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自分のことを知る者、てがかりが魔物ですか! ミステリーですね!
「勝負あり!」
村長の声が響いた。
カイトは木剣を下ろし、ふうっと息を吐いた。
「すごいですカイトさん!」
タニアが駆け寄ってくる。
頬を紅潮させ、両目をキラキラさせながらカイトを見上げた。
そんなタニアを制し、カイトはハンスに歩み寄った。
「お手合わせ、ありがとうございました」
カイトは深々と礼をした。
そして木剣を差し出す。
「ただ、この木剣はすぐに処分したほうがいいですね」
「……何でだ?」
カイトは木剣を掲げ、一箇所を指さした。
「刀身にヒビが入っています。ちょっと衝撃で折れてしまうと思うので、危ないです」
「──お前、戦う前から気づいてたのか?」
カイトは苦笑しつつ頷いた。
ハンスは舌打ちした。
「何で指摘しなかった。不良品でも俺を倒せるって証明したかったのか!?」
「いえ、そんなつもりはありません。ただ……」
カイトは伏し目がちになって続ける。
「こういうとき、どうすればいいのか、わからなかったので……」
ハンスは拍子抜けしたのか、ため息をついた。
「記憶喪失ってのは本当らしいな。それが演技だったら大したもんだよ」
それから、ふんと鼻を鳴らして言った。
「悪かったな。いいよ、お前の実力は認める。だがな、少しでも妙な気を起こしたら叩き切る! 覚えておけ!」
カイトは微笑を浮かべて頷いた。
「はい、よろしくお願いします」
* * *
正式に村に留まる許可を得たカイトは、早速村の南にある洞窟に向かった。
道中、スライムやゴブリンなどといった魔物に遭遇した。
しかしカイトの敵ではなかった。
記憶を失っていても、身体は自然に動いた。戦い方が身体に染み付いているのだろう。考えるよりも先に身体が動くのだ。
(俺は何者なのだろう……)
村一番の剣の使い手というハンスを圧倒できたのだ。
自分がそれなりの力量を持つものではないか、という推測は立つ。
そんな自分が、なぜあの場所にいて、記憶を失っていたのか。
直前に何かと戦っていたらしいが、それはいったい何なのか。
戦いの決着はどうなったのか。
相手はどこに消えたのか。
次から次へと疑問が浮かんでくるが、答えは見つからない。
思考を巡らせているうちに、南の洞窟に到着した。
洞窟の内部は、薄ぼんやりと明るかった。壁や天井がほのかな光を発しているからだ。そのおかげで松明なしに進むことができそうだ。
洞窟といっても、人の手の入った採掘場である。何かしらの工夫がされているのだろう。
洞窟の内部にも魔物はいた。
スライム、ゴブリン、巨大なトカゲなどの魔物が次々と襲いかかってくる。しかしながら、それらもカイトの敵ではなかった。
余裕を持って斬り伏せることができた。
そうやって洞窟の奥に進んでいると。
開けた場所に出た。
周囲にはキラキラと輝く水晶がある。おそらく、これがアルヒ村の重要な資源なのだろう。
周囲を見回すが、それ以上の道はない。ここが最奥のようだ。
狼の姿をした魔物はどこにいるのか。
注意深く周囲を窺っていた、そのとき。
上空から風を切る音が聞こえた。
カイトは瞬時に身構える。
彼の目の前に、銀色の巨大な生物が降り立った。
カイトの背丈とほぼ同じくらいの狼だった。
体毛は美しい銀色。
唸り声を上げる口からは、鋭い犬歯がのぞいている。
(これが洞窟に居着いた魔物か)
これまで斬り伏せてきた魔物とは、身に纏うオーラや佇まいがまったく異なる。格の違いを感じた。
カイトは剣を抜いた。
「お前には悪いが、村人が困っているんだ」
狼の魔物は唸り、前脚で助走をつけるように地面を引っ掻いた。
カイトは警戒しながら、相手を観察していた。
ただ、おかしなことに、いっこうに飛びかかってくる気配がない。
「ではこちらから行くぞ」
カイトは地面を強く蹴り、一気に距離を詰めた。
だが既のところで、カイトは剣を振るえなかった。
狼は、ゆうゆうと後方に飛び退った。
カイトは少なからず驚いていた。
狼を斬ろうとした直前に、ためらいが生じたからだ。
一方の狼も、戦闘態勢には入っているのだが、こちらを攻撃しようとはしない。
村長曰く、討伐に向かった村人を誰一人傷つけなかったらしいが、まさにその通りの動きだ。
何かしら考えがあってのことだろうが、その思考が一切読めない。
カイトは改めて攻撃に転じようとするが、どうしても剣を握る手に力が入らない。
そのとき。
──傷つけてはならない──
カイトの脳内に、そんな声が響いた。
その声は、他の誰でもない、自分自身の声だった。
カイトは戸惑いつつも、剣を鞘に納めた。
おそらく目の前の魔物とは、記憶を失う前、何かしら縁があったのかもしれない。
カイトは、狼の前に進み出た。
狼は前傾姿勢になり、さらに唸り声を高めた。
カイトは、腰に下げていた剣を地べたに放った。
まったくの丸腰になり、両手を上げながら、狼に近づいていく。
いくら村人が誰も殺されなかったとはいえ、相手は魔物だ。
こんな無防備な姿を晒すのは自殺行為だろう。
それでもカイトは、『これが一番正しい行為』だという予感があった。
やがて、狼は警戒しつつも、顔を近づけてきた。
カイトの顔面に鼻を近づけ、ふんふんと匂いをかぎ始める。
すると、驚いたように顔を引っ込めた。
カイトの顔をじっと見つめ、何かを考えるように小首を傾げている。大きさに目をつぶれば、犬のような可愛らしさがある。
狼は、改めて鼻を近づけてきて、カイトの身体を念入りに嗅ぎ始めた。
そして。
「キュウウウウウウン!」
と、その恐ろしい見た目からは想像もできない、甘えるような声を出したのだ。
「キューン、キューン!」
狼はその巨体をカイトにこすりつけてきた。
尻尾をカイトの足に絡ませ、胴体をカイトに押し付け、カイトの顔面をペロペロと舐め始める。
それはご主人様との再会を喜ぶ忠犬のようであった。