テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
近い。
彼の制服越しに伝わる体温。
爽やかな柔軟剤の匂い。
それは本来なら僕を落ち着かせるはずのものだった。
けれど。
背後から聞こえてきた会話が、僕の理性を粉々に砕いた。
「そういやさー、中学ん時虐めてた、あのネズミみたいなやつ、なんつったっけ?トオルだっけ?」
「ギャハハ!いたわー!あいつマジ、ちょっと殴るふりしただけでガタガタ震えてさ、おもろかったよな~w」
呼吸が浅くなる。
心臓の音が、耳元で鐘のようにうるさく響く。
「絵破いてやった時も傑作だったよな。必死に拾い集めてんのw」
「わかるww からかうのに最適の、喋るおもちゃって感じだったわ」
頭の中に、あの日々の景色がフラッシュバックする。
静まり返った教室、響き渡る嘲笑。
ビリビリと裂かれる画用紙の音。
「やめて」という僕の声さえ、彼らの娯楽でしかなかった日々。
「教科書に落書きしてゴミ箱捨てた時も、マジで泣いてたしな」
「ジュース頭からぶっかけた時もやばかったww またやりてーわ」
────もう、無理だった。
せり上がってくる吐き気と、止めどなく溢れる涙。
気づけば僕は、天馬くんの胸元に顔を埋め、彼の制服をぎゅっとしがみついていた。
声を出すことさえ許されない気がして、唇を噛んで必死に嗚咽を殺す。
すると。
「……っ」
ふわ、と。
天馬くんの両手が、僕の耳を優しく、力強く塞いだ。
雑音を遮断するように。
山田たちの、汚泥のような声が遠のく。
代わりに聞こえてきたのはトクン、トクンと刻まれる、天馬くんの力強く、規則正しい鼓動の音。
「…っ、う……」
優しい。
その優しさが、今の僕にはあまりにも痛くて、苦しい。
電車が駅に滑り込み、止まる。
天馬くんが僕の肩を抱き寄せ、耳元で低く言った。
「水瀬、一旦降りよう」
駅のホームのベンチ。
僕はそこに崩れるように座らされていた。
涙が止まらない。過呼吸気味になり、空気がうまく肺に入ってこない。
「っ、は、ひ、ごめ…なさ……っ、ごめんなさい……っ」
なぜ謝っているのかさえ分からなかった。
ただ、こんな無様な姿を見せていることが申し訳なくて、消えてしまいたかった。
天馬くんは僕の隣に座り
大きな手で、僕の背中をゆっくりとさすり続けてくれる。
「大丈夫だ、水瀬。ゆっくり。俺の声に合わせて」
「っ、ぅ……っ」
「吸って。……そう。今度はゆっくり吐いて。…いいよ、その調子」
何度も繰り返される、落ち着いた声。
そのリズムに身を任せているうちに、荒れ狂っていた呼吸が少しずつ形を取り戻していく。
「……水瀬、なんで謝ったの?」
天馬くんが、静かに、けれど芯のある声で聞いた。
「……っ、知られたく、なかった…から……っ」
また、視界が涙で滲む。
#シリアス
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!