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るんるんとした軽い足取りで経理部のデスクへと戻り、席に座るや否や。
ガタガタとキャスターの音を荒々しく立てて、パーテーションの向こうから吉田さんが勢いよく近づいてきた。
「おい、山中。なに一人でハッピーなオーラ撒き散らしてんだよ。こっちはさっき、あいつに殺されそうな目で睨まれたってのに」
ジトッとした、心底不満そうな目を向けてこちらを睨んでくる。
「え〜?吉田さん本当に睨まれたんすか?気のせいですよ」
「本当に、も何もあるかよ!」
正直、しゅんが会社の先輩や目上の人に対して、そんな不穏な態度を取るとは僕にはどうしても思えなかった。
「いや、マジだって。社内で有名な話だぞ? お前に無駄に近づく奴は、男だろうが女だろうが容赦なく潰されるって噂」
「はぁ?何すかそれ〜、都市伝説か何かですか?」
「いやいや、気付いてないの世界中でお前だけじゃねぇの?だからお前の周り、同期も全然近づかないだろ!」
「え……?どういうことっすか?」
「お前がモテねぇわけないだろ!その無駄に整った顔でよ!!」
「え、いや、僕は暗いし、愛想悪いし…。だから友達もできないのかなって、普通に自分のコミュ力のせいだと…」
「けっ!!お前、無自覚な嫌みかよ!そんなお人形さんみたいな顔してよ〜」
「いや…、まぁ……」
「うーわっ、マジで腹立つな!!!」
「でも、吉田さん。さっき言ってた『容赦ない』っていうのは、具体的にどういう意味っすか?」
吉田さんは悔しそうに身悶えしたあと、急にトーンを低くして僕のデスクに身を乗り出した。
「あ〜……例えばだけどさ。覚えてるだろ?半年前、お前にやたらベタベタ触ってきてた営業部の女」
「あぁ……伊藤さん。あの人、距離感が近くて、ちょっと苦手でした……」
「あの子のお前へのアプローチ、あからさまだったもんな〜。あの子、ある日急に依願退職扱いで辞めただろ?その件も裏で糸を引いてたのは曽野だって噂だぞ」
「は?えぇ〜?……そんなの、一社員のしゅんが出来るんすか?」
「なんかさ、あの子が既婚者の上司とホテルに入る密会場面の写真が、SNSに匿名アカウントで一時期拡散されたのが社内で大問題になったんだよ。そんで、その元データを会社にチクった匿名アカウントの発信元が曽野の端末だったって噂」
「いや流石にそれはただのタチの悪い噂じゃないですか……」
「いやいや、まだあんのよ。お前、これが偶然だと思うか?」
「え……?」
「この間、急にトカゲの尻尾切りみたいに子会社に左遷された、前経理部の佐々木部長。あのハゲ、飲み会の度にお前にあからさまなセクハラまがいなこと、連発してただろ?」
ドクン、と胸の奥の傷が嫌な音を立てて疼いた。
「あれは……まがいっていうか、もう、完全にアウトでしたけど……」
思い出すだけで吐き気がする。
大学時代のあの事件の恐怖が脳裏をよぎり、一瞬だけ呼吸が浅くなる。
「え、何……?やっぱ、あの日の飲み会、マジでまずかった?佐々木の野郎、お前に何したわけ??ずっと気になってたんだよ」
吉田さんが、痛ましいものを見るような目で僕の強張った顔を覗き込んできた。
あの日――。
それは、僕たちの部署での大きな飲み会があった夜のこと。
いつもなら吉田さんが必ず僕の隣をキープして、セクハラ発言や不要なスキンジップをブロックしてくれるのだが、その日は運悪く彼に急用が入ってしまい突然来られなくなってしまったのだ。
僕は幹事だったため逃げるわけにもいかず、仕方なく出席した。
吉田ブロックの使えなかったその夜、佐々木部長は僕の隣にぴったりとくっついて離れてくれなかった。
彼の行動は酒が進むごとにどんどんとエスカレートしていき、僕は断りきれずに大量のお酒を無理矢理飲まされ、完全に酔いつぶれてしまったのだ。
そんな僕を「家まで介抱する」という名目で、部長は一緒にタクシーに乗り込み、危うくそのままホテルに連れ込まれそうになった。
幸い、たまたま近くの通りを歩いていたしゅんが異変に気づいてタクシーを止めて助けてくれたため、間一髪で最悪の事態は免れたのだ。
タクシーの薄暗い車内で、太ももを這い上がってきたあの手の不快な動きと、耳元に迫ってきた気持ちの悪い唇の感触は今でも鮮明に覚えている。
「いや…あの、それは……、」
正直思い出したくもない記憶に、喉の奥が詰まる。
「……わりぃ。言いたくないよな。思い出しちゃったか?ごめんな?」
「あ、はい…。すみません、慣れてるんで大丈夫なんですけど……」
「謝んなって。お前もほんと大変だな……。俺が近くにいられれば、ちゃんと最後まで守ってやれたんだけど……」
「……何言ってるんすか。吉田さん、いつも守ってくれてるじゃないっすか」
本当に、心からそう思っていた。
口は悪いし分かりにくいけど、何だかんだいつもさりげなく一番近くで守ってくれているのだ。
「あぁ…、い、いや、それはお前の気のせいじゃね!?」
急に褒められたのが恥ずかしくなったのか、吉田さんは一気に顔をゆでだこみたいに真っ赤にして、しどろもどろになり始めた。
意地悪ばかり言うけれど、根は本当に優しくて、いつも僕のことを気にかけてくれる。
「吉田さんが同じ部署にいてくれて、僕、まじで良かったっす」
本音を真っ直ぐに伝えると、吉田さんはもう限界だとばかりに耳の裏まで真っ赤に染め上げた。
「お、おう!!!とにかく!!俺が言いたいのは、曽野にはマジで気をつけろってこと!! あいつの優しさ、普通じゃねぇからな!」
あたふたしながらも、彼は威厳を保とうとするように仁王立ちで腰に手を当て、僕の鼻先をビシッと指差しながらまくし立てた。
「は、はぃ……」
彼のその物凄い勢いに気圧されて、僕はされるがままに返事をした。
けれど……気をつける、と言われても。
一体、彼の何をどう気をつければいいのだろう。
伊藤さんのことも、佐々木部長のことも。
もしその噂が本当なのだとしたら…。
しゅんは僕を傷つける存在を、僕の知らないうちにすべて『排除』してくれていたということになる。
それは恐怖というよりも、僕にとってはあまりにも重くて、あまりにも狂おしいほどの歪んだ愛情の証明のように思えてならなかった。
就業時間を告げる午後のチャイムが、オフィスの天井から静かに鳴り響く。
僕はシャツの隙間に隠された首元の赤い愛痕へとそっと指先を這わせながら、彼が迎えにやってくる今日の夜の約束を想い、胸の奥を激しく波立たせるのだった。
to be continued…
コメント
2件
またまたコメント失礼します&更新ありがとうございます🙇♀️!ほぼ毎回コメントしてますね…それはそうとなんかだんだん堕ちてる気がします、、まあ早く堕ちて欲しいんですけどね()なるべく早く更新見に行けるよう頑張ります!