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セドリック、えらい!
乗馬の際、リリアンナは決まって淡いクリーム色のブラウスに深緑の乗馬上着を合わせ、足には膝丈の黒いブーツを履いている。
まだ少女らしい身体つきながらも、鞍に跨ったときの背筋の伸びやかさと、風を受けて揺れる赤茶の髪が大人びて見える。
安全のために裾の長いスカートではなく、動きやすい騎乗用のトラウザーを履かせているのも、彼女の強い希望を汲んでのことだった。
本来なら淑女の装いとしては相応しくないと知りながら――それでも彼女が馬上で笑う姿を見ると、ランディリックはもう何も言えなくなるのだ。
リリアンナに与えたライオネルは、幸いにしてとても穏やかな気質の牡馬だった。
それこそ最初の頃はランディリックがソワソワしてしまうくらいたどたどしかったリリアンナの乗馬テクニックにでさえ、寄り添うような素振りを見せてくれていた。
身体の小さなリリアンナだ。今でも鞍の上へ上がるとき木製の踏み台こそ必要だが、誰の手も借りず自分一人で馬上へ落ち着くことも出来るようになっている。
彼女を背に乗せたライオネルも、どこか誇らしげにしているのをランディリックは知っていた。
「――でしたら何故リリアンナお嬢様が旦那様にあのような態度を取られたのか、お分かりですね?」
セドリックにじっと見詰められたランディリックは、小さく息を詰めると「あとできちんとリリーと話すよ」とセドリックに微笑んだ。
***
自室へ荷物を運びこんだクラリーチェは、リリアンナとの授業に使うため、古い領地図を束にして廊下を歩いていた。何本もの筒を抱えていたせいで、足元がおぼつかず、そのうちの一本をふいに落としてしまう。
拾おうと身体をかがめた矢先、バラバラと他の地図も後を追うように数本散らばった。
「あ……」
そのうちの一本がカラカラと軽い音を立てて転がった先に、ちょうど執事のセドリックと談話していたランディリックが立っていた。
「……随分と重そうだ」
ランディリックはさっと腰をかがめて足元の領地図を拾い上げると、セドリックが拾い上げた地図とともにクラリーチェが抱えた残りの束も自然に受け取ってしまう。
「リリーの授業に使うものですね? 書斎まで僕がお持ちしましょう」
「えっ、ですが……」
クラリーチェが制そうとするより早く、逞しい身体が書斎の方へくるりと向きを変える。
いつもならばそんな主人の様を放置するセドリックではないはずだ。
だが、彼は何故かスッと綺麗なお辞儀をすると、ランディリックの意思を尊重してしまう。
「旦那様、お嬢様とお話が出来るといいですね」
恭しく頭を下げる老執事に、クラリーチェは先程のリリアンナの様子を思い出して得心した。
恐らくはセドリックが、自分がいない間にランディリックへ何か進言したんだろう。
そう思い至ったクラリーチェは、素直にランディリックのあとをついて歩くことにした。