宝石のお菓子
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つばさちゃんは、俺たちがいる時代からおよそ100年ちょっと後の世界から来たらしい。
そんな噂が鬼殺隊に流れた。
にわかには信じられない話。でも実際に会って彼女の“音”を聞いて、それが事実なんだと分かってすごく驚いた。
つばさちゃんから聞こえてくる音は、他の人間とも鬼とも違う音色なんだ。上手く表現できないけど。
そんなことはどうでもいいんだ。
つばさちゃんは可愛い。
長い黒髪を頭の後ろの高い位置で結んで、白くて綺麗なうなじが髪が揺れる度に見え隠れする。
蝶屋敷の一員である髪飾りもよく似合ってるなあ。
長い睫毛に縁取られた澄んだ明るい茶色の瞳は星を散りばめたように輝いていて、その目で見つめられるとついドキドキしてしまう。あ、でも俺のいちばんは禰豆子ちゃんだから!
茹で卵のようなすべすべの白い肌。綺麗な桃色の頬と唇。
それで化粧もしていないというから驚きだ。
そしてすんごく優しい。
下に弟が3人いるらしく、面倒見がいいつばさちゃん。
料理も上手で、蝶屋敷で療養中に食べた彼女のごはんは最高だった。
いつも怖いアオイさんも、つばさちゃんの料理を食べて目尻と口元が緩んで可愛かったのを覚えている。あ、でももちろん俺のいちばんは禰豆子ちゃんだから!!
俺も炭治郎も伊之助も、すっかりつばさちゃんのことが大好きになった。
禰豆子ちゃんもつばさちゃんによく懐いているみたい。
つばさちゃんも弟しかいないから、禰豆子ちゃんのことを妹のようにすごく可愛がっていた。
そんなつばさちゃんの日輪刀は、いろんな色に輝く刀だった。確か、“オパール”って宝石に似ているってしのぶさんが言ってたな。
最近は彼女と戦いを共にする矢の先にも日輪刀と同じ鉄が使われるようになったらしい。
俺と伊之助とつばさちゃんが合同で任務に行った時に見た、弓を引く彼女の姿。
動き回る鬼相手に、ほぼ確実に目玉や頸を矢で射る。すごい技術と集中力だ。
その凛とした格好よさと美しさに、戦いの最中にも関わらず目を奪われてしまった俺と伊之助。
無事に鬼を倒して、帰り道はゆったり喋りながら歩く。
その時間がすごく楽しくて。
つばさちゃんが元いた時代の話。女の子の服装や髪型や持ち物の流行、便利な道具、子どもの頃やっていた遊び、学校行事の話。
普段人の話をちゃんと聞かない伊之助も興味津々でつばさちゃんの話を聞いていた。
つばさちゃんが大正時代の流行歌を知っていたのにもびっくりした。小さい頃ひいじいちゃんやひいばあちゃんと住んでいたり、お年寄りのいる施設に訪問演奏とか行ってたから覚えているらしい。
つばさちゃんがいた時代の歌も教えてもらった。
透き通るような優しい声に、俺も伊之助もうっとりと聴き入ってしまう。
簡単な曲を教えてもらって、俺たちが主旋律を歌えるようになると、つばさちゃんが別の旋律を重ねてきてちょっとした合唱になる。初めての経験に大興奮の伊之助だった。
任務から戻った後も炭治郎と禰豆子ちゃんと俺と伊之助は休みの日につばさちゃんに会いに行っていた。
彼女が別の人のところへ稽古に行ってて会えない日もあったけど。
5人で町へ買い物に出掛けたこともある。普段服を嫌がって上半身裸で過ごす伊之助でさえ、その時はちゃんと服を着ていた。
『伊之助すっごく似合ってるよ!服着てるの新鮮!今日はその特別格好いい姿をずっと見てたいな 』
「そうかそうか!思う存分好きなだけ眺めてろ!!」
宿舎で服を選んで着せたつばさちゃんが、男が喜ぶ言葉で褒めちぎるので、伊之助はすっかり気をよくして町に行って帰るまでちゃんと服を着たまま過ごしていた。しかも猪の被り物も被らずに。
すごいなあ。男の扱いに慣れてる。もちろんいい意味で。きょうだいが弟ばっかりだから自然と身についたんだろうなあ。
任務で少し怪我をしたので蝶屋敷にお邪魔すると、今日はちょうどつばさちゃんがいた。
「かすり傷も切り傷も、幸い軽症で済みましたね。つばさ、善逸くんの処置を頼めますか?」
『はい!』
初めてつばさちゃんに手当てしてもらうなあ。
『ちょっとしみるけど我慢してね』
「えっ、しみるのやだ!怖い!助けてつばさちゃああん!!」
いつものように大騒ぎしてしまう俺に、つばさちゃんが眉をハの字に下げて困ったように笑う。
