テラーノベル
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空が。
裂けた。
まるで。
巨大な刃物で切り裂かれたように。
黒い亀裂が、夜空を走っている。
最初は。
細い一本だった。
それが。
ゆっくりと広がっていく。
音はない。
なのに。
耳の奥だけが痛かった。
川面が震える。
岸に立つ人影たちが、一斉に顔を伏せる。
誰一人。
空を見ようとしない。
その向こうに。
何かがいる。
見えてはいけないもの。
月よりも大きく。
山よりも大きい。
そんな何かが。
こちらを見ていた。
旅僧は息を呑む。
形が分からない。
手なのか。
身体なのか。
それとも。
ただの影なのか。
分からない。
ただ。
そこにいる。
それだけは分かった。
誰も。
言葉を発さなかった。
お師さんですら。
黙っている。
鐘撞きは身構えたまま。
墓守はは。
ただ茫然と空を見ていた。
その顔から。
いつもの軽さが消えている。
渡守は唇を噛んだ。
「……早い」
小さな声だった。
誰に向けた言葉なのか。
分からない。
ただ。
その声を聞いた瞬間。
旅僧は悟った。
これは。
予定されていたものではない。
何かが。
順番を飛ばしている。
その時。
ぽたり。
佐衛門の頬から。
涙が落ちた。
ぽたり。
もう一滴。
本人も。
なぜ泣いているのか分からないようだった。
佐衛門は。
空を見ている。
だが。
見ているのは。
空ではない。
もっと遠い何か。
旅僧には。
そう見えた。
お師さんが。
静かに手を伸ばす。
そして。
佐衛門の頭へ手を置いた。
「……馬鹿弟子」
佐衛門は。
何も言わない。
「思い出したのか」
「いや」
少し間を置いて。
「……まだだ」
お師さんは何も言わなかった。
ただ。
大きな手を。
そのまま佐衛門の頭に置いている。
昔と。
同じように。
佐衛門の目には。
何かが映っていた。
遠い昔。
MOMO🩲
ひな
104
けだま15号🍓🐾໊
6,356
夕鳴
128
雪。
花。
小さな手。
木刀。
そして。
笑う少女。
だが。
肝心なところだけが。
まだ霧の向こうにある。
佐衛門は眉を寄せる。
胸元を。
無意識に握った。
「……約束」
小さな声。
お師さんの隻眼が細くなる。
だが。
それ以上は聞かなかった。
空の亀裂が。
さらに広がった。
轟。
遅れて。
低い音が響く。
川底から。
何かが叩いているようだった。
「不味い」
渡守が呟く。
「早過ぎる」
鐘撞きも空を見る。
「このままじゃ持たんぞ」
墓守が。
川岸へ目を向ける。
無数の死者たち。
その中には。
泣いている者もいた。
祈っている者もいる。
何かを叫んでいる者もいる。
だが。
声は届かない。
ただ。
全員が。
何かを恐れていた。
その時。
佐衛門が言った。
「封印だ」
全員が振り返る。
「何?」
鐘撞きが聞き返す。
佐衛門は空を見たまま。
「今までのは」
少し間を置く。
「全部、欠片だった」
旅僧の顔が強張る。
「二十四の……?」
「そうだ」
佐衛門は答える。
「だが」
空の亀裂を見る。
「二十四じゃない」
静寂。
「二十三だ」
鐘撞きの顔から。
血の気が引いた。
「……何?」
佐衛門は。
ゆっくりと。
空から目を逸らした。
そして。
仲間たちを見る。
「一人足りない」
誰も答えられなかった。
これまで。
二十四という数字だけが。
何度も出てきた。
だが。
その数に。
誰も疑問を持たなかった。
欠片を背負った者。
守る者。
失った者。
その全てを。
二十四人だと思っていた。
違った。
最初から。
一人。
数えられていなかった。
風が吹く。
霧が。
川の向こうから流れてくる。
冷たい。
雪の匂いがした。
佐衛門が。
僅かに顔を上げる。
霧の中。
何かがいる。
足音はない。
水音もない。
ただ。
人影だけが。
ゆっくりと近付いてくる。
一人の少女。
黒い髪。
白い肌。
どこか寂しそうな目。
かつて。
彼岸で見た少女。
だが。
今の佐衛門には。
もう違って見えた。
少女は。
佐衛門の前で止まる。
少しだけ。
首を傾げる。
「ずるいな」
少女が笑う。
寂しそうに。
「私は忘れられたのに」
佐衛門は黙っている。
少女が。
一歩。
近付く。
「お前は覚えられてる」
「……少しだけだ」
佐衛門は答える。
「少しだけ思い出した」
「何を?」
佐衛門は。
胸元を握る。
「約束した」
少女の目が揺れる。
「誰と?」
佐衛門は答えなかった。
分からない。
まだ。
そこまでは。
少女は。
そんな佐衛門を見て。
少しだけ笑った。
「そう」
悲しそうな声だった。
「なら」
一歩。
また一歩。
「もう一つ思い出して」
「……何を」
少女が。
空を見上げる。
「本当の敵を」
その瞬間。
亀裂の向こうから。
何かが動いた。
巨大な影。
月を覆うほどの。
否。
月というもの自体が。
その影の前では。
小さすぎた。
旅僧は声を失う。
今まで見えていた巨大な瞳。
それすら。
ほんの一部だった。
影の奥で。
何かが動く。
大きすぎて。
動いたことしか分からない。
それでも。
見られている。
その感覚だけは。
はっきりと伝わってきた。
少女は。
その影を見上げる。
そして。
佐衛門を見る。
「本当の敵を」
空が。
震えた。
川が。
逆流する。
岸にいた死者たちが。
一斉に顔を伏せる。
渡守が。
震える声で呟いた。
「……二十四番目」
その言葉に。
少女は笑った。
何も言わない。
ただ。
佐衛門を見る。
そして。
その瞳から。
一粒の涙が落ちた。
ぽたり。
雪のように。
静かに。
川へ落ちた。
水面に。
小さな波紋が広がる。
その波紋の中心から。
何かが。
こちらへ向かってくる。
佐衛門は。
刀の柄へ手を掛けた。
まだ。
抜かない。
お師さんが。
それを見ていた。
何も言わない。
ただ。
隻眼だけが。
静かに細くなる。
空の亀裂が。
また一つ。
大きく開いた。
コメント
1件
おお……これは重い。冒頭の「空が裂ける」描写が映像的に浮かんで、一気に引き込まれました。特に「見えてはいけないもの」という感覚を、音のない裂け目と耳の奥の痛みで表現しているところ、巧いなと。 佐衛門が無意識に涙を流すシーンが印象的でした。本人にも理由が分からない記憶の断片——雪、花、笑う少女——ああ、彼のルーツに関わる話なんだなと。「約束」という単語も引っかかります。 そして「二十三だ」の衝撃。二十四だと思っていた欠片が一つ足りない。この世界の仕組みそのものが揺らぐ感覚、ゾクッとしました。ラストに現れた少女の「私は忘れられたのに」——切なすぎる……。この展開、本当に続きが気になります。