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夕陽を背にカガリに跨り、見えてきたのは村の西門。だが、その様子はいつもとは違っていた。門扉が半分ほど閉まっていたのだ。
(あれ? 門限はまだなのに……)
その門扉を一生懸命に閉めようとしていたのは、冒険者ぎるどの支部長ソフィアである。
それは村の門番であるカイルの仕事のはずだとミアが物見櫓に視線を移すと、カイルは今まさにこちらを狙い、弓を引き絞っていた。
カイルは|狩人《レンジャー》であり、周囲の魔物を感知する索敵スキルを持っている。その範囲内にカガリを捉えれば、当然敵だと認識する。
ミアがそれに気付いた時、既に矢はカイルの手元を放れていた。
「――ッ!?」
ミアが直撃を覚悟し目を瞑った瞬間、カガリの身体が僅かに揺れると、矢はカガリをすり抜けていった。それはカガリが走りながらも、最小限の動きで矢を躱したからに他ならない。
物見櫓の上では、カイルが次の矢を引き絞る。
「やめて! 撃たないでえ!!」
ミアは手を大きく振り、これ以上ない大声を上げた。
それが届いたのだろう。カイルは弓を下げ、物見櫓から身を乗り出し目を見開いていたのだ。
ひとまずは安堵したミア。村の門が近づくと、カガリは少しずつ速度を落とし、なぜか座り込んでいるソフィアの前で足を止めた。
ソフィアはミアとブルータスを探しに出ていたのだが、カガリの気迫と威圧感に恐怖し、腰を抜かした。
「支部長! 大変です!」
ミアはカガリから降りて、それが敵でないことを説明したものの、ソフィアの耳にはまったく入っていない。
まるで、蛇に睨まれた蛙。ソフィアはカガリから目を逸らせなかった。
何度声をかけても返事をしないソフィアに苛立ちを覚えたミアは、緊急時だからと頬にバチンと平手打ちをした。
その顔を両手で掴み、グイっと自分の方に向けると大きな声で一喝する。
「カガリは味方です! 安心してください!」
顔は確かにミアを向いているのだが、目線は変わらずカガリのまま。
「カガリ。支部長が怯えてるから、少し下がってあげて?」
カガリが言われた通りに少し離れて腰を落とすと、場の緊張感をほぐそうと大きな欠伸を披露する。
そしてミアは、ソフィアとカガリの間に割って入ったのである。
「ね? 大丈夫でしょ?」
ソフィアも村暮らしはそこそこ長い方だ。少なからず冒険者と山に入ったこともある。
その経験から、獣に背を向けることが死を意味すると知っていて、そして今、ミアはカガリに背を向けている。
それは完全に信用したとは言わないまでも、ソフィアの止まった時間を動かすには十分だった。
「え、い……いったい何が……」
「すげえな……。魔物というより魔獣クラスだろ……。ミアが使役してるのか?」
物見櫓から降りて来たカイルは、警戒しながらもカガリを物珍しそうに観察する。
「いや……えっと……。ここではちょっと……。全部説明するので、とりあえずギルドに……」
様子がおかしいと感じた村人達が何事かと集まって来ていたのだが、皆がカガリを見て近づけないといった雰囲気。
「大丈夫だみんな。気にしないでくれ」
カイルが人払いを試みるも効果は薄く、誰一人帰ろうとする者はいない。野次馬とはそういうもの。
ひとまずはこのままギルドに行くしかないと、ミアはカガリに跨った。
「ソフィア。立てるか?」
「えっと……。こ、腰が……」
カイルは背中の弓や矢筒が邪魔をして、ソフィアを背負う余裕はなく、かといってこの場にその代役を頼めるような者はいない。
それを見かねたカガリは、ソフィアの服を咥えると、そのまま空中へと放り投げた。
「ひゃああああ!」
抵抗の余地すらなく宙を舞うソフィア。それは綺麗に空中で一回転。そしてカガリの背中に跨るよう見事な着地をして見せた。
サーカスもビックリの曲芸に、驚きのあまり皆が絶句していると、カガリは何食わぬ顔でギルドへと歩き出す。
「支部長。笑顔ですよ笑顔」
村の皆が見ているのだ。これはカガリが敵ではないと思わせるための丁度いい機会でもあった。
ミアが見本だとばかりに満面の笑みを浮かべるも、ソフィアの表情は硬く、無理矢理作ったぎこちない笑顔は逆に怖い。
「なるほど。ギルドの長であるソフィアが乗っていれば、村人のコイツに対する不安は軽減する。上手い事考えたな」
「そうだよ。カガリは頭いいんだから!」
ミアは自分の事のように自慢げに語り、胸を張る。