『もっと深い傷を消毒されたこともあったでしょ?このくらい大丈夫よ』
「消毒イヤアアアア!!」
そこにバンッと扉を開けて入ってくるアオイさん。
「善逸さん!他の患者さんの迷惑になるから大きな声を出さないでっていつも言ってるでしょ!」
「ひゃっ!?ごごごごめんなさい!」
怒られてしょぼくれた俺に、つばちゃんが苦笑しながら話し掛けてくる。
『ちょっとで終わるから頑張って。我慢できたらご褒美あげるから。ね?』
「ごほうび!?何かな何かな!?つばさちゃん、俺消毒頑張る!」
『うん、偉い!』
ようやく手当ができるようになったつばさちゃんが、俺の怪我を消毒してガーゼを当てて、包帯を巻いたりテープで留めたりと手際よく処置をする。
結構しみたけど、この後のご褒美の為に我慢した。
『…はい、おしまい!頑張ったね』
つばさちゃんが涙目の俺の頭を撫でる。
「うん、俺頑張ったよ。つばさちゃん、ご褒美ちょうだい」
『もう…調子いいんだから。ちょっと待っててね』
つばさちゃんが一旦処置室を離れて、数分後戻ってきた。
『善逸、目を閉じて』
「え?え?ご褒美って…もしかして俺、ちゅーされちゃうのかな!?気持ちは嬉しいけど俺には禰豆子ちゃんが…!」
『いや、ちゅーはしないけど。とりあえず目閉じてくれない?』
大興奮の俺に、つばさちゃんが可笑しそうに笑いながら目を閉じるよう促してくる。
『そのままで、口開けて』
え、くち!?
ドキドキしながら口を開けると、ころん、と何かを入れられた。
…!
口の中いっぱいに広がる甘い味。
噛むと外側はシャリッと、内側はむにゅっと柔らかい不思議な食感。
『もう目開けていいよ 』
つばさちゃんの声に目を開けると、彼女の手に握られていたのは、色とりどりの宝石(?)が入った小さな透明の袋。
「美味しい〜!これ何?俺が今食べたの、その宝石?」
『うん。琥珀糖って知ってる?』
琥珀糖!名前は聞いたことあるけど食べたことなかったなあ。
「ほんとに宝石みたいだねえ。綺麗。これどうしたの?」
『自分で作ったんだよ。甘いから疲れた時にいいでしょ?』
「琥珀糖まで手作りしちゃうの!?つばさちゃん天才!」
消毒された傷の痛みも忘れてしまうほど気分が高揚してしまう。
『気に入ってくれたなら、これ善逸にあげる』
俺の反応を見たつばさちゃんが、手に持っていた袋を丸ごと俺に差し出してきた。
「え!いいの!?これ作るの大変なんじゃないの?」
『そんなに難しくないからわりとすぐできるよ。何日か乾燥させる時間は要るけど。また作るから持って帰って食べていいよ』
なんて優しいんだ!天使かな!?
改めて袋の中の琥珀糖を見る。
ピンク、水色、黄色、橙色、黄緑、淡い紫……。
よく見ると、星形だったりハート形だったり、色んな形のが入っている。
でもやっぱり宝石みたいな形がいちばん綺麗だなあ。
「この宝石の形はどうやって作るの?」
『ああ、それね。四角く切ったのの角をちょっとずつ切り取ったらなんかそれっぽくなるの。簡単よ』
「へえ〜!可愛いね!食べるのがもったいないなあ…」
『なくなったらまた作ってあげる。涼しいところで保管すれば2週間くらい日持ちするからね』
「ありがとう!」
俺はルンルンで蝶屋敷を後にする。
つばさちゃんも門まで一緒に出てきてくれた。
「つばさちゃん、手当てしてくれてありがとうね!琥珀糖もらったのもすごく嬉しい!」
『いいえ、お大事にね。…あ、琥珀糖は大量のお砂糖が入ってるから、一度に食べ過ぎて虫歯にならないようにね 』
「うん!」
にっこり笑って手を振ってくれるつばさちゃん。
今日のお礼に今度、うなぎやお寿司を食べに連れてってあげよう。 禰豆子ちゃんにも食べさせてあげる約束だけど、先につばさちゃんを連れて行ったって罰は当たらないだろう。
宿舎に帰ると、鼻の利く炭治郎がにおいで懐に仕舞っていた琥珀糖を嗅ぎつけ、見たことない宝石のようなお菓子に興味津々でしかない伊之助がよこせよこせと大騒ぎするので、俺は仕方なく大事な大事な琥珀糖を2人にも食べさせた。
2人ともすごく感動したみたい。その後伊之助が残り全部食べようとするのを、慌てて炭治郎が止めてくれたのだった。
危ない危ない。
つづく
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