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第3話 ノクターンの影
午前9時28分。
新宿西口地下駐車場――。
閃光が消えた後の空間は、まるで息を潜めるように静まり返っていた。
白い煙の中、黒瀬鷹真は片膝をつき、銃口を上げる。
正面の影が、ゆっくりとこちらへ歩み出た。
「警視庁捜査一課、黒瀬鷹真だ。……その装置を置け」
男は無言のまま笑った。
マスクの下から漏れた声は、歪んでいるのに、どこか整然とした抑揚を持っていた。
「ゼロディヴィジョン――その名を聞くのは、久しぶりだ」
「……何?」
男はゆっくりと右手を上げ、手にしていた装置のスイッチを押す。
爆発ではない。
周囲の照明がすべて落ち、代わりに頭上の電光掲示板が光った。
“ようこそ、ゼロへ。
東京を解放するためのカウントダウンを、共に楽しもう。”
次の瞬間、男の足元から煙幕が弾ける。
黒瀬が突き進むが、そこにはもう誰もいなかった。
「……チッ、逃げたか」
無線の向こうで神城の声が鋭く響く。
『黒瀬、退避しろ! 地下区画が封鎖される!』
頭上の鉄扉が降りてくる音が響いた。
黒瀬は滑り込みで通路を抜け、出口へ飛び込む。
背後で扉が完全に閉ざされた。
一方その頃、警視庁本庁・特捜指令室。
氷室悠真はディスプレイに並ぶ膨大なデータをにらみつけていた。
「……やはり、誰かが内部からアクセスしてる」
神城が振り向く。
「内部?」
「そうだ。ノクターンが使っている通信経路の一部が、警視庁のサーバを経由している」
沈黙。
神城の表情がわずかに強張る。
「つまり、警察内部に協力者がいると?」
氷室は短く頷いた。
「データの改ざん痕跡は極めて巧妙だ。
だが一箇所、奇妙な署名が残っていた――“Epsilon(イプシロン)”」
「コードネーム、か……」
黒瀬の声が無線に乗る。
「氷室、それはノクターンの幹部か?」
「いや……正確には、ノクターンが崩壊する直前までリーダーだった人物の名だ。
3年前、死亡が確認されている」
神城は眉をひそめた。
「死んだはずの男が、今も動いていると?」
「もし生きているなら――今回の事件は“再起動”だ」
午後0時。
新宿都庁前の屋上。
冷たい風が吹き抜け、街の喧騒が遥か下で震えている。
神城は携帯端末に届いた映像データを見ていた。
先ほど黒瀬が遭遇した、マスクの男の映像。
その瞳の奥に、どこか“知っている光”を感じた。
(……まさか、あの時の――)
氷室が背後に立つ。
「顔認証にかけたが、結果は“該当者なし”だ。
ただし、声紋データが一致した。……Epsilonだ」
神城は黙って空を見上げた。
灰色の雲の隙間から、太陽がかすかに顔を出す。
「“死んだはずの男”が生きているなら、
死んだはずの“真実”も、まだそこにあるはずだ」
遠くでサイレンが鳴り響いた。
そして、無線に新たな通信が入る。
『こちら公安。都内全域で不審物が発見された。……場所は、東京駅だ』
氷室の目が一瞬見開かれた。
「東京駅……。そこが“中心”かもしれない」
神城は無言で拳を握る。
彼の瞳に、燃えるような決意が宿った。
「いいだろう。
“ゼロ”を名乗るなら、俺たちもゼロから叩き潰す」