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#デジタルイラスト
汚染
39
あめ猫@サボり魔
8,090
ありきたりな雑炊
50
試合が終わる。
霧は静かに薄れ、生存者たちの悲鳴だけが、館の外へ置き去りにされていく。
FORSAKEN最奥。
スペクターの私室だけは、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
深紅のソファへゆったりと腰掛ける支配者。
その膝の上には、当然のようにアズールが収まっている。
黒く染まった身体を主人へ預け、ウィザードハットの影から、期待に満ちた瞳を見上げていた。
「スペクター様。」
弾む声だった。
「今日の試合、お聞きになりますか?」
スペクターは静かに微笑む。
「もちろんだとも。」
「君の話を聞く時間は、私のお気に入りだからね。」
その一言だけで、アズールの表情がぱっと明るくなる。
「……はい!」
まるで褒められるのを待っていた子どものように、勢いよく話し始めた。
「ツータイムは、私を見た瞬間から震えていました。」
「何もしていないのに、立っていることもできなくて……あんなに怯えた顔、初めて見ました。」
くすくす、と嬉しそうに笑う。
背中の触手も、主人の邪魔をしないよう小さく揺れている。
「私が『初恋なんて価値がない』と言った途端、あいつ、本当に世界が終わったみたいな顔をしたんです。」
「声も出なくなって……あはっ。」
「おかしかった。」
嬉しそうに笑うたび、スペクターは何も言わず、その髪を指先で梳いていく。
その優しい手付きだけで、アズールは幸せそうに目を細めた。
「それから……」
「一本ずつ、動けなくしていきました。」
「私のことを何度も呼んでいましたよ。」
「『アズール』って。」
少しだけ首を傾げる。
「でも、不思議なんです。」
「もう、その名前を呼ばれても何も感じませんでした。」
「ただ……」
恍惚と微笑む。
「あなた様が喜んでくださるかなって。」
その言葉を聞いて、スペクターは細く笑った。
「よくやった。」
静かな声だった。
けれど、その一言だけで十分だった。
アズールの肩が震える。
「君は期待以上だ。」
「君ほど美しく、この領域に尽くしてくれるキラーはいない。」
指先が頬へ触れる。
「……っ。」
胸の古傷が熱を帯びる。
「ありがとうございます……!」
主人へ抱きつく。
「あなた様に褒めていただけるなら……私は何度でも戦えます。」
「何度でも。」
スペクターはその身体を受け止める。
まるで壊れ物を抱くような優しさで。
そして耳元へ唇を寄せる。
「けれど、まだ足りない。」
その一言で、アズールは顔を上げた。
「……足りない?」
「ツータイムはまだ壊れていない。」
スペクターの声は穏やかだった。
「肉体を傷つけるだけでは、人間は本当には壊れない。」
「心だ。」
「希望だ。」
「救われるかもしれないという幻想だ。」
静かな囁きが、ゆっくりとアズールの心へ染み込んでいく。
「次に会う時は、もっと長く絶望を味わわせてあげるといい。」
「追い詰め。」
「逃がし。」
「また追い詰める。」
「希望を見せてから奪えば、人の心はより深く沈む。」
アズールは食い入るように主人を見つめていた。
神託を聞く信徒のように。
「なるほど……。」
「そうすれば……。」
「もっと喜んでいただけますか?」
スペクターは柔らかく微笑む。
「もちろん。」
「君が私の言葉を覚え、実践してくれるなら。」
「私は何度でも君を褒めよう。」
アズールは目を潤ませて頬を染めた。
「私は……。」
「もっと頑張ります。」
「もっと。」
「もっとあなた様のお役に立ちます。」
勢いよく膝から滑り降りると、主人の足元へ跪く。
恭しく革靴へ額を寄せる姿は、祈りそのものだった。
「あなた様のためなら。」
「私は何度でも、この領域を駆けます。」
「何度でも収穫してまいります。」
スペクターは静かにその姿を見下ろす。
帽子の影に隠れた瞳は、どこまでも冷たい。
この青年は、もう自分で考えることはない。
褒められるために狩り。
認められるために傷つき。
そのたびに、自ら檻を狭めていく。
それでもアズールは幸せそうだった。
主人の言葉ひとつで笑い、主人の視線ひとつで満たされる。
それこそが、自分に与えられた救済なのだと信じ切っていた。
スペクターは、その頭へ静かに手を置く。
「いい子だ、アズール。」
そのたった一言だけで、青年は震えるほど嬉しそうに笑った。
館の外では、再び霧が濃くなり始める。
終わらない夜。
終わらない試合。
そして今夜もまた、一匹の猟犬は、主人から与えられたたった一言を胸に抱き、嬉々として霧の向こうへ歩き出していくのだった。
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