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そう思いながらもどこか満足している自分もいるわけで
複雑極まりない心境であることは間違いないだろうと思うばかりであった。
「じゃあ……帰りましょうか」
平静を装いつつ帰宅を促すと
「おう」とだけ返して彼も歩き出す。
帰路につき、家が見えてくる。
夜風の気持ちよさとは打って変わって、さきほどの晋也さんの唇の感触…
熱がまだうっすらと残っていて
(やばい……思い出したらまたドキドキしてきた……)
「おい柊?顔真っ赤だけど大丈夫か?」
「へ?!う、うん…っ、だ、だいじょ、ばないかも…」
(ああもうだめだ……絶対おかしいと思われてる)
どうしよう
さっきのキスの後ずっと顔が熱くて
なんとか普通にしようと努力はしてるんだけど……
「……もしかしてさっきのキス思い出してる?」
「っ……お、思い出してない!!」
◆◇◆◇
家の前に着き
鍵を開けて中に入った、その途端
「ちょ……」
言葉を紡ぐ暇もなく、玄関の鍵がガチャンと落ちる音がして
そのまま扉に押し付けられるように抱きすくめられた。
密着度が高まる。
「柊……」
耳元で囁かれた声が痺れるように脳に響く。
吐息混じりの低い声が鼓膜を震わせて、反射的に身体が強張った。
「ま、待って……まだ靴脱いで……」
抗議の声は半分だけ口にしたところで封じられた。
晋也さんの唇が俺の口を塞ぎ、有無を言わせぬ勢いで侵入してくる。
舌先が歯列をなぞり、逃げるように引っ込めた俺の舌を捕まえて絡め取る。
くちゅりと湿った音が鼓膜に直接届き、羞恥と快感で膝が崩れそうになる。
「ん……ふっ……」
息ができない。
どうやって呼吸すればいいのか分からなくなる。
初めての深いキスに戸惑いながらも、押し返すこともできないまま、ただされるがままになっていた。
晋也さんの大きな手が俺の後頭部を固定していて、もう一方の手は腰に添えられている。
逃げ場はない。逃げるつもりもないけど。
(これ……ヤバい……気持ちいい……)
頭の芯が溶けそうになる。今まで知らなかった感覚。
晋也さんの体温や唾液の味。
全部が鮮烈すぎて、正常な思考が麻痺していく。
時折漏れる晋也さんの小さな息遣いがまた俺を昂らせた。
長いような短いような時間が過ぎて、ようやく唇が離れたとき、俺は完全に酸欠状態だった。
頬は熱を持っていて、目には涙が滲んでいるのが自分でもわかった。
「……はぁっ……しん、や……さん……」
乱れた呼吸を整えようと必死に空気を吸い込む。
「悪い……止まらなくなった」
掠れた声でそう言う晋也さんの顔も少し紅潮しているみたいで、それを見たらなんか安心した。
「……玄関なのに……」
照れ隠しに少し恨みがましく言ってみる。
まさか家の中に入るなりこんなことになるなんて想像もしてなかった。
「いやだったか?」
優しく問いかける声に少し戸惑う。
嫌じゃなかった。
全然。むしろもっと……って思った。だから
「……嫌じゃない…けど」
小さな声で本音を呟くと、晋也さんは嬉しそうに笑った。
「ふっ、じゃあ…着替えて飯にするか」
「うっうん」
靴を脱いでリビングに向かうと、晋也さんと一緒にキッチンに立って食事の準備をする。
でも正直さっきのことが頭から離れなくて、
集中できてる自信が全くない
「柊?いつもより時間かかってるっぽいけど…大丈夫か?」
笑いながら指摘されてしまった。
「だ、誰かさんがあんなキスするから……!」
「ふっ、すまんすまん」
謝りながらも全然反省してなさそうな顔だ。
「柊、先に風呂入って来いよ」
「はーい」
晩御飯を食べ終わって後片付けをしているとそう言われたのでその通りにする。
お湯に浸かりながらも脳内でさっきのキスを思い出してしまって顔が熱くなっていく。
上がると
「ちゃんと温まったか〜?」
タオル片手に待機してる晋也さんを見て心臓が跳ねた。
「……髪乾かすぞ」
そう言ってドライヤーを取り出し、ソファに座った俺の髪を丁寧に乾かしてくれる。
他人に髪を乾かしてもらうなんて小学生ぶりかもしれない。
◆◇◆◇
ソファーに座ってテレビを見ているけど内容が全く頭に入ってこない。
隣には晋也さんがいる。
「なぁ柊」
「なに?」
「今日のデート楽しかったな」
不意打ちのように言われて驚くと同時に嬉しさが込み上げてきた。
「うん……すっごく」
素直に答えると晋也さんがこちらを見て微笑む。
「また行こうな」
その言葉が何よりも嬉しかった。
そしてそのまま何故か肩を抱かれてしまう。
「ひゃっ」
慌てて身体を離そうとするけど遅かったみたいで
そのまま引き寄せられて胸の中に閉じ込められた。
あったかい。
それに心臓の音が聞こえてくる気がする。
(ドキドキしてる……晋也さんも同じなんだ)
そう思うとますます鼓動が早くなる。
「し……晋也さん……」
「ん?」
「あの……離してほしい……んだけど……」
「なんで?」
「なんでって……恥ずかしいから」
「ダメ。離さない」
「えぇっ?!」
そんなやり取りを繰り返していると、俺の肩に頭を沈ませてくるから
「晋也さん……もしかして、甘えてるの…?」
「……」
沈黙が続く。
まさか本当にそうなのかな?なんて思っていると
「柊と付き合えて、可愛い柊たくさん見れて…浮かれてるのかもな」
「かっ……可愛くないよ……」
顔を見なくても耳まで赤くなったのが分かる。
「可愛いって」
クスリと笑う声と共に唇を奪われる。今度は触れるだけの優しいキス。
「ほんっと、惚れてるよ。柊に」
「……俺も、晋也さんのこと大好き…だよ」
「知ってる」
お互い笑いあってまた軽くキスをして…
恥ずかしいのに嬉しい。
晋也さんの言葉ひとつひとつが胸に染み渡っていく感じがして、泣きたくなるくらい幸せだと思った。
窓の外では夜が更けていた。
月明かりがレースのカーテンを通して床に淡い光の筋を作っている。
さっきまでの水族館での興奮とキスの余韻がまだ体の中で熱を持ったまま、俺はソファで晋也さんの腕に包まれていた。
「そろそろ寝るか?」
「……うん」
声が出にくいほど喉が渇いている。
晋也さんが優しく髪を撫でる指先がくすぐったい。
立ち上がる時も自然と手を引かれ
ベッドに一緒に入れば
「おやすみ」と額にキスをされる。
その光景が、日常が
ほんの少し前の俺とはあまりに現実離れしていて、思わず頬をつねってみる。
痛い。夢じゃない。
枕に潜り込みながら考える——
両親がいなくなって、不幸で可哀想な子って思われてきた俺は
全然不幸なんかじゃないのかもしれない、と。
枕に顔を埋めると微かに晋也の匂いがして
ここが自分の居場所で、晋也さんは僕の家族で
この世で1番愛おしい恋人だと思えるし
晋也さんが隣に居てくれる今なら、生まれてきてよかったと、心の底から言える気がした。