そんなミアの肩を握るソフィアの力は極端に強く、そこからは震えと共に緊張が伝わるほど。
「あの支部長。肩、痛いんですけど……」
ソフィアからの返事はなかった。
――――――――――
その夜、ギルド一階の食堂を貸し切って村の会合が行われた。
冒険者ギルド代表のソフィア、”村付き”冒険者代表のカイル、村長と自警団代表と自治会員が五人。それと情報元であるミアとカガリだ。
最初は皆カガリに縮み上がっていたが、話し合いがヒートアップするにつれ、ある程度はマシになる。
意見は三つに割れた。
情報が信用できない、否定派。
避難した方がいい、穏健派。
徹底抗戦、過激派。
議論は五時間にも及んだ。……にもかかわらず、意見は終始平行線を辿った。
「そもそも襲撃があるという情報自体疑わしい。情報の出どころの新人冒険者はこの場にいないし、信用できん」
「だが、ブルータスという”村付き”冒険者も姿を消したらしいじゃないか。全てが嘘というわけではないのでは?」
「情報の真偽はどうあれ、万が一のため避難するしかないだろう」
「避難? どうやって? 老人や子供には遠すぎる。大人でも最寄りの街まで丸一日かかるんだぞ」
「徹底抗戦だ! 戦うしかない! 冒険者にも手伝ってもらえれば何とかなるはずだ!」
こんなことは村の創立以来初めてのことで、話がまとまるはずもない。避難するのが最善かと思われたが、馬車の数が圧倒的に足りないのだ。
ギルド経由でベルモントの街に馬車の手配をしたところで、全員分は無理だろう。だからと言って徹底抗戦は現実的ではなく、相当な被害が予想される。
数だけなら村の方が一枚上手。だが、全員が戦闘の素人だ。門を閉めれば少しの時間稼ぎにはなるだろうが、相手だってバカじゃない。
明日はギルドの業務をすべてキャンセルし、緊急の依頼として『盗賊からの村の防衛』を打診する予定だが、少なくともシルバープレートの冒険者が数人は必要な案件だ。
報酬は高めに設定するが、こんな田舎に好き好んで受けてくれる冒険者がタイミングよく現れるとも思えない。
長時間の話し合いの末、最終的な結論は徹底抗戦に決まった。といっても、基本は籠城戦である。
逃げられなければ籠るしかない。襲撃のある夜まで、徹底的に門や柵の補強にあたり、戦えない老人や女性、子供はギルドに集めて防衛に全力を尽くす。
盗賊達は、おそらく東門から攻めてくる。西側はベルモントの街があるので、立地的に西側にアジトがある確率は低い。
ベルモントから来る冒険者に挟まれる可能性も考慮すると、戦力のほとんどを東側に集める作戦で会合は一旦の終息を迎えた。
それでも否定派は楽観的に考えているようで、そんな大人達にミアは苛立ちを隠せずにいたのだ。
――――――――――
会議の後、ミアはカガリと一緒にギルドの温泉へと向かった。
血で汚れたカガリの前足を丁寧に洗うミア。結局前足だけではなく既に全身泡だらけのカガリだったが、抵抗の意思を見せないのは、一生懸命に手を動かすミアの表情が曇っていたからに他ならない。
「どうしてみんな信用してくれないんだろ……」
ぽそりと呟くミア。カガリは人間の言葉を理解するが、ミアに獣の言葉は伝わらない。
ミアが呟いたのは先程の会合のこと。それはカガリには理解出来ない稚拙な集まりであった。
(意見を曲げない大人が大勢で話し合い、何になるのか……)
それをまとめる為のリーダーである村長は覇気がなく、詰め寄られると意見を変えてしまうほどの優柔不断っぷり。
獣の世界では長の言うことは絶対だ。たとえそれが間違った選択であったとしても文句は言わない。意見したければ自分が長になればいいだけなのだ。
「こんなこと言ったら怒られちゃうかもだけど、村なんてどうでもいいんだ……。でも、村を助けないとお兄ちゃんも助けられないから……」
それにはカガリも同意見。村のことなど知ったことではなく、主とミアを守ることこそがカガリにとっての最優先事項。
だが、ミアとカガリの力を合わせても、あの土砂を撤去するには力不足。他の人間の助けが必要なのだ。
「よし。あとは流すだけ!」
綺麗になったカガリに満足そうな表情を向けるミア。風呂桶で泡だらけの体を洗い流し、タオルでわしゃわしゃと拭きあげる。
カガリにとっては、水切りなど身体を震わせれば容易いのだが、そうしなかったのは、そのタオルに覚えがあったから。
それは二人に助けられた後、部屋で目を覚ました時に包まっていた物。そこには僅かながらに自分の匂いが残っていた。