重くなった空気をやわらげるかのように、クラリーチェが微笑をたたえて「すぐにお勉強を始めましょう。私は一旦荷物を整理してまいりますのでリリアンナ様は先に書斎で待っていて頂けますか?」と促した。
「はい……」
先程までクルクルと表情を変えて楽しそうにしていたリリアンナが、どこか元気のない様子で頷くのをクラリーチェは落ち着かない気持ちで見詰めた。
「リリー」
ランディリックもそれを感じたんだろう。
気遣わし気にリリアンナへ声を掛ける。
「ランディのバカ!」
途端、キッとランディリックを睨みつけたリリアンナが捨て台詞のようにそんな言葉を吐いて駆けて行ってしまう。
走り去っていくリリアンナの背中に、ランディリックは何か声を掛けねばと思うのに、咄嗟のことで言葉が出てこなかった。
「リリアンナお嬢様!」
そんな突然の出来事にリリアンナとランディリックを交互に見つめた侍女のナディエルがぺこりとランディリックへ頭を下げると、慌てたようにリリアンナのあとを追いかけて行ってしまう。
呆然と立ち尽くすランディリックとともに玄関ホールへ取り残されたクラリーチェに、今まで静かに背後へ控えていた執事のセドリックが「クラリーチェ様、とりあえず荷物をお運びいたしましょう」と声をかけた。
「あ、は、はい……」
きっとリリアンナの機嫌を損ねたのは、自分がランディリックに告げた馬の件だろう。そう分かっていても、クラリーチェはどうしてもそこに関しては譲れないのだ。
セドリックの手配でやってきた侍女たちがクラリーチェの荷物を手にこちらを見つめてくる。
「あ、あの、侯爵閣下様。――わたくし、失礼いたしますね……」
ランディリックに何か言わないと……と思うのだが、何を言ったらいいのか分からない。
クラリーチェは仕方なく丁寧に彼へお辞儀をすると、侍女とともに自室へ向かった。
***
「旦那様」
結果的にセドリックとともに取り残される形になったランディリックへ、セドリックが声を掛けてくる。
「リリアンナお嬢様は乗馬の練習をとても一生懸命頑張っておいでです」
「ああ……」
そんなこと、セドリックに言われなくても分かっている。
怪我がすっかり治り、今まで通り厩舎で馬たちの世話をしているカイルの元へ、リリアンナが時間の出来るたび足繁く通っていることは、ランディリックだって承知していた。
リリアンナの目的が愛馬・ライオネルだと分かっていてもなお、カイルと二人きりにさせるのが嫌で、極力リリアンナの乗馬練習へ付き合うようにしてきたランディリックである。
リリアンナが馬へ乗れるようになってきた三分の二くらいは、自分の教えによるものだという自負すらあるくらいだ。
コメント
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バカって言われちゃった💦