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「愚かなる者よ。罪人の隣に並ぶがよい」
凜としたローザリンデの声が会場に響く。
ヒールの音も気高く玉座へと向かう姿は堂に入っていた。
フラウエンロープ夫妻のドヤ顔が微笑ましい。
「ろ、ろーざ?」
「時空制御師様はおっしゃった。王の座に相応しくなき者と」
「くっ!」
「更に愚かなる者は好まぬと、そうもおっしゃった。足りぬ頭で理解されるがよろしかろう。自分が裁かれる側に回ったのだと」
「そ、そんな!」
理解はできるがしたくない。
そんな表情だ。
「時空制御師様は、迅速にとおっしゃった。これ以上彼の方のお心に沿わぬ行動を取ると宣うのであれば……」
ハーゲンが足音も荒くゲルトルーテの隣に並ぶ。
時空制御師の言葉には従っても、憎々しげにローザリンデを睨み付けるのは忘れなかったようだ。
「では、宝珠とともに。私が断罪を続けたいと思います。もしお心に叶わぬことを申しましたら、どうかお言葉を賜りますよう、お願いしてもよろしゅうございましょうか」
一歩足を踏み出したローザリンデが私に問うてくる。
「ええ、勿論。ローザリンデ」
私の返答に会場が一瞬だけざわついた。
安堵の感情が一番強いように感じられる。
「それでは、返事は簡潔になさいませ。くれぐれも時空制御師様のお心に叶わぬ行動はいたしませぬよう、重ねて申し上げておきます」
冷ややかな眼差しで、ローザリンデはハーゲンとゲルトルーテを見下ろす。
二人は仲良くわなわなと震えていた。
屈辱の震えなのだと、誰が見てもわかってしまう。
ハーゲンがゲルトルーテとともに堕ちることが決定した瞬間かもしれない。
「ゲルトルーテ・フライエンフェルス。そなたは自分しか愛せないにもかかわらず、より多くの愛を求め、多くの者の人生を狂わせた、その罪の自覚はあるか?」
「な、なによ、えらそうに! あたしはねぇ、あんたと違って、かわいいからっ!」
「無駄な発言は不要です、自覚はあるのか、ないのか、答えよ」
「あるわけないでしょ! きゃああああああ!」
宝珠が赫く輝いた。
ゲルトルーテの体も赫く輝いた。
口から白い泡が溢れ出す。
宝珠はゲルトルーテに痛みを与えているようだ。
「嘘は許されぬ。気絶も許されぬぞ? さぁ、申せ。自覚があるのか、ないのか!」
白目を剥いていたゲルトルーテの瞳がぐるんと回転して本来の色を取り戻す。
なかなかホラーちっくな現象を目の当たりにして、水分が欲しくなってしまった。
そういえば向こうの世界では裁判官の机にはペットボトルが置いてあったが、こちらでは水分補給はどうなるのだろう?
はて?
と首を傾げたところで、クサーヴァーがすっと現れた。
「冷たい飲み物は如何でございましょう? 冷やしたタオルなどの用意もございますが」
す、凄い!
さすがは優秀な執事を生み出してきた家系。
心が読まれているかのような完璧な対応だ。
「ありがとう。どちらもいただきます……こうした場面では、水分補給などは本来どうしているのかしら?」
「開始より一定の時間が過ぎましたならば自由に希望できます。女性は扇で、男性はカフスで私どもに指示をするのでございます」
「私ももらっていいかい?」
「勿論でございます。お代わりの用意もございますので、何時なりとも」
当然の手配なのだろう。
クサーヴァーはエリスの分も用意していた。
冷たいタオルで手を拭き、そっと頬のほてりを取って、グラスを手にする。
よく冷えたストレートのアイスティーだ。
細かく砕かれた氷が、口の中に残って冷気を継続させてくれる。
玉座に座ったローザリンデの隣にはヴァレンティーンが立っていた。
さすがに伴侶の席には座れないようだが、甲斐甲斐しくローザリンデに飲み物などの手配をしている。
ローザリンデもそんなヴァレンティーンに親しみの籠もった微笑を向けていた。
「わたしにも! のみもの! よこしなさいよっ!」
「わ、われにも、よこすのだ!」
私やローザリンデが水分補給を行っているので、周囲も倣って取り出したようだ。
それを見た二人がまた、罪人らしくない物言いで、物をねだる。
懲りるという言葉が、二人の辞書にはないらしい。
「きゃあああ!」
「ぎやああああ!」
真実を判別するだけの機能しか持っていないはずの宝珠は、夫の言葉で力を得たのだろうか。
嘘を言わずとも、無礼を働く二人に対して痛みを与えている。
真紅に輝く二人の姿は、血に塗れているようにも見えて。
二人のお先真っ暗な未来を暗示しているとしか思えなかった。
水分を与えねば少しは大人しくなるだろうか?
