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帝國図書館の奥まった一室
尾崎紅葉は未完の絶筆『金色夜叉』の原稿を前に静かに目を閉じていた
そこへ盆に乗せた茶を持った泉鏡花が音もなく入ってくる
「先生…また根を詰めていらっしゃる」
「お体に障りますよ」
鏡花の声は慈しむような響きを帯びている
彼は生前師の死後もその命日も欠かさず守り、師の意志を継ごうと必死だった
「鏡花か……いや、あの日我の命が尽きた時に止まった貫一とお宮の時間がここでなら動かせる気がしてな」
紅葉が力なく笑うと鏡花はそっと師の手に自分の手を重ねた
「あの日僕達は皆途方に暮れました」
「先生のいない文学界は明かりの消えた夜道のようで…僕は先生に褒めていただきたくて、ただそれだけで今日まで筆を折らずにいたのです」
鏡花の瞳に溜まっていた熱いものが滲む
そこへ少し気まずそうに徳田秋声が顔を出した
「秋声、お前も随分遠くへ行ったようだな」
「我の教えを壊してお前自身の言葉を掴んで…見事だったぞ」
紅葉の言葉に秋声は一瞬言葉を失い視線を泳がせた
「別に…認めてほしくて書いたわけじゃないです」
ぶっきらぼうな言い草
けれどその指先は微かに震えている
紅葉は2人の門下生を左右に引き寄せ満足げに頷く
「さぁ鏡花、秋声。お前達の作品を我に聞かせてくれ」
「夜明けまでたっぷり付き合うぞ」
かつて紅葉邸で繰り広げられたあの熱い文学談義が今再び始まる
窓の外にはあの日紅葉が見ることのできなかった『続きの明日』がどこまでも明るく広がっていた
私が書きたかっただけの尾崎一門のお話
付き合ってくださりありがとうございます