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「声だけで構いません。答えてください。ロルフはゲルトルーテに籠絡されておられましたか?」
『否っ!』
速効。
疑われるのは心外という強い意志が見られる。
自分が反逆罪で裁かれるかもしれないリスクを冒してまでも、王の望みを叶える者が、ゲルトルーテの魅了に捕らわれたとは思えない。
『罪人ゲルトルーテは、周囲に人がいないときに限り、未来を予知するかのような独り言を呟いておりました』
「まぁ」
『ほとんどが妄想でしかなかったようでございますが、幾つかは真実もあったようでございます』
乙女ゲームの知識かな?
それとも魅了している前提で、自分の妄想を垂れ流していたのかな?
「そうよ! 私は未来予知の能力も持っているのよ!」
宝珠が紅く輝く。
痛みを与えないのは、与えるまでもない嘘だということか。
「では、今。何か予知をしてくださいませ」
「そ、それは無理よ! 私の予知は、あんたを追放した途端に消えたもの!」
「で、あれば。私が戻ったならば、再び使えるのではございませんこと?」
「無理よ。消えた力は戻らない。そうでしょ!」
「そうでもありませんわ。一度失っても再び使えるようになった例も多くございますのよ。罪人ゲルトルーテ。まだ、罪を重ねますの?」
「あああああああ! なんでわたしのおもうとおりにいかないのよ! おかしい! なにもかもおかしいわ!」
ゲルトルーテが一瞬真っ当になったと思ったのは勘違いだったようだ。
宝珠の力を持ってしてもゲルトルーテは絶望的な愚か者だった。
おかしいのはお前だし!
会場中の心が一つになった予感がする。
それだけゲルトルーテの異常さは浸透していたのだ。
低い身分で王太子やその周辺の優秀な人材を、愚か者に貶められるほどの能力を持っていないのだと。
魅了もしくは洗脳のスキルの持ち主なのだと。
私が来るまでほぼ確信していたのだろう。
そして、私の言葉で確定した。
これでゲルトルーテを排除できる!
多くの人々が即座に動いたに違いない。
ゲルトルーテの断罪のために。
最後まで惑わされたままだった王を、見極めるために。
「おかしいのは、ゲルトルーテ・フライエンフェルス。貴女ですわ」
「はあああああ?」
「魅了スキルを持つ者は少ないですが存在しております。貴女だけのスキルというわけではありませんの」
「嘘っ! 私が特別だから!」
「違います。常識を知らぬ、貴女が異常なだけですのよ?」
切り込んでいくなぁ、ローザリンデ。
そこに痺れる憧れるぅ!
……私、茶番に飽きてきたのかしら?
というか、限界なのかしら?
私の脳内逃避をローザリンデが知るはずもないのだが、彼女はさくさくと容赦なくゲルトルーテを追い詰めていく。
「魅了スキル保持者は自覚のありなしに関係なく、制御を覚えさせられます。例外はありませんの」
「やっぱり私だけが使えたのは!」
「強制力のせいですわ。貴女の力も意思も関係ございません」
あ、やっぱり乙女ゲームの強制力ってあるんだね。
さすがは強制力!
神様の力級だねぇ。
実際、神の力によりますね。
実験の一つと聞いていますよ。
夫が囁く内容に頷く。
神様がかかわったら何でもありだからね。
しかし乙女ゲームの舞台を実験に使うとは……オタク気質の神様なのかしら?
わかりやすく洗練された舞台設定だと思うけれどね。
「強制力とは言い換えれば神様の御意志……私どもでは抗いようのない現象ですわ」
「じゃ、じゃあ、私。悪くないじゃん! 悪いのは、神っ!」
ごふっとゲルトルーテが血を吐いた。
鮮やかな赤が喉の奥から溢れ出る状況に、ゲルトルーテはただ呆然としている。
隣にいたハーゲンは顔色を変えた。
ゲルトルーテが神の怒りに触れたとでも思ったのだろう。
「神を悪とするとは……本当に貴女は異常ですのね?」
何かを言い募ろうとするゲルトルーテはまたしても鮮血を吐いた。
先刻より量が多い。
塊までもが幾つも溢れ出ている。
「神は善です。悪は邪神です。それがこの世界の道理なのですわ。覆ることは未来永劫ございませんのよ」
言い切る以上、神様から直接声でもかけられたのかな?
