テラーノベル
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兵士を従え、雪を踏みしめながら城壁の南へと足を運ぶ。
そこは木々の陰に隠れており、外からも内からも死角になる場所だった。
雪の重みで石垣の一部が崩れ、僅かな隙間ができている。表面を覆う雪で、一見穴なんてないように見えるが、近づけばその下に外と繋がる空隙があるのが分かった。
人目につきにくいその場所は、獣にとっても人にとっても危うい抜け道になりかねない。
しかも近くには厩舎――獣――がいる。馬小屋の中では今朝仔馬が生まれたばかりだ。
オオカミにとって、魅力的なご馳走に映りかねない。
ランディリックが厩舎へ近付くと、中からカイルが駆け寄ってきた。
「旦那様、何か問題でもありましたか?」
この時間にランディリックが兵を伴って厩舎に出向くことはほぼない。それを指しての言葉だろうが、それだけではないようにも感じられた。
「どうしてそう思う?」
興味をそそられたランディリックが、あえてカイルを試すようにそう問えば、
「実は……先程から馬たちがどうも落ち着きません。特にブランシュが――。あの子が仔馬を庇うようにして神経を尖らせています」
ランディリックは城壁の隙間へ視線を移した。雪に覆われ、一見では何も異常はない。だが、その下に口を開いた闇を思えば、馬たちの挙動にも納得がいく。
「……もしかしたら獣の気配を察しているのかもしれない」
ランディリックのつぶやきに、カイルの表情が一瞬にして固くなった。
「獣って……もしかしてオオカミですか?」
ここのすぐ近くの城壁外で、獣に食い散らかされたウサギの死骸があったことはカイルの耳にも入っているんだろう。
「恐らく。姿は確認できていないがその危険性がある以上、穴は早急に塞がねばならん。生まれた仔馬はいずれリリーの愛馬となる子だからね。もしものことがあったらあの子を悲しませてしまう。――すぐにでも材料を手配して修繕に取り掛かると約束しよう」
言って踵を返したランディリックに、カイルが深々と頭を下げた。
そんなカイルに、ふと思いついたようにランディリックが振り返って言う。
「リリーには穴のこともオオカミのことも話さないつもりだ。カイル。もしあの子が来たら、キミも上手く言葉を濁して、すぐさま彼女をここから遠ざけてもらえると助かる」
今すぐにでもリリアンナの元へ行って、「しばらくは厩舎へ近付かないように」と忠告したい。だが、ランディリックには城主として、この城内の安全確保を第一に執り行う義務があった。それをおろそかにするわけにはいかない。
(あの子が厩舎を訪れるのは大抵早朝だ。今日はもう来ないだろうから、夜にでもそれとなく話すか)
怖がらせないで上手く伝えられるだろうか?
そう思いながら、ランディリックは城壁の修繕について指示を出すべく、従者たちを招集しなければ、と算段しはじめる。
――その頃、リリアンナは何も知らぬまま、クラリーチェに伴われて食堂へと向かっていた。
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