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隼斗篇
第三次世界大戦が起こった時、大陸は悍民族が主権を握る共和国だった。
しかし、北の砂漠の向こうから突如反政府勢力が出現し他少数民族や彼らを支援する富裕層らを取り込み勢力を増大させ到頭共和国の軍を制圧し支配下に置いた。
共和国の民は暴虐武人な彼らを最初「餓狼」と呼んだ。それが次第に狠と言われるようになってそのまま新しい国家の名前になったのである。それ以前の国の名はわからない。検索しても出てこないようにされている様だ。
門胡流自治区や羽衣回自治区の砂漠化が碧京にまで進行し狠国国土の約半分が砂漠化したにも関わらず急激な人口増加は歯止めが効かず狠国は慢性的な水不足に陥っていた。
しかし周辺国も水源の確保は国家を維持する為の重要な政策で狠国に灌漑する程余裕はない。それに深刻な環境汚染もあって狠国の富裕層は大陸の水を欲してはなかった。
美しい自然の残る日本に熱視線を向けていたのだ。その意図を証明するかのように狠国は核弾頭ミサイルを亜帝国の首都に向けて発射した。無数の夥しい数の長距離ミサイルと共に北の空へ飛んで行った。
当時の人々はそれをテレビで観ていたらしい。衛星カメラで世界同時中継されひとつの国家が消える瞬間を人々は目撃したのである。
いよいよ魯西亜の反撃があると思われていたが狠国に報復することはなかった。戦争はその後あっけなく幕をひき、結局世界の覇者となったのは魯西亜だった。
狠国は勝利宣言こそしたが、その実感は誰にもなかった。狠国とて無傷で済んだ訳ではなかったからである。狠国もアジア周辺諸国から大打撃を受けて多くの民の命を失い混沌としていた。狠国はアジア各国と協議に入り、結局軍事力による終結ではなく数ヶ月に渡る長い話し合いに拠って戦争は終焉を迎えたのである。
東アジアは地球の反対側の大戦とは違った様相を呈していた。
冠国は真っ先に狠国の属国となり南シナ海を囲む各国もやがて追随し狠国は巨大な連合国となり民主主義を掲げるようになった。
しかし、いざ蓋を開けると悍民族に統治されていた時代の共和国と何ら変わらず寧ろ前より酷い独裁体制を敷き、これに反発した碧京や蒼城で暴動が起きていた。賺さず報道規制が敷かれその後の経緯は誰も報らされていない。
狠国の統治下に置かれたこの島は狠民連合国の合同部隊が駐留するようになり連合軍基地が島の約20%を占めた。狠国はこの島を新たなる軍事作戦の拠点にしようとしていた。狠国は日本への侵攻を諦めてはいなかったのだ。
終戦前に駆け込むように告馬や胤子島を争奪し虎視眈々と日本本土への侵攻を狙っているかのようだった。冷戦は続いて日本は狠国に警戒を強めていった。やがて日本は寅度と同盟を結び號州島にも擦り寄ろうとしていたが號洲島は宗教紛争に巻き込まれるのは回避したい思いからこれを蹴った。
このニュースが流れた時、世界は宗教で分かつようになったと誰もが実感した。しかし寅度の軍事力は狠国を威嚇するのに充分だった。
魯西亜は奏打と米国の北部を制圧し国土を拡大した。
王州は移民や難民を排斥し中東諸国での内戦を燻らせたまま第三次世界大戦は終結宣言されたが実質的にはまだ世界のあちこちで紛争は続いている。戦争のない世界平和など夢のまた夢だった。
戦後、島は瞬く間に復興を遂げ平穏な日常を取り戻したかのように錯覚していた。そんな無感覚な時代に僕は生まれ落ちた。
どれくらい経過しただろう、さほど長くはなかった。いよいよ残り惜しい最後の一口を飲みほし珈琲の紙杯をぎゅっと握り潰してレジ横にある塵箱へ押し込んでから漸く外へ出た。まだ充分湿気を含んだ雨上がりの空気を吸うと喉に悪い気はしない。濡れた歩道は反射した通行人の影が歩いて車道はヘッドライトの橙が煌煌と輝いている。向こう左側の車道は赤いバックライトが濡れた路面に映って、信号機の青や黄も加わって道路は暫し色取り取りに綺羅綺羅と輝いていた。
