」
村長は答えた。
「そうじゃろ、ハンス?」
「……ああ、まあな」
ハンスは不快げに答えた。
「そうですか」
カイトは首肯した。
「情報ありがとうございます。それでは早速討伐に向かいます」
「大丈夫ですか、カイトさん……」
タニアが不安そうにカイトを見た。
カイトは微笑を浮かべ、頷いた。
笑みを返されたタニアは、ぽっと頬を赤らめた。
カイトが席を立ち、外に向かいかけたとき。
ハンスが舌打ちをした。
「待ちやがれ!」
ハンスは声を荒らげる。
「お前みたいな青二才が倒せるとは思えねぇな!」
「ちょっとハンス……」
タニアが眉をひそめた。
「タニアは黙ってろ」
ハンスはカイトの前に立ちはだかった。
「俺は村一番の剣の使い手だ。都会の奴らにも負ける気はしねぇ。そんな俺でも傷一つつけられなかった魔物だ。お前が向かったところでションベン漏らして帰ってくるのがオチだ。行くだけムダだね」
「やってみなければわかりません」
「いーやわかるね。そもそも俺はまだお前を認めてねぇ。勝手なことされちゃ困るんだよ」
「どうしたら認めてもらえますか」
ハンスは片頬を上げて笑った。
「そうだな。俺と戦ってみろ。俺に勝ったら認めてやるさ」
「わかりました」
カイトは臆することなく言った。
「カイトさん! ハンスの言う事なんか聞かなくても……」
タニアはハンスに一瞥をくれた。その表情は不快げに歪んでいる。
「カイトさんのことが気に食わなくて、言いがかりをつけてるだけですよ」
「仮にそうだったとしても、彼と戦うことには意味があります。彼に勝てるくらいでないと、魔物討伐なんて大役は担えないでしょうし」
「それは……」
「話は決まったな」
ハンスは言った。
「さあ、表へ出ろ!」
* ハンス *
一足先に外に出たハンスは、
「ちょっと待ってろ、木剣を取ってくる」
そう言って物置に向かった。
歩を進めながら舌打ちする。
(気に食わねぇな、あの野郎。俺のタニアに近づきやがって)
ハンスとタニアは幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた。
いわゆる幼馴染である。
ちゃんとした取り決めをしたわけではないが、将来的には結婚するだろうと思っていた。
ハンスはタニアのことが好きだし、タニアだって同じ気持ちのはずだ。
ゆえに、ぽっと出の男にタニアを奪われるなど、あってはならないことだった。
(絶対ボコボコにしてやる)
ハンスは物置に入り、壁に立てかけてあった木剣を取った。
一つは現在自分が使っている特訓用のもの。
もう一つは、以前に使っていたものだ。
ぱっと見では何の変哲もない木剣だが……。
(これは刀身にヒビが入った不良品。あと一太刀でも受けたらポッキリ折れるだろうな)
ハンスは内心で笑った。
(いくら強かろうが、武器がこれじゃ勝てるわけがねえ)
仮に不良品を理由に無効試合を主張されても、
「お前は実戦で、『武器が壊れて殺されました』なんて言い訳するのか?』
とでも返してやればいい。
ハンスは物置を出た。
「よう、待たせたな」
無表情を装い、カイトにヒビの入った木剣を渡した。
カイトは軽く素振りをしているが、ヒビに気づいた様子はない。
ハンスはしめしめと思いながら言った。
「さあ、始めようか」
教会前の広場に場所を移し、ハンスとカイトは向かい合った。
村長、タニア、そして野次馬の何人かが見守っている。
(みんなの前で恥をかかせてやる)
ハンスは内心で笑い、木剣を構えた。
「始め!」
村長の掛け声で、手合わせは始まった。
ハンスは勢いよく地を蹴り、カイトに向かった。
(食らえっ!)
数え切れないほどの魔物を斬り伏せてきた一閃を放つ。
(これを受ければ木剣は確実に折れる!)
そして勢いそのままに、あの生意気な面に一太刀を食らわせてやるのだ。
無事ではすまないだろうが、タニアを誘惑した罪である。
ハンスは一切手加減せず、木剣を振るった。しかし。
手応えがまったくなかった。
カイトは木剣で受けなかった。後ろに跳ぶことで回避したのだ。
(速いっ!?)
ハンスが突進していったとき、カイトは木剣を構えることすらせず、自然体のまま立っていた。距離を詰め、剣を振るったときでさえ、カイトは微動だにしていなかった。
(あの状態から俺の攻撃を避けただと!?)
ゾクリと背筋が冷えるのを感じた。
(こいつ……ただの青二才じゃねぇ)
ふいに、先ほどカイトが発したセリフが浮かんできた。
──俺は、自分自身が何者かはわかりませんが──
──どうやらそれなりに強いようです──
あの言葉は嘘偽りではなかった。
ハンスは舌打ちする。
(気に食わねぇ!)
剣を構え直し、ハンスは再度カイトに向かっていった。
先ほどよりも力を込めて剣を振るう。
しかし当たらない。
すかさず次の一振り、次の一振りと、連撃を重ねていく。
だがカイトは表情を変えることなく、淡々と攻撃をかわしていった。
さらに、木剣を使う様子もない。
(こいつ……もしかしてヒビに気づいてるのか!?)
しかし気づいているなら、なぜ何も言わないのか。
(そんなこと指摘するまでもなく勝てるってことか……?)
「舐めるんじゃねぇ!」
ハンスは激昂し、さらに強力な一振を放った。
その瞬間、目を疑った。
カイトが瞬きする間に消えてしまったからだ。
(いったいどこに──)
周囲を見回そうとした、そのとき。
首筋にひんやりとしたものを感じた。
恐る恐る、視線を下に向ける。
首筋に木剣が当てられていた。
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