テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「あ、いいな、お祭りだ」
MV撮影の休憩中に涼ちゃんがふと遠くの方をみながら呟く。
「え?どこ?」
「あの高台の、神社のとこ。ほら、提灯さがってる、きっと今日お祭りなんだよ」
いいなぁいいなぁ、長いこと夏祭りなんて行ってないなぁ、と涼ちゃんは心底羨ましそうに声を上げた。
「夏祭りにしては遅くない?もう9月半ばだけど」
「えー、そうなの?俺詳しくないけど。でも神社のお祭りとかだとこれくらいの時期にもやってるよ」
そうなのか、と俺は頷く。まぁ今日も最高気温は33度。気分的には残暑どころか全然夏真っ盛りって感じだけれど。なんでこんな日に撮影スケジュール組んじゃったかな、しかも外で。
「忙しいのもあるし、なんていうか気軽にそういうとこふらっと行けなくなっちゃったよね」
顔が売れるってのはありがたい話なんだけどね!と慌てたように付け足す彼の表情はどこか寂しげだ。今日の撮影は俺と涼ちゃんだけでそれぞれ個別のパートを撮っており、夕方までの予定だ。俺の方が長くかかるだろうけれど、彼のことだからきっと待っているつもりだろう。ふと思いついたことがあり、スタッフに耳打ちをすると、少し驚いたような顔をしてから、すぐに楽しそうな表情を浮かべて了承してくれる。どうせ暗くなり始めたら撮影はできないのだ、早めに進めてしまうのに越したことはない。ついでに俺は自分の休憩時間を巻いて、早めに自分のパートを撮ってもらうことにした。
無事撮影が終わり、帰り支度をしている涼ちゃんに
「ね、さっきのお祭り行ってみようよ、せっかく早く終わったんだしさ」
と声をかけると、えっ、と涼ちゃんが驚いて目を丸くする。
「でも、もし僕らだってバレたら……」
不安そうな彼に先程スタッフに頼んで買ってきてもらったものを差し出す。
「そういうと思ってこれ。これなら俺たちが誰かなんて分かんないでしょ」
「お面……?」
うわぁなつかしいなぁ、と涼ちゃんが目を丸くしながら口元を緩ませる。渡したのはよくお祭りの屋台で売られているプラスチック製のお面だ。
「昔お祭りに行くとだいたいねだってたなぁ〜」
「アンパンマン?」
「それ本当に小さい頃ね、戦隊ものが多かったよ」
これは元貴のチョイスなの?と涼ちゃんが掲げてみせたふたつのそれは、よくある白い狐のお面とアンパンマンのお面。どっちにどっちのつもりで買ってきたのかぜひ買いに行ってくれたスタッフを問い質したいものだ。
「……なんでもいいよって言っちゃったんだよ、目立たなそうなやつって」
「大人がアンパンマンは目立つんじゃない……?」
不思議そうに首を傾げる彼に思わず吹き出してしまう。
「大丈夫だよ、涼ちゃんなら全然違和感ないって」
それってどういう意味〜?と不満そうに声を上げる彼の手から狐のお面を取り上げ、さっさと被ってしまう。
「わっ、似合う!」
涼ちゃんが嬉しそうに声を上げた。こういうのって結構視界狭まるんだ。
「似合う?」
こてん、と首を傾げてみると
「わぁ〜雰囲気出る、すごい、お祭りみたい」
と彼は嬉しそうに軽く飛び跳ねた。
「お祭りみたい、じゃなくて本当にお祭りに行くんだよ。ほら、涼ちゃんも早くお面つけて」
俺は苦笑しながら、彼が手に持っているプラスチック製のそれを軽く指で弾いた。
小さな神社のお祭り、と侮っていたが人手はなかなかのものだった。境内を埋め尽くす人、人、人。うっかりすれば人の波に飲まれてはぐれてしまいそうだ。案の定涼ちゃんは、おっとっと、とか言いながら人に行く手を阻まれて動けなくなっている。
「なにしてんの、行くよ」
俺は彼の手首を掴んで、さっさと歩き出した。
「すごぉい、お祭りだ……」