向こうでは犯罪者でも水分補給の権利はあるのかな?
たとえ犯罪者といえども最低限の権利はありそうだが、私が傍聴した裁判ではなかった記憶が残っている。
「……愚かなる者にも真実の宝珠を」
ローザリンデの言葉を聞いて控えていた騎士が即座に移動する。
新たな宝珠が持ち込まれるのには時間がかかった。
さすがに用意がなかったらしい。
その間も壊れたレコードのように、二人は内容の変わらない妄言を垂れ流している。
最終的には水分どころかお酒、しかも最高級のワインを指定したグラスに淹れて持って来い! となっていた。
指定されたグラスについてはエリスが説明してくれた。
注いだ飲み物が無限に満たされ続ける国宝に値するグラスとのことだ。
そんな素敵な物が存在することに驚き、国宝級のアイテムを求め叫ぶ犯罪者の図々しさにも驚かされる。
「愚かなる者よ。宝珠に手を置くがよい」
「ふざげるなぁっ! おいっ! 貴様ら何をするつもりだっ?」
宝珠を捧げ持った神官が実に素早く設置する。
暴れるハーゲンを想定していたに違いない騎士が、ゲルトルーテにしたときと同じように手を取ると宝珠の上へ載せた。
「はやく、おさけを! うぎゃっ!」
「くそう、なんと不敬な! うごっ!」
学習能力のない二人は宝珠に罰という名の痛みを与えられ続けている。
「水分は宝珠が許せば与えよう。ふむ。自白剤入りなら酒も許可すると。宝珠殿は寛容であらせられますなぁ。二人とも感謝するように」
「はぁ? じはくざいって! なにをばかな、ふぎっ!」
「飲むわけがなかろう! ぬぐっ!」
「ではこのまま続けましょう。罪人ゲルトルーテ。そなたに罪の自覚はあるのか?」
「可愛いのが罪というならば! 私は罪人でしょう!」
「罪人が思っているほど、可愛くはありません。ゆえに、それは罪ではありません」
何人かが噴き出したようだ。
所詮は茶番だしね。
気持ちはわかる。
「な! な! 私は可愛いわ」
「では、罪人ゲルトルーテ。振り向きなさい。傍聴者たちに意見を求めますわ。罪人を可愛いと思う方は挙手を。宝珠に誓って偽りなき心で挙手くださいませ」
当然手は一つも挙がらない。
「うそよ! 私は、可愛いわ! この会場にいる誰よりも愛らしいはずよ!」
宝珠が一生懸命に紅く輝いている。
手も挙がるわけがない。
「では、罪人ゲルトルーテが醜いと思う方は挙手を」
訓練してもここまでの動きはできないよね? と感じられる見事さで、全員が手を挙げた。
メイドや騎士、執事たちの実に堂々たる挙げ方に、日頃の気苦労が知れる。
「私はこんなに可愛いじゃない! 皆っ! 自分の心を偽らないでっ!」
「正直に申しまして外見は中の下。内面が下の下の下でしてよ?」
ローザリンデが実に慈悲深い微笑みとともに告げる内容に、嘘偽りはない。
そう。
ゲルトルーテは内面の酷さが外見にまで出てしまっている悪例。
本来はヒロインらしい愛らしさや無垢さがあったのかもしれないが、今の彼女には肯定できる要素が実に少ないのだ。
言動の酷さも拍車をかけているだろう。
ヒロインになるには、全ての数値が足りない。
どころかマイナスになってしまった。
可愛くなくても魅力があればヒロインとしては成り立つ。
だが彼女は魅力がない。
魅了スキルが封じられてしまったゲルトルーテは、人間としての愛らしさすら失われている。
「私が可愛くない?」
宝珠が美しく虹色の光を放つ。
自分を否定する人から宝珠に目を移したゲルトルーテは、初めて言った。
「私は罪人、なの?」
宝珠は美しい光を保つ。
「皆の人生を狂わせたの?」
宝珠は少しだけ美しい光を強めた。
「私の人生も、狂わせたの?」
宝珠は目を開けていられないほどに輝いた。
その光だけは何故か美しく感じられなかった。
「自覚はありますか?」
「……はい。私は罪の自覚が、あります。罪人、です」
宝珠の光には洗脳能力でもあるのだろうか。
ゲルトルーテは呆然としながらも、己の罪を自覚した。
「よろしい。では、続いて愚かなる者よ。貴殿に罪の自覚はありましょうか?」
「あるわけがなかろう! ぐわわっ!」