怒号の雨は嘘の様に消え、部厚い雲の破目から再び青空が覗き出す。
「もう夜になったと思っていたのに、まだこんな時間か」薄っすらと明るくなった景色が意表をついた。灰色の雲脚は瞬く間に遠くへ逃れて上空の風量が強いことを推測させた。
「台風近いな」晴れかかった空に向かって僕は呟いた。
台風が近づくと予測不能な天候の変化が1日のうちに何度も起こる。
降ったり止んだり晴れたり曇ったり島人は慣れて然程驚かない。
故に天気予報で雨を報らされても傘を持たずに外出するのは島の常識だ。
況してや台風に傘を刺すのは危険な行為だと認識しているから僕らは敢えて濡れて歩く。
突風に煽られ傘を壊しているのは台風の怖さを知らない観光客ぐらいだ。
「ジジジッジ、ジジ、ジィ、ジッ」
急ぎ最期の日射しを浴びたのか蝉の声はか細く鳴って突如止んだ・・・無音を耳に澄まし確かめる。
・・・あいつ死んだな、南無。蝉に弔いの経を思いながら濡れた路面をそろりと歩き出した。しかし僕の靴底は飛沫を撒き散らしズボンの裾を雨水で滴り重くした。半年前に奮発して買った琉球藍染のジーンズ、まだ洗いたくなかったがそろそろ限界か。
那覇は都会的で洗練された街並みが目立つ様になった。
高層建造物が路上の傍で背比べをしている。表通りは僕の居住区とは随分様子が違うがこの辺りは戦争で無傷に残った建物が殆どだ。
狠国軍は極力一般市民を殺傷しないようにしていた。島民も狠国兵を見たら直ぐに降伏したのが実情だろう。島民は誰も武器を持たなかった。日本は法律で銃規制があったから戦争が始まると噂された頃でも武器を用意すると憲法違反で次々と逮捕者が出て自分の身を護る為の準備も出来なかったのだ。
中には身ひとつで敵と戦った空手家もいたらしいが直ぐに銃弾に息絶えたという。日本軍と激しい戦闘があったのは那覇より先の南部地域だった。それ故に復興を遂げた南部地域はすべてが新しい建造物だが街並みは何処からどう見ても狠国そのものだった。島民はそこをウルフタウンと呼ぶようになった。狠国占領民 が多く集まる地域だ。
今日の曜日感覚もなく体内時計も壊れたまま先刻来た路地を歩く。
幾度となく携帯電話の液晶画面で時間を見ても空の色は少しも褪せてこないのが故障の原因だ。
空の色合いで時を把握するのは野生の動物でもするが彼らは時の区切りを必要としない。だが人間は時をも隔てて間を処理する。
よくよく考えたら時間に意味を感じない。時は幾らでもあるのに人間は常に「時間がない」と言い死に急いでいる。曜日感覚を失ったのは講義の課題に次々追われて脳がパニックっている証拠だ。膨大な数の宿題をどうやってやっつけようかと思案に暮れて歩いていると今度は空を炸裂するかの爆音が二重に鳴り響いた。
高層ビルに仕切られた四角い天上を仰ぎ見ると蒼い空に真白い飛行機雲がひとつふたつ既に遠くに連続していた。
「なんだ、駐留軍の戦闘機か」
大まかに言うと飛行機雲は空気が薄くて温度が低温の上空10km以上の空域を飛行すると排気ガス(水分)が氷結して出来る。
先刻まで平地は大雨だったとしても上空は通常の対流圏の様に天候に左右されないから、大きな低気圧が近づいて湿度も上がっている今は丁度飛行機雲も発生し易くなる。
「掴まえてやる」僕はあの雲を掴まえたくて精一杯両腕を空に押し上げた。
でも幼い頃に飛んで行ったきりの紙飛行機のように手を伸ばしても届かなかった。
僕はもう大人になったのか・・・
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