何年ぶりだろ、と彼は周りをきょろきょろと見回しながら俺に手を引かれている。まさに幼児のそれだ。
「わぁ……やきそば、フランクフルト、チョコバナナ……」
食べ物ばっかりじゃないか、と俺はお面の下で呆れて笑ってしまう。
「ヨーヨー釣りは?したいんじゃないの?」
ヨーヨーの看板を見つけて、指をさしてやると、彼は「わっ!ヨーヨー釣りしたい!!」とぴょこぴょこ跳ねながらついてくる。も〜、ガキじゃんか。
「俺ね、ヨーヨー釣り得意なんだよ」
涼ちゃんは渡された紙製の釣具を顔の前に掲げてみせる。お面をしてなかったらきっとドヤ顔をしていたに違いない。仕方が無いとはいえ、そういう表情がまったくみれないのは残念なものだった。
「元貴のぶんまでとってあげるね」
嬉々として彼はそれを水に浸す。ビニールプールには色とりどりのヨーヨーたちが所狭しと浮かんでいる。その中で彼は赤色のヨーヨーを上手いことひっかけたかと思うと
「あっ」
それはぼちゃん、と間抜けな音を立てて水に落ちてしまった。
「くぅ、おじさん、もう1回」
お面をつけているのに悔しそうな表情をしているのが簡単に想像できる。
「待って待って、俺がやる」
おじさんに100円玉を渡し、釣具をもらう。俺は自分のすぐ側にぷかぷかと浮かんでいた黄色のそれに狙いを定めて、さっと引っ掛けた。
「わっ!やった!」
真っ先に声を上げた涼ちゃんは、すごいすごいと嬉しそうにパチパチ手を叩く。もう一個くらいいけるかな、と思ったけれど、紙の部分はもう湿っていて、使い物にならなさそうだった。
「はい、あげるよ」
黄色のそれを差し出すと、涼ちゃんはいいの?と首を傾げながらそれを受けとり
「ありがとう〜」
と明るい声を上げる。あぁ、きっといい笑顔してんだろうな。
「よーし、じゃあ今度こそ俺も赤いの釣り上げてみせる!」
「えっ?まだやんの?」
俺が1個取ってあげたんだし、それでいいじゃないかと怪訝に思いながら彼に聞くと
「えー……だって、赤いの欲しい……」
駄々っ子かよ、と呆れながらため息をつく。
「どうせ1週間も経てばしぼんじゃって捨てるんだから、ふたつも要らないでしょ」
「うう、捨てないもん……」
そうやってものを捨てないから部屋がなかなか片付かないんだろ、と言いたくなるのをぐっと堪える。すると、俺がなにか言いたげなのを察したのか、彼はちょっと寂しそうに俯いて
「だって、だってさ、黄色があるなら赤も一緒がいいな」
あぁなんだ、そういうことか。彼の可愛らしい思惑に気づいた俺は、口元が緩むのを感じながら、どうせ誰にも見えないしいいかと開き直る。
「青はなくていいの?若井が拗ねるよ」
そういうと、彼はぱっと顔を上げた。
「ふふ、たしかに!じゃあ青もゲットしなきゃ」
やれやれ、と俺は肩をすくめる。わがままな恋人を持つと大変なものだ。
かくして涼ちゃんはいま、左手に赤、黄、青のみっつのヨーヨーを提げ、右手にはわたあめを手にして歩いている。無事に赤と青のヨーヨーを(俺が)ゲットした後に、また露店をふらふらと見て歩いていたところ、涼ちゃんが足を止めたのはわたあめの露店の前だった。
「お祭りといったらさ、わたあめだよね」
似たようなセリフを今日は何度も聞いている気がする。さっきそんなことを言って買ったたこやきのパックを右手に持ち、左手にはヨーヨー。文字通りの手一杯だ。
「わたあめなら元貴も食べれるよ」
なるほどね。さっきりんごあめの前で足を止めかけたのに買わなかったのはそういうことか。
「でも涼ちゃんたこやき買ったじゃない。手もいっぱいでしょ」
「……元貴は、右手にやきそば持ってるから、左手が空いてるね?」
