テラーノベル
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海斗は目を疑った。いや、こうなることはある程度予想していたのだが、こんなに早く実行に移されるとは思ってもいなかったのだ。
「これは、本当に困ったことになった」
「委員長これって、あの噂の……」
「うん、少し刺激し過ぎたみたいだね」
「誰を? まさかお兄さんが」
「兄さんは関係ない。ただ僕が、止められなかっただけなんだよ」
「委員長……」
もちろんこの犯人は分かっている。しかし、思い通りにならないことも分かっていた。
「貝塚がやったんだ」
「三年生が一年生の教室までわざわざ来るのか?」
「違う、弟のほうだよ」
嫌な視線が海斗を貫く。これが兄も体験した、疑いの目。
「僕を疑うというのかい」
「お前しかいないだろ。兄も犯罪者なら弟も同罪だ」
「言っておくけど、僕は違うよ。僕の兄さんもね」
「そんな証拠どこにあるんだよ」
「逆に僕たち兄弟がやったという証拠でも見つけたのかい?」
強気の海斗だが、そう簡単に疑いは晴れない。
「委員長、俺は、俺は信じてるから……」
「無理に嘘をつく必要はないよ。離れたければ、そうすればいい」
「違うよ、俺は本当に……」
教室のドアが勢いよく開く。
「これは、どういうことだ。誰か説明しなさい」
担任がやってきた。生徒たちに説明を求め、睨みを利かす。
「僕たちが来た時には、もう既に貼られていたんです」
「先生、貝塚がやったんだ。早く連れてってくれよ」
「僕はやっていません。僕が教室に来るより前に騒動は起きていました。校門で挨拶をしていた先生なら、僕がいつ学校に来たのかわかりますよね」
教師が校門で挨拶を始める時間は、登校可能時間である七時から、職員朝礼の始まる八時十五分までだ。担任と挨拶を交わした海斗は教室へ向かわず、委員長としての仕事のために先に職員室に寄っていた。
「職員室にいる先生にも話を聞けば分かると思いますが」
「確かに、それもそうだな……」
「先生、こいつの兄が何をしたのか知ってるんですよね? なら犯人は明白じゃないですか!」
「それは今関係ないことだろう。その話については教員同士で共有されているが、それだけで犯人と決めつけるのは、先生は感心しないぞ」
拓斗の担任よりまともな考えを持っている。だからこそ海斗は、この先生ならば話せばわかると思い、一生懸命説明をする。
「先生、僕の兄にも話を聞いてみたらどうですか」
「そうだな、他の先生にも再度確認してみることにしよう。貝塚、君は委員長だ。先生は君がこんなことをするとは思えない」
「はい。正しい判断をされることを願っています」
周りのクラスメイトは不満そうな顔をしている。海斗のことを犯人だと決めつけた生徒は、不機嫌に席に戻っていった。
海斗が俺に話があると、俺の教室を訪れた。
「兄さん、ついに僕たちの教室にまで怪文書が貼られてしまったよ」
「どういうことだ。三年生がターゲットじゃないのか?」
「兄さんが言っていた模倣犯、それはあの生徒会書記の女子生徒だったんだ」
「なんだって? そんな身近に……」
さすが海斗だ。友人よりいい働きをしてくれる。あの後輩、あれだけ頑なに生徒会長に会わせないようにしているから、なんか怪しいとは思っていたんだ。
「僕はそれだけじゃないと思っているんだけどね」
「それだけじゃない? どういう意味だよ」
「ただの模倣犯じゃないってことさ。ねえ、そうでしょう?」
海斗は友人に問いかける。
「海斗、僕に聞いたって分かるわけないだろう」
「そうやってまたごまかすんだから」
「いいから、拓斗に話の続きをしてやってくれよ」
「分かったよ。兄さんも大変だね」
何の話をしているのか全く分からないが、おそらく友人は何かを隠しているのだろう。俺の頭で分かることなら良かったのだが、こうして海斗に頼んでいる以上、俺は友人よりも役に立たないということだ。
