この世界は、好意が殺意として変換される世界。
と言っても、みんなそうってわけじゃない。
トワみたいな人は非感染者。つまりその殺意がない人って言えばわかるかな。
かなたみたいな人は感染者。Erosyndrome(エロシンドローム)という病に感染している。
この病気も段階があって、初期症状はそこまで気にならない程度の殺意。
キュートアグレッションみたいな感じで、あんまり感染してるって分からないらしい。
まあ、このくらいなら制御できるけど、酷くなったら手が出ちゃうから危ないよね。
︎︎ ( ねえねえ )
トワも色々あったし……怖い怖い。
だからトワは、人から好かれたくないんだよ。下手したら死ぬやん、アレ。
「ねえってば!!!」
「……!」
いつの間にか肩を叩かれてると思ったら、声が数十倍に増幅されて耳に入ってきた。
さっきからずっと、これだよ。危うく鼓膜が破れるところだった。
「ぼーっとしすぎなんだよ、トワ」
「休憩だからいいんです」
「サボりと同じねそれ」
「だまれ」
ああ、えっと。コイツはパートナーの天音かなた。 ちょっとウザイ天使だけど、なんだかんだ頼りになる。
トワと真反対な性格してるけど、ちょっとだけ気が合う気がする。
「ねえ、早く任務行こ?」
そう言って、私を抱き寄せる。
「ウワ!ねえ近い!!」
「ええ〜?普通じゃない?」
「普通じゃないからこうなってる!」
じたばたと暴れながら抵抗する。
普通に恥ずかしい。こんなところを同期やらなんやらに見られたらたまったもんじゃない。
「じゃ、任務早く終わらせよっか♩」
「え?」
いつの間にかお姫様抱っこをされ、上を見ると、かなたの翼が影を落としていた。
そういやコイツ飛べるんだったわ。
……いや待て待て待て、なんで姫様抱っこされてんだ!?
しれっと飛ばれて、下手に抵抗すれば落ちる……ウワ無理すぎる。だが これは仕方ない、大人しくコイツに掴まっておこう。
____
翼の羽音とともに、二人は廃墟の街に降り立つ。
「……ここ、だね」
かなたが瓦礫だらけの地面に着地する。
姫様抱っこのまま降ろされることもなく、影の奥へ歩きながら、翼の影を揺らしている。
「Erosyndromeの感染者。フェーズ4。」
「制御不能レベル、だっけ。」
「うん……“好き“が“殺意”になって暴走してる。下手したらこの街、丸ごと破壊されかねない」
目の前の建物の隙間から、微かに呻き声が漏れる。
「……ぁ……すき……だいすき……」
その声が瓦礫の隙間に反響して、冷たい空気を震わせた。
「来るよ」
かなたの指先から血が淡い光を帯びて硬化し、鋭い刃となる。
「……えっ、ちょ、近い!」
トワは思わず後退。視界の端で感染者の影が揺れる。目は焦点が合わず、口元は歪んで涙が頬を伝っている。
次の瞬間、影が跳ぶ。
瓦礫の間を縫うように、感染者の手が振り下ろされる。
トワは反射的に避ける。
「……っ!」
かなたが叫ぶ。
「トワ、右だよ!右!」
血で作った短剣が光を反射し、影の腕を裂いた。
“好き”が殺意に変わる瞬間、攻撃は歪んで凶器になる。
鋭さと狂気が混ざった一撃は、普通の武器とは違う。
「……怖っ」
心臓が飛び跳ねる。トワは冷静に見えるよう努めつつ、足元の瓦礫を踏みしめる。
かなたは微笑む……でも少し不気味だ。
「行くよ!」
かなたが翼を広げ、高く跳ぶ。空中で血の刃を振り、感染者を囲い込む。
トワは横に跳び、瓦礫に手をついて着地。
砂と破片が舞い、顔に当たる。
「痛っ!」
「我慢!」
かなたが叫ぶ。
感染者は再び跳び、動きが狂気じみる。
“好意”が“殺意”に変わる瞬間、攻撃の軌道は予測不能。
だが、かなたの血の刃が正確に刺さり、動きを一瞬封じる。
「ここで……!」
かなたが空中で刃を振り、感染者を囲い込む。
トワは後方から踏み込み、感染者を瓦礫の隙間に押し込む。
感染者はもがくが、攻撃を制御され、動きは鈍る。
「……終わったか?」
トワは息を切らしながら声を上げる。
かなたは翼をたたみ、微笑む。
その笑顔は少し不気味だが、戦闘後の安堵を含んでいる。
感染者は瓦礫の上に倒れ、静かになる。
息遣いが荒く、目は虚ろだが、もう攻撃する意思はない。
二人は瓦礫の間に座り込み、深く息をつく。
「……やっぱ、ほんとに頼りになる」
「えへへ、知ってる」
「……なんか癪」
廃墟都市は静まり返り、風が砂と埃を巻き上げる。
夕焼けが瓦礫に反射し、赤い光の中に二人の影が長く引かれる。
──任務は成功した。
──でも、Erosyndromeの影は、この世界にまだ残っている。
トワはかなたを見上げる。
「……ねえ、いつかこの病が無くなったら、普通の恋愛できるのかな」
「うーん……どうだろうね。でも、今は一緒に生き延びることが大事」
かなたが微笑む。翼の影が二人を包む。
廃墟の街に、静かに夜が落ちていく。
任務は終わったけど、この世界での戦いは、まだ続く──。
コメント
6件
おもろぉ