水路に戻った一行の中で、何とか普通に話す事が出来たのはナッキ一匹だけであった。
ヒットもゼブフォもティガも、歯の根が合わない感じでガクブル状態で、言っている言葉が聞き難い事この上ない…… 些(いささ)か情けない話じゃないか……
ナッキは新たに配下に加わった巨大なゴイサギのヘロンと、トンボの頭ドラゴに向けて口を開く。
「皆はちょっと無理みたいだからさ、僕とヘロン、ドラゴの三匹で行くしかないよね、付いて来てよぉ! 行くぞっ、特攻ぉぅっ!」
慌てた感じでヘロンとドラゴはナッキを止める。
「いやいやいや、無理ですってぇっ! ナッキ様ぁ! こんな殺意の中に飛び込むって、それもう自殺ですよぉっ!」
「そうですよ、ナッキ様自身が私達トンボに言ってくれたじゃないですか! 悪魔の中の悪魔、残虐で非道の極み、でしたっけ? そんな事聞いた上でこの敵意、殺気でしょう? 羽の根が動かないんですよ…… と言うか、ナッキ様…… 本当に行くんですか? この先…… ガチモンの悪魔の巣窟だとしか思えない、そう思っちゃうんですがぁ……」
二匹の腰が引け捲っている事を理解してしまったナッキは、深い溜息の後、言葉を紡ぐ。
「はぁー、そっかぁ、そりゃそうか、かく言う僕だってやっぱり怖くて仕方ないもんねぇ、んでも、でもでも、池の皆を守る為だもんね、仕方ないなっ、僕一匹で行って来るよっ!」
王自らたった一匹で悪意が溢れ捲る地へ?
そんな事看過してしまったら国としての形が維持出来ないんじゃないか?
そう思ってしまった私の思いを補完するような声がピタリと揃って届けられたのである。
例のヤツ、やや高めの声でピタリと合わせた言い口である。
『ナッキ様っ! 我等メダカがお供をさせて頂きますよっ!』
六千を越えるメダカの声がナッキに届けられたのである。
無論ナッキにとって一番小さくて、言ってみれば守るべき最優先のか弱き存在はメダカ達なのだ。
慌てた口調で言い返せざるを得なかったのである。
「いやいやいや、君達を連れて行くとか、流石にそれは出来ないよぉ、無理しなくても良いからさぁ、僕がちゃんとやってくるから心配しなくて良いんだよ? メダカの事は僕が守って見せるからさっ! 任せておいてぇ」
本当は自分もビビリ捲りなくせに、いつも以上に大きな声で虚勢を張ったナッキ、そのやせ我慢を見抜いたかの様に、小さな体のメダカ達は再び声を揃える。
『無理しているのはナッキ様! 我々がお守りしますっ! メダカは断固、着いていくのですっ!』
だそうだ。
何とか思い止まらせる為の言葉を捜しているナッキの横で、ヘロンがドラゴに話し掛ける。
「それにしてもこの敵意、やはりこの水路の先にいる『ニンゲン』は『抵抗者(レジスタンス)』とは全くの別物、そう言う事なんだろうな」
ドラゴは頷いて返したがその表情は沈痛そのものである。
「ああ、そうとしか考えられないだろう…… なあヘロン、お前はあのメンバーの誰かと絆、『存在の絆』を結んでいたのか?」
「私はペジオ様だけだ…… そう言うお前はどうなんだ、遠征組に属していたのだから多くのメンバーと存在を分かち合っていただろう?」
ヘロンの問い掛けに直ぐには答える事無く、ジッと動きを止めていたドラゴはややあってから羽音を再開して答える。
「繋がらない、な…… 『六道(りくどう)の守護者』に属していたとは言え内偵や隠密を主としていた私はそれ程多くの絆を結んでいた訳ではないが…… 十数年前、後方待機を命じられたまま連絡が付かなくなって以来、相変わらず『存在の絆』の呼び掛けには何の反応も無いままだ、ジロー様もユイ様も…… リエ様や幸一様も……」
「そ、そうか……」
凶悪なモンスターの討伐を主たる任務にしていた『六道の守護者』。
その中心的なメンバーとの連絡が途絶した……
最も考えうる可能性を口にする事は流石に憚(はばか)られたのだろう、ヘロンは短く返したきり会話を打ち切ろうとした。
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