それはふらふらどっかいっちゃうお前がはぐれないように捕まえておくためです。しかし彼はこちらの言い分なんて耳を貸しもせずに、たこやきのパックを俺に押し付けてわたあめを買いに行ってしまう。お、お兄ちゃんかわいいお面つけてんなぁなんておっちゃんにからかわれて、彼は、いいでしょ〜わたあめおっきいのひとつね、なんて人懐っこさを発揮している。
「うわぁ〜みてこれ、ふわふわ!おっきい!」
戻ってきた涼ちゃんは彼の顔よりも随分大きいそれを得意げにみせてくる。人前ではお面をはずせないからと俺たちは人の少なそうな場所を探して人混みをかき分けていく。はぐれないようにと先を歩く彼のその歩調にしたがって、ふわふわの大きなわたあめも揺れているのが肩越しに見える。神社の裏手には遊歩道らしき道があり、そこを少し上がっていけば、すっかり祭りの喧騒からは別世界といった風だった。遊歩道に設置されているベンチに腰をおろす。
「っはぁ〜、楽しいけれど息苦しいね」
涼ちゃんが頬を上気させて、外したお面を使ってぱたぱたと顔を扇ぐ。
「でもさすがにここまでは人来ないか」
へへ、早速食べちゃおう、と言って涼ちゃんは嬉しそうに、わたあめに顔を埋めるようにして食いついた。
「ふふ、あまーい」
無邪気にわたあめを食べている彼の横顔をみていたら、今日は連れてこれて良かったなと改めてそんなことを思う。あぁ、思いっきり顔を近づけるもんだから、口の周りまでべたついてら。
「はい、元貴も」
そういって白いふわふわのかたまりを差し出される。ありがと、と言ってふわふわの端っこを指でつまんで引っ張ると、繊維がはがれるみたいにしてうすべったくわたあめがちぎりとられる。
「そのままかじってよかったのに」
「やだよ、口の周りべたべたになるじゃん」
え〜それもわたあめの醍醐味だよ、と涼ちゃんはまたわたあめをぱくつく。俺もちぎりとったそれを口に運んだ。ふわふわとしたそれは口の中に入れた途端にあっという間に溶けて消え、柔らかな甘さだけを残していく。今日は気温だけでなく湿度も高いせいか、外気に触れているだけで溶けてしまうのだろう。ところどころ濡れたようにして溶け始めてもいる。残りも口に入れて、僅かながらに残る砂糖の塊を舌の上で転がす。少しだけ指がベタついていて、舐めとってしまおうと舌を這わせたが、甘さが残る口内のせいか、唾液がなんだかいつもより粘度を増している気がした。
「元貴、もうちょっと食べなよ」
涼ちゃんがだいぶその体積を減らしたわたあめを俺の顔の前に差し出す。もういいか。どうせ後で手を洗いに行くのだし、そのついでに顔も洗えばいい。俺はさっきの涼ちゃんを真似るようにして、わたあめに食いついた。この方が、甘さが口いっぱいに広がる。
「ふふ、べたべただ」
涼ちゃんが俺の頬に触れる。視界の端で3つのヨーヨーが仲良く揺れた。俺はその手をとってそのまま唇を重ね、舌を絡ませる。甘い。甘くて、べたべただ。
「元貴」
唇をはなすと、顔を赤らめながらも窘めるように涼ちゃんが俺を見た。
「大丈夫だよ、誰もこんなとこまで来ないから」
微妙に残っているわたあめを口に含み、あっという間に溶けてしまうそれを彼と分け合う。キスはだんだんと深いものへと変わっていく。きっとたこやきは冷めてしまうから、あとで涼ちゃんに文句を言われるんだろう。
いつの間にかまとわりつくような熱気は消え去り、温度の下がった風が俺の頬を撫でた。
夏が終わる。
※※※
現実は夏これからなんですけどね
久しくお祭りとかいってないな〜
明日から新しい中編を更新します
ちょっと今までとは違うジャンルですがお楽しみいただけたら嬉しいです!
コメント
9件
あまあまですねぇ🫶🫶🫶最高です👍👍👍👍👍
かわいい、、特に涼ちゃんがかわいすぎて、、、 ふたりがお忍びでお祭りいったら本当にこんな感じで楽しんでそう~
💛ちゃんのアンパンマン、似合いそう!と思っちゃいました笑 メンカラのヨーヨーも良すぎます🤭 浴衣2人に着てほしいです🫶