宝珠の攻撃が凄まじい。
早く断罪を終わらせるために与えられた力なのかもしれないと、不意に思い至った。
「……ゲルトルーテに飲み物を」
宝珠に縋り付くようにへたり込んでしまったゲルトルーテに飲み物が与えられる。
罪を認めた御褒美か、ハーゲンに罪の自覚を促すための計らいか。
ゲルトルーテは宝珠の隣に置かれたグラスを呆然としたまま握り、口をつける。
かっ! と目が見開かれ、氷と一緒に全ての中身を飲み干す。
すっくと立ち上がったその姿に、何故か不穏な気配を感じてしまった。
「愚かなる者は、自分に邪魔な者を、私のスキルに従ったように見せかけて、山ほど排除しておりました!」
「ルーテっ!」
「それは側近にも及びました! 婚約者にも及びました! せ、先王にも及びました!」
「ゲルトルーテ・フライエンフェルス!」
周囲が今までで一番ざわついた。
ゲルトルーテが次期王妃なのは、ほぼ確定だったと聞き及んでいたのだが。
そうではなかったのだろうか?
「詳しくは存じ上げませんが、先王の側近に衰弱を早める効果の薬を投与させたと……」
十分詳しいよ。
でもってその情報を今の今まで誰にも漏らしていなかったなら、罪は自分にも及ぶ。
……とは、恐らく理解できていないだろう。
「耳にした当時は、これで自分が王妃になれると浮かれておりましたので、沈黙を守りました! その罰は受けます。ですが! この場で告白いたしました真意を御理解くださいませ」
先王の死を早めたというのなら反逆罪に問われるだろう。
ゲルトルーテが告白しなかったならば、暴かれなかった罪だ。
しかし彼女は、時空制御師の怒りに触れている。
結局の所、どれだけゲルトルーテが自己保身を図ったとしても、罪は軽減されない。
軽減されぬと知っても尚、彼女は囀り続けられるだろうか。
「愚かなる者よ。ゲルトルーテの発言は真実か、否か。返答を」
「違うにきま! あががががががが!」
ハーゲンの全身が雷に打たれたかのように激しく震えた。
先王の死にかかわる話であれば、宝珠の苛烈さも無理はない。
「薬などなくとも! 父上は身罷られたはずだ!」
「……薬の手配をさせたのは真実と申されますの?」
「知らぬ! 彼の者が勝手にやったことだっ!」
「では知っていらしたと?」
「知らぬ!」
宝珠は穏やかだ。
どうやらハーゲンの指示ではなかったようだ。
「その女を認めぬ父上を疎ましくなかったとは、申さぬ。だが、父上の死を。たとえそれが既に決まっていた命運であろうとも。だからこそ! 縮めようとは露程も思ったりはせぬ」
となると、側近とやらの暴走だったのだろうか。
先王よりハーゲンの方が扱いやすかった?
「では、その件については影の者に問うといたしましょうか。声だけで構いません。返答なさいませ」
影で活躍する人が、こんなに人が多いところで姿を見せるわけにはいかないよね。
全身をローブで覆っていたって、情報は漏れるだろうから。
魔法で防御を固めた状態で現れるより、声だけの方が無難には違いない。
『ローザリンデ様に申し上げます。先王の側近であったロルフが、衰弱を促進する薬を長期間に亘って投与しております。ロルフは既に先王より死を賜っておられます』
「先王は存じ上げていらしたの?」
『はい。病は酷く苦痛を伴うものでございました。なるべく早く安らかに死にたいと望まれておりました』
「では、ロルフは反逆者ではなく、忠義の者と?」
『ゆえに先王は自らロルフに死を与えました』
どうやらゲルトルーテの発言は無意味なものだったようだ。
むしろ先王は知られたくなかったのではなかろうか。
病に負けて自ら死を望んでいたなどとは。
「先王の判断であれば、親戚縁者を罪には問いません。皆様も周知し、理解していただきたく思います」
「なんでそんな酷いことを言うんだ、ローザっ! 奴は父上の死を早めたのだぞ?」
「……先王の死を早めた原因の一つに、愚かなる者とゲルトルーテの関係があったと、理解していての発言でございましょうか?」
「ぐっ!」
理解はしていたらしい。
ハーゲンは大きく歯ぎしりをした。