テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
もちぷよ
46
やわしゅん狂
247
はる☻
45,450
吉田さんがそそくさと逃げ去るのを見送った直後、さっき定食屋でしゅんと一緒に座っていた営業部の先輩が、陽気に声を上げながら歩いてきた。
「あー!! 噂の経理部のかわいい子やん!! こいつさぁ、俺に全然紹介してくれんのよ!」
「あ…お疲れ様です」
「おう!」
フロアや廊下ですれ違うたびに何度か挨拶をしたことはあったけれど、こんな風に面と向かってちゃんと話しかけられるのは初めてだった。
すごく元気いっぱいで、ひまわりみたいに底抜けに明るい人だなぁ、と圧倒される。
「もう、だいちゃん! 勝手に握手しようとすんなや!!」
電話を終えたしゅんが、もの凄い形相で割って入ろうとするのを、その先輩は片手で器用に押し返した。
「なんでなん? ええやん! 俺、だいち! 塩﨑太智! 改めてよろしくな、柔太朗!」
人懐っこい笑顔で差し出された右手を、僕は戸惑いながらも握り返した。
おぉ、ちょっと握る力が強いかもしれない。
でも、そこに嫌な下心や悪意が一切ないことは、彼の真っ直ぐな表情からすぐに伝わってきた。
「俺な? じゅうちゃんとずっと話してみたかってん!!」
「え? 僕とですか?」
「せやで〜! ふふんっ!」
「それは…光栄です、?」
あまりの怒涛のハイペースにどう返答していいのか困り、語尾が完全に疑問形になってしまった。
しゅんはまだお客さんとの用事が残っているのか、再びスマホを耳に当てたまま僕から塩﨑さんを遠ざけようと、必死に体ごと間に入ってこようとしている。
「ちょっと! しゅんちゃんなんなん? 邪魔せんといて! ほら、はよオフィス戻って次の対応してこなあかんのやろ? はよ行き!!」
太智くんに背中をバシバシと叩かれ、しゅんはしぶしぶとオフィスの中へ戻って行った。
別れ際、最後の最後まで僕のことを心配そうな、焦るような目で見つめていたけれど、彼は仕事に対してはかなり真面目だからこればかりは仕方がない。
「はぁ〜! 邪魔者がいなくなったわぁ! なぁ、柔太朗くん?」
にぱっと明るい笑顔を向ける太智くんにつられて、僕の緊張もふっと解け、自然と笑顔がこぼれる。
すると太智くんは急に僕の顔を覗き込んだかと思えば、僕の両頬をその温かい両手で包み込んでむぎゅっと挟み込んできた。
「ほんま天使やん!! なぁ俺ら、今から友達なろうや!」
「ちょ、は、はにゃしてくだしゃい〜っ」
「ふははっ、じゅうちゃんかわええ〜!」
そう言って、彼は僕の頬をもちもちとお餅でもこねるみたいに弄んでくる。
男の人にこんな風に触られたら身構えるはずなのに、不思議と不快感はなくて、僕はなす術なくされるがままにもちもちされていた。
他人に急に距離を詰められると無意識に警戒してしまうのに、なぜか嫌な感じがしない。
不思議だった。
「あはは! そこ普通に抵抗せなあかんやん」
太智くんはケラケラと笑いながら、やっと僕の顔から両手を放してくれた。
僕は少し赤くなった自分の頬を手のひらで撫で、口を尖らせながら抗議した。
「もう…塩﨑さん、なんなんですか急に! びっくりしたじゃないですか」
「うーわっ、なんなんその怒り方! かわいすぎやろ!! 俺、絶対お前と友達になるわ! な? ええやろ?」
もの凄い熱量と圧を放ちながら、僕の手をぎゅっと握りしめて、上目遣いでぱちぱちと瞬きをする。
そのあまりにも愛らしい姿に、僕は思わず吹き出してしまった。
「ちょっ、ふははっ! なんすか塩﨑さん! そんな可愛い顔で見つめないでくださいよ〜」
「ふふーんっ!! で? ええん? 友達になってくれるん?」
「ぼ、僕でよければ」
そう答えたとたん、勢いよく「ぎゅーっ!」という効果音が付きそうなほどの勢いで、正面から強く抱き着かれた。
……なんていうか、この人、結構好きかもしれない。
しゅんの重すぎる独占欲や、はやちゃんへの歪んだ依存。
そんな息の詰まる関係性の中で、この太智くんの裏表のない無邪気さは、砂漠のオアシスみたいに面白くて心地よかった。
「俺のことだいちゃんって呼んでな? 歳、近いんやから敬語なしのタメ口でええから! あ、俺も柔太朗かじゅうちゃんって呼ぶなぁ〜!」
「すっごい早口…! 本当に、敬語なくていいんですか?」
「ええでええで! 柔太朗にはむしろ、今すぐタメ口で来てほしいわ!」
「ふふ、じゃあ遠慮なく…だいちゃん、よろしくね」
「えー! めっちゃ嬉しいわぁ! あ、この際やし連絡先交換せん?」
「うん、しよ!」
すっかり太智くんの弾丸ペースに巻き込まれている。
でも、それが不思議とすごく心地よかった。
お互いのスマホを差し出し、QRコードで連絡先を交換する。
ちょうどお昼の休憩終了を告げる予鈴のチャイムが遠くで鳴り響いたので、僕たちはオフィスに戻るために歩き出した。
「じゅうちゃん、またな!! 絶対連絡するし、今度飲みにいこなぁ!」
「うん! またね、だいちゃん!」
会社の玄関口で手を振り合い、それぞれの部署へと別れる。
これまでちゃんと話したことはなかったけれど、まさかこんな形で一気に距離が縮まるなんて思わなかった。
しかも、たぶんめちゃくちゃ良い人だ。
どんよりと曇っていた僕の心に、すっと温かい光が差し込んだみたいに嬉しくなる。
僕はるんるんとした軽い足取りで、経理部の自分のデスクへと戻っていった。
to be continued…
コメント
1件