「大変なのは海斗だろ、俺みたいに疑われたりしてないか?」
「それは大丈夫だよ。もしかしたら兄さんの疑いも晴らせるかもしれない」
「本当か? そうなってくれると嬉しいんだが」
その時、後ろから気配を感じた。
「貝塚、一年生を教室に入れるなんて、何をやっているんだ」
「せ、先生……」
どうせまた難癖をつけてくるんだろう。
「僕は貝塚海斗です。兄に少し用があって来ただけですが」
「弟か。義理とは言え、出来損ないの兄をもって心底後悔していることだろうな」
「それは、どういう意味でしょうか」
先生と海斗がお互い睨み合っている。さすがの海斗でも、この担任とは合わないみたいだ。
「いやいや、血が繋がっていないだけマシ、ということだな。優秀な委員長は、兄を見習ってはダメだぞ。本当にくだらない犯罪者になってしまうからな」
先生は高笑いしながらどこかへ行ってしまった。
「あの先生は、人を怒らせるのが得意のようで」
「あ、いや、まあ、クソパワハラ教師だから仕方ない」
「今の時代にああいうのは相応しくないね。兄さんが疑われている一番の原因はあの担任だと思うよ」
「俺もそう思う」
「兄さんが望むならこの学校から追い出すことだって……」
「そ、そこまでしなくていい!」
この家系が本気を出せば、本当にやりかねないのだ。俺もあまりわがままを言っていられない。
「そう? 兄さんがいいなら僕も我慢するよ」
「ごめんな、そうしてくれ」
海斗は不満げに三年の教室を後にしていった。あの後輩については俺も警戒しておかなければ。
海斗が教室に戻ると、担任が声を掛けてきた。
「貝塚、この紙切れのことなんだが」
「何か分かったんですか?」
「君が貼ったものではないということが証明されたよ。職員室の先生が証言してくれてね、今朝は君がクラスで集めたプリントを届けに来てくれていたんだな」
「はい、それもクラス委員の仕事なので」
「君の兄についても話を聞いてみたんだが、少しおかしい点がいくつかあってな」
拓斗が犯人だという証拠は今のところ、カバンから怪文書が出てきたということしかない。海斗は兄のクラスの担任を見て、実際話してから確信していたことがある。
「証拠が、でっち上げられていたんですよね」
「どうしてそれを……」
「兄の担任に会ってきました。兄のことを悪く言うばかりで困っていたんです」
「ああ、あの人は先生も苦手なんだよ。こんなことを生徒に話すのは間違っているんだけどね。ろくに調べもしないで貝塚拓斗を犯人だと決めつけている」
これは真犯人だけでなく、拓斗の担任の悪意が強く作用している。担任がもっとちゃんとしていれば、拓斗が犯人と疑われることもなかったかもしれない。
「僕は、許せません」
「先生もできるだけのことはしてみるよ。先生は君の味方だ、いつでも相談してくれ」
そう言って教師は職員室へと戻っていった。次に海斗に話しかけてきたのは、情報をくれた男子生徒だった。
「委員長、俺にも何かできることは……」
「君も本当は疑っているんだろう? 無理はしなくていいと言っているじゃないか」
「委員長こそ、お兄さんだけじゃなくて、俺のことも信じてくれよ」
海斗はそう言われてはっとした。周りに疑われ、敵しかいないと思い込んでいた。一番疑っていたのは自分だったことに、やっと気づいたのだ。
「僕は、兄さんのことしか考えていなかった。兄さんだけが味方だと思っていたけど、僕にも頼りになる友人が出来たって、自慢できるよ」
「委員長……!」
「僕のことは海斗でいい、えっと、君のことは……」
「俺は海斗の友人! そういうことでいいじゃないか!」
海斗と友人に、さらなる苦難が待ち受けていた。
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