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#恋愛
篠原愛紀
もう立ち上がって逃げることはできない。
私が立ち上がるより、尊の方が動きが早い。
私、こんなところで死んじゃうの。
ふと、瑞希くんの顔が浮かんだ。
そうだ、彼ともうすぐ旅行の約束をしていたんだ。旅行、行きたかったな。
「あなたと一緒にいたくない」
私から咄嗟に出た言葉は、命乞いをするための言葉ではなく、心からの本心だった。
尊の手が震えている。
「このクソがっ!調子に乗りやがって!!」
尊がナイフを直角に持ち、私に振り下ろそうとしている。
私は目を閉じた。
その時
「キャー!!」
誰かの悲鳴が聞こえた。
え、私は悲鳴をあげてないんだけど。
そして
「調子に乗ってんのは、お前だろうが」
何度も聞いたことのあるこの声。目を開ける。
「瑞希くんっ!?」
どうしてここにいるの?
瑞希くんは、振り下ろそうとしていた尊の手を掴み離さない。
「なんだ、お前!お前には関係ないだろ!?」
尊が手を振り払おうとしているが、全く動いていない。
「先輩!早くここから離れて!」
華ちゃん、なんで?
さっきの悲鳴、華ちゃんだったの?
動かなきゃいけないのに、身体が。
腰が抜けちゃった。
華ちゃんが一生懸命私を引っ張っていると
「あーあ。流星には怒られちゃうけど、この場合、しょうがないよね」
春人さん?
少し息を切らし、走ってきた春人さんが私を持ち上げた。
「警察には通報しといたよ」
瑞希くんと尊がいるところから距離を取り、降ろされる。
「春人さん!瑞希くんを助けて!危ないっ」
尊はナイフを持っているし、もし、瑞希くんが刺されちゃったら。
嫌だ!
「瑞希くん!」
私は彼に向かって叫ぶ。
落ち着いてと私の肩を春人さんは支えてくれた。
「流星より、あっちの男の心配した方がいいかも」
「えっ?どうしてですか?」
「離せ!」
尊が叫んでいる。
瑞希くんは無言で、片手から両手に切り替え尊の腕一本を掴み、そのまま勢いよく地面に投げ飛ばした。
尊は地面に横になり倒れるが、ナイフは持ったままだった。その手を、瑞希くんが踏みつける。
「ぐあぁぁ!」
痛みに声を上げ、ナイフを離した。
そのナイフを彼は遠くまで蹴り飛ばす。
「お前、いい加減にしろよ?」
瑞希くんの声音が違う。
「もう、ヤバいな。止めるか」
春人さんが瑞希くんのところへ走り、宥める。
「流星、そろそろ警察来るから。それ以上やったらお前もヤバいから、落ち着いて?」
瑞希くんの目は、尊から離れなかった。
尊の意識はあるようで、震えている。蛇に睨まれた蛙状態。
そのうちにパトカーのサイレンが聞こえ、警察官が話しかけてきた。
「どうしましたか!?」
あっ、私がちゃんと説明をしないと。
「あの……」
私は警察官にこれまでのことを全て話をした。
もちろん、その場にいた、瑞希くん、春人さん、華ちゃん、みんな事情を聞かれていた。
「ケガはないですか?」
「あっ、はい。転んでしまった時に、膝を擦りむいただけです」
そうですかと言われたあと
「申し訳ないんですが、あなたにはもう少し聞きたいことがあるので、警察署まで来てもらえますか?」
「はい」
パトカーに乗る前にみんなにお礼を伝えなきゃ。
「あのっ、助けてくれた人たちに声をかけてきてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「先輩!死んじゃうかと思いましたよ」
華ちゃんが私に抱きついてきた。
「ありがとう」
きっとこの子が呼んでくれたんだ。
「ちょっとこの後大変かもしれないけど、頑張ってね」
春人さんが声をかけてくれる。
「瑞希くん」
彼は無言だった。
怒っている?私が話さなかったから?
