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私達の住む地球。その地表を覆う広大な海の底に広がる街。それが『東京』だ。
今から約三千年前、海底火山の噴火によって隆起して生まれたこの街は、海面上昇と共に陸地を広げていった。現在、かつての海岸線のほとんどは埋め立てられて新たな都市となっている。かつて海だった場所に建設された人工島の上に作られた新都心や、海上に浮かぶ巨大建造物群。そうした都市のいくつかでは、今もなお旧時代の遺構が残されており、人々はそれらを観光として訪れていた。
そんな時代において、『東京』の地下深くにも、地上と同じ様な都市が広がっている事を誰が想像できるだろうか? そこは太古の昔に作られた地下道や坑道がそのままの形で残り、そこに人々が住み着いて形成された都市である。地上の都市とは違った発展を遂げてきたそこを人はこう呼んだ……『奈落の街』と―――。
『東京』の中心にある巨大な縦穴。そこには遥か昔から謎の空洞が存在し、その中には未知の空間が広がっていた。その謎に包まれた深部へと続く縦穴こそが、私の所属する探窟隊の拠点でもある。今日も私はいつもの様に、相棒のラキシュと一緒に遺跡の探索へと向かったのだが……。
(おかしいなぁ)
奇妙な違和感を覚えながら、私は自分の手元を見つめていた。
視線の先には、先ほど拾ったばかりの遺物があった。それは、奇妙な形のペンダントだった。
『えっと……これかな?』
そう言って、拾い上げた物を目の前に掲げてみる。
それは、銀色に輝くロケット型のペンダントであった。首にかける部分は鎖状になっており、そこには鍵穴のような物が二つついている。
その二つの鍵穴を見つめながら、僕は思わず首を傾げた。
こんな鍵見たことが無い。そもそも、これが本当に開く物なのか分からないのだ。
だけど、これは間違いなく重要なアイテムに違いない。なぜならば、ここに書かれている文字は明らかに日本語ではないからだ。
それにしても不思議な文字だと思う。アルファベットやハングルとも違うような気がするけど、英語にも見えない。少なくとも、僕の知っている言語ではないように思える。
そんな事を考えつつ、僕がしばらくぼんやりしていると……不意に、目の前にいた白衣の男が立ち止まった。
「さて、到着しましたよ。あなた方がこれから暮らすことになる場所です」
そう言って彼が指差したのは、壁だった。いや正確には壁に埋め込まれた大きな扉だ。かなり頑丈そうな金属板によって作られたそれは、明らかに普通の人間では開けられなさそうだ。
しかし白衣の男は、その金属製の大きな扉に手をかけると、そのまま軽く横に引いた。重々しい音を立ててゆっくりと開いていく扉の向こう側には――。
「……ふぅん?」
『はい』
目の前に置かれた皿の上に載った白い物体を見つめながら、ぼくは小さく呟いた。
テーブルを挟んで向かい側に座っている黒い髪の女性――レイスは、「いただきます」と手を合わせると、フォークを手に取ってその白へと突き刺した。そのまま口元まで運び、ぱくりとかぶりつく。もぐもぐごくんと飲み込む音がして、彼女は満足げな表情を浮かべて言った。
「うん、おいしいね!」
『ありがとうございます』
そう言って頭を下げるレイスに、リーベリは呆れたように息をつく。
「まったく……。私としてはお前のような子供が危険に晒されることの方が心配だよ。
それにしても、こんな時間に何をしているんだ?」
「えっと、その……眠れなくて……」
気まずげにもごもごと口を動かすリーベリを見て、彼女はやれやれといった風に首を振った。
「全く……仕方がないなぁ。ちょっと待ってろ」
彼女が立ち上がって奥の部屋へと消える。少しして戻ってくる。その手に握られていたものは……
「ほら! 見て!」
差し出されたそれは、一本の花だった。
真っ白な百合のような花弁を持つ花は、どこか神秘的な雰囲気を放っていた。
「これは……?」
「さっき見つけたのよ。すごいでしょう? こんなところに咲いてたなんてねー」
確かに、この場所に咲くような花ではないことは一目瞭然だった。
それどころか、このような場所に自然が存在するのかすら疑わしいのだ。
しかし、そんなことよりも気になることがあった。
「……君はこれをどこで拾ったんだい?」
そう訊ねると、彼女はきょとんとした表情を浮かべて答えた。
「えっとね……確かあっちの方かなぁ。なんか変な雰囲気の場所があってね、そこに生えてる木みたいなやつの根元にあったわ」
そう言って指差したのは、ここから一番近い場所に位置する大きな木であった。
「ねえ、これなんだと思う?」
「……そうだな」
僕はその花を観察しながら答える。
「……見た感じだと普通の植物みたいだけど、それにしてはあまりにも綺麗すぎる気がするんだよねぇ。だからと言って、人工物とも考えにくいけど……」
僕が悩んでいると、ナナシが小さく笑みをこぼした。
「ふふっ、やっぱりかわいいわねー、この子は」
「……?」
薄暗い部屋の中、椅子に座って本を読んでいた女性がそう言って笑う。
その視線の先にいるのは、一人の少年だった。
年齢は十歳前後といったところだろうか。幼さが残る顔立ちや華奢な身体つきからもそれは窺える。
ただ一つ違うのは――彼の頭の上に猫のような耳が付いていることだった。
少年の名はラビトット・シェルリング。
この『深界』と呼ばれる場所で暮らしている孤児の一人である。
「ねぇ、あなたの名前はなんていうのかしら? わたしはレイスよ。よろしくね」
「……」
レイスは穏やかな笑みを浮かべて問いかけるが、少年は無表情のまま口を開かない。
その様子を見て、レイスが困ったように眉尻を下げる。