神託を受けたとローザリンデがこの場で述べたのなら、周囲が聖女として祭り上げそうだ。
ローザリンデが希望するなら、王妃であり聖女でもあると、時空制御師最愛の名で宣誓してもいいのだけれど、ローザリンデは望まないだろうなぁ……。
肩で息をしているゲルトルーテの瞳には未だ反省の色も、後悔の色も見いだせない。
ローザリンデも常識が全く通じないゲルトルーテには手を焼いているようだ。
標的をハーゲンへと向ける。
ゲルトルーテを見つめていた視線が移動して、その温度を更に落とした上でハーゲンへと固定された。
「……愚かなる者よ。魅了されしは致し方なきこと。されど、犯した罪は罪……そなたは最低限の贖いを済ませたのか?」
口調までもが違う冷ややかな態度に、一瞬絶句したハーゲンは怒りを露わにする。
「わ! 我にその口の利き方はっ!」
「答えよ、愚かなる者よ」
「そもそも我は罪など犯してはおらぬっ! ぐうっ!」
宝珠が紅く瞬く。
ハーゲンは目を見開いて宝珠を見つめている。
どうやら彼は本気で自分に何の罪もないと、贖うべき何ものもありはしないと信じているようだ。
「要職に就いていたものは皆贖いを済ませておる。程度の差はあれ、元の地位に近付いた者ほど反省も後悔も強い。だがそなたはどうだ? 罪を犯してはおらぬと戯れ言を申す。ローザリンデ・フラウエンロープを冤罪で王都追放にしたのは、そなたであろう」
「ローザは王都にいただろう? 追放になっておらぬなら、問題はないだろうに」
お前は何を言っているんだ? と某格闘家の名言がビジュアル付きで浮かぶ。
ローザリンデはその発言を聞いても顔色一つ変えないが、隣にいるヴァレンティーンは強い怒りを浮かべている。
周囲のあちこちからも同じ怒りの気配があった。
御両親以外にも問題発言を許せない者は多いようだ。
「問題しかありません、愚かなる者よ。そなたは最低限の贖い……謝罪すらすませていない」
「許せと言ったではないか!」
「それは、謝罪の言葉ではない」
「っ! 我を誰と心得る! 我はこの国のっ!」
「王を名乗れるほどの、何をしているのか。愚かなる者よ」
咄嗟に答えられず言葉に詰まっている。
玉座を温めるだけで、王を名乗るつもりはなかったようで何よりだ。
けれど、沈黙を守るのはよろしくない。
「この国の王として、寵妃の言葉をそのまま伝えるだけの命令以外の何をした? 寵妃の魅了から解放されて、何をなした?」
「ろ、ローザを呼んだではないか!」
「それ以外は?」
「……精査してから手をつけるつもりだったわ!」
ローザリンデが隣に目線を動かせば、すかさずヴァレンティーンが書類を手渡す。
書類にさっと目を通したローザリンデは、わかりやすい嘲りの色を浮かべてハーゲンを見下した。
「既に精査はすんでおり、その報告も完了しているとのことだが?」
「嘘だ! ふぐっ!」
時間稼ぎなど無駄だと、何故気がつかないのだろう。
魅了スキルから解放されて本来の己を取り戻した感動のまま、政務にまで手が及ばなかったと、申し訳なかったと言えば恥辱を重ねずにすんだはずなのに。
ローザリンデと宝珠に追い打ちをかけられても、ハーゲンの瞳から不服の色が抜けない。
こんなところもゲルトルーテとお似合いだ。
「そなたは時空制御師様に愚かなる者と呼ばれました。二度と謝罪の機会はありません。ただただ罪を自覚し、粛々と贖いをなすだけなのです」
「王たる我に!」
「貴男は王ではありません。愚かなる者とは犯罪者と同意」
「違う! 我はまだ王だっ!」
宝珠が赤く光る。
「馬鹿なっ!」
本来ならあり得ぬのだろう。
様々の手順と手続きを経て、王位が奪われる。
それが一般的な流れ。
ただ、時空制御師の言葉の優先度は、この国の本来を凌駕するものらしい。
「寵妃に踊らされ、第二位の王位継承権を持つ者を冤罪で貶めた。税を理不尽に引き上げ、民に苦難を与えた。王の責務を周囲に押しつけ、それがこなせぬとあらば理不尽に罰を与えた……他にも数多ある罪に対する自覚を、いい加減持っていただきたいのだが?」
「わ、我はっ!」
ぐっと唇を噛み締める。
「ハー様を虐めないでっ!」
今こそ出番とばかりに、ゲルトルーテは瞳を潤ませながらローザリンデに食ってかかった。
「ルーテ……」
はい。
ここでハーゲンが、やっぱりお前は我のことをこんなにも大切に! とか思っている表情で、ゲルトルーテを見つめました。
既に満腹を超えてきています。
「虐めてはおりません。私の方こそ、虐められた被害者ですわ。貴方方の言葉での謝罪や懺悔を聞きたかったのですが……それは難しいようです。宝珠のお蔭で、貴方方の罪は明らかになり、確定いたしました。引き続き、贖い……罰について申し渡します」
「えぇ! 嘘っ! 信じらんない!」
「待て待て待て! 我らに罰なぞ!」
二人の体が仲良く真紅に染まったと思ったら、力なくその場にへたり込んだ。
宝珠がこれ以上話を長引かせないように大人しくさせたのだろう。
「ハーゲンは、王位及び王位継承権を剥奪。懺悔の塔へ幽閉。ゲルトルーテは、寵妃及び本来の爵位を剥奪。宮廷魔導師館への預かりとする。また剥奪のち一週間は二人を同じ地下牢へ。真実の愛を貫いた、二人へ最後の慈悲を与える」
二人は顔を見合わせた。
剥奪や幽閉についての文句より先に、そうした。
案外、真実の愛は、本物だったのかもしれない。
「幽閉及び預かり期間は、現時点では未定。二人に反省が見られれば期間短縮もありとする」
周囲がざわめき立った。
二人は何と、手を取り合って喜んでいる。
突っ込む気はない。
ただ、ローザリンデが美しく笑っているので、言葉通りの意味ではないのだろう。
期間短縮=死刑も十分に考えられた。
「被害者への補償は後日、順次手配するものとする。本日は以上をもって終了とする!」
ローザリンデの言葉と同時に、かしゃーんかしゃーんといい音が響いた。
ハーゲンとゲルトルーテに口枷と手枷が嵌められた音だ。
ハーゲンは呆然としており、ゲルトルーテは暴れようとして、がっしりと両脇を固められていた。
地下牢へと連れて行かれる様子を、会場の皆が静かに見守る。
『わたしは、ひろいんなのにぃいい!』
口枷を嵌められたままでの絶叫は、皆の耳には届かなかっただろう。
私も音としては認識できなかった。
ただそう言っているのだな、と理解しただけだ。
ハーゲンの消沈した様子には僅かに哀れみを感じたが、ゲルトルーテのぶれなさ加減はいっそ天晴れだとも思った。