「俺、今日、仕事休むから。聴取終わったら教えて?迎えに行く」
「でも……」
「嫌だとは言わせない」
「わかった。終わったら連絡する」
私は警察署に行き、もう一度最初から全て話をした。
尊の刑罰はこれから決まるようだ。ただ、私には接近してはいけないという接近禁止命令が出るみたい。
警察署を出る前に、約束通り瑞希くんに連絡をした。
「近くにいるから、ちょっと待ってて」
待っていると五分もしないうちに来てくれた。
「ごめん。遅くなって」
「葵のせいじゃないだろ?葵の家に送って行くから」
タクシーを呼んだが、タクシーの中では無言だった。
私のマンションに着く。
二人で部屋に入り、荷物を置いた瞬間、瑞希くんが私を抱きしめた。
「怖かったよな。ごめん、何も気づけなくて?」
てっきり黙っていたことを怒られるかと思っていた私は、言葉を失う。
「大丈夫か?また足ケガしちゃったな。消毒しようか?」
彼が私から離れようとした。
「葵?」
私が瑞希くんから離れたくなかった。
「瑞希くん、ごめん。心配かけたくなくて。これ以上、迷惑かけたくないのに。またかけちゃって」
彼は私をギュっと抱きしめると
「わかってるよ?」
優しい彼の言葉に、私の中で何かが弾けた。
「本当は怖かった。死んじゃうんじゃないかって。うっう゛……」
息ができないほど涙が溢れる。
「怖かったよな。もう安心だから」
瑞希くんが頭を優しく撫でてくれる。
子どもが大きな声を出して泣くように、泣きじゃくった。
「大丈夫、大丈夫」
言葉を何度もかけてくれ、次第に気持ちが落ち着いていく。
私が泣き止むのを確認して、ソファに座らせ、膝を消毒してくれた。
「葵?俺、頼りにならない?」
消毒が終わり、ソファに二人で並んで話す。
「そんなことない。この前は電話しちゃって、迷惑かけちゃったし。心配も……」
「何かあったら言ってって話をしたよね?」
「うん」
諭すように話しかけられる。
「俺、何度も言うけど、葵が一番大切なんだ。傷つけるやつは許さないし、葵が悩んでたら力になりたい。何もできないかもしれないけど、守ってあげたい。だから、約束して?今度、何かあったら俺に伝えるって」
「わかった。約束する」
彼はフッと笑って
「約束な?」
私の手を持ち、小指と小指を絡ませ、指切りをした。
それからは、なぜ瑞希くんと春人さんが来てくれたのか、説明をしてくれた。やっぱり華ちゃんが春人さんに連絡をして、それで瑞希くんに知らせてくれたらしい。
「華ちゃんにお礼言わなきゃ」
「そうだな、あの子、本当に心配してたぞ」
「うん」
「ま、春人に会えてちょっと嬉しそうだったけどな」
彼はそう言って少し笑った。なんか想像ができる。
私もおかしくなって笑っちゃった。
「葵、少しは元気になった?ご飯でも食べに行く?」
正直、食欲はない。
「私なにか……」
作るよと言いかけたが
「今日は休め。俺が料理できたらいいんだけどな。また何かデリバリーでも頼む?」
「うん」
瑞希くんと一緒に頼んだ日のことを思い出した。
「何か食べたいものある?俺が適当に頼んじゃっていい?」
「うん」
これじゃあダメだ。全部、瑞希くんに甘えている。
「葵、ご飯届くまで、先にシャワー浴びておいで」
「えっ。いいの?」
「注文状況見たら、意外と早く着きそう」
「わかった」
彼に従い、先にシャワーを浴びる。
転んだが、膝以外はあまり痛くない。
お風呂から出てくると、すでに注文したものが届いていた。
「食欲ないかもしれないけど、ちょっとは食べろよな?」
やっぱり彼には全てお見通しみたい。
ご飯を食べて、片づけをする。
今日は、瑞希くん帰っちゃうよね?
一緒にいたいと思うのは、我儘だよね。聞くのが怖い。
離れたくなくて、ソファにいた瑞希くんに抱きつく。
「葵?どうした?」
持っていたスマホを瑞希くんは机の上に置いた。
「今日は、瑞希くんと一緒にいたい。我儘なのはわかってる。でも、泊まってほしい」
瑞希くんはしばらく何も言わなかった。
やっぱりダメだよね。
ごめんなさいと伝えようとした時
「あー、マジで嬉しい。こんな時に不謹慎かもしれないけど、キスしていい?」
いつもならそんなこと聞かないのに。
やっぱり気を遣ってくれているんだ。
彼と目線が合う。私が頷くとチュッと軽く唇にキスをしてくれた。
「葵、早く休んだ方がいいよ。俺、シャワー浴びてくるから、ベッドで横になってていいから」
「うん」
彼にタオルと着替えを渡し、戻ってくるまでの間、ベッドで横になっていた。
てっきり怒られるかと思ったのに。優しい。
尊は……。どうなるんだろ。もう安心だよね?
刑罰はどうなるんだろう。
また家の前とか会社に来るかもしれないということを考えると、怖い。
やっぱり引っ越した方がいいのかな。
グルグルといろんな考えが頭の中を巡る。
「ありがとう、入ってきた」
瑞希くんが戻ってきた。
「今日はもう休もうか」
彼が布団の中に入り、電気が消される。
「ね、瑞希くん」
彼の手を思わず握ってしまった。
「どうした?」
「尊がすぐ戻ってくることはないよね?」
「その辺はどう捉えられるかだよな。きっと、初犯だろ?」
「たぶん」
「怖い?」
「うん。だから引っ越しも考えようかなって。もうちょっとお金を貯めてからだけど」
「だったら、俺の家に来ればいいじゃん」
瑞希くんなら言ってくれると思った。
「それはダメ。ケジメだから。それに、もし一緒に住んでるってバレた時の瑞希くんのお客さんの方が尊より怖いかも」
女の人の恨みの方が強そう。
「そうだな。これ以上、葵を危ない目に遭わせたくない。なんか良い方法ないか、俺考えてみるから。てか、旅行のことも」
「旅行は楽しみ」
「良かった、元気な声が聞けて。今日は何も考えず、もう寝な?もう一回言うけど、もし何かあったらこれからはすぐ連絡すること!わかった?」
やっぱり、こういう時に頼りになる彼はかっこ良い。
「はい」
「おやすみ」
おやすみのキスを頬にしてくれた。
ずっとこの人の隣にいたい。