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侑哉篇
「瀬名波隼斗、何してんの。もしかして飛行機雲掴まえようとしてた?」
唐突に背後で声がして振り向くと同期の顔が直ぐ目の前に現れた。
「大城侑哉、脅かすなよ。いきなり」
島人は相手に敬意をはらいその日出会った最初はフルネームで呼び合う。
これは琉球王国時代からの名残りで同名が多かった事情から相手を間違えない為に屋号を付加して呼んだのと同じ類だ。
現代も地方に行けばその屋号で呼ばれる事がある。古い家の残る田舎で屋号を使っているのは主に年配者だが。僕だと地元では「イシカンジャーぬ瀬名波のウーマクーワラバー隼斗」と呼ばれる。僕の父親は鍛冶屋だった。詳しい記憶はないが。
侑哉は屋号「ケントウヤー」で彼の場合はずっと大昔の先祖から代々伝わる由緒ある屋号で遣唐使からきていた。イシカンジャーとケントウヤー。
だから僕らは幼少期、自分たちは本物のヒーロー戦隊だと信じていた。
僕らの地元は北部地方だが今は大学の近くに部屋を借り其処を拠点としている。
「悪い、丁度いまからおまえん家に行くとこだった。おまえも?」
「え、ああ、僕の家だからね。おまえも?」当然だろ。
「ああ、偶然同じ方角だな」僕を訪うて偶然と言うのか。彼の惚けた問答はいつものことだ。
「・・・目的は何だ?」僕は苛ついていた。
「先週の漆沢教授のゼミさぼったからレジュメ見して。で、写させろ」侑哉は腕を振って買ったばかりのメイドを自慢気に見せた。高価なメイド(召使型腕時計電話)など僕には手も足も出ない。いちいちむかつくやつだ。しかし羨ましい。
「いいけど、何で来ないんだよ漆沢教授怒ってたぜ。にしてもおまえよく買えたな、凄え。それ3D写メ搭載か」侑哉は僕の質問には応えず、
「そうか、漆沢教授は厳しいからなあ。そんなに怒ってた?」自分の興味しか話そうとしない。
「かなり危ない」
「漆沢教授は付け入る余地ないんだよなあ」
「だったら来いよ。単位落とされるぞ」一応友だちを心配した素振りを見せても僕の声は白々しく心も隠ってなかった。
「・・・なあ、ところで隼斗何で外にいんの、連休だのに、バイト行くとか?」短い沈黙の後に話を逸らすのは彼のいつもの手だ。
「いや、見て分かるだろ。ほら」僕はレジ袋を勢いよく侑哉の顔に近づけた。
「なんだコンビニの帰りか」少し仰け反り侑哉は小刻みに頷いた。
「コンビニの駐車場の前で会っても気づかないのか鈍感な奴だな」
「うん、隼斗夜は大概バイトばっかだし」
「じゃあ、バスターミナルに向かって逆の方角歩いてるだろ」
「あ、それもそうだな」
いつもながら意味も成さない会話だ。侑哉は何も考えずに思った事を直ぐ口に出す。少し考えれば直ぐに分かる事でも彼は知っていて知らない振りをしているかの如く次々勘違いを繰り返す。良く言えば天然悪く言っても同じ、それが彼の生態そのものだった。
「何か言ったか?」少し前を歩く侑哉がふと脚を止めた。くるりと踵を返して見透かすように僕の瞳をまじまじと覗き込んだ。
え、こいつもしかして僕の心の声が聴こえているのか?僕は少し焦る。しかしそんな超能力など信じてないから「別に」僕は自分でも気づかずに先刻は声に出ていたのだと思った。
「別に、は聴こえてる」
「あん?」
彼は時々不可解な事を言う。だから今に始まった事ではなかった。
侑哉とは幼稚園以来の幼馴染で高校だけは違ったが大学で再び合流した腐れ縁の仲だ。
友情とは名ばかりの互いに持ちつ持たれつ都合のいい相手でしかなかった。
それ以上でもそれ以下でもない宿題と交通費の不足分を補う程度の相互関係を保っている。過去に彼と僕の間には多少の波瀾があったからだ。
「てかさ、写メでもないんだよな。スキャナー機能があるし」侑哉は唐突に前の話に戻った。
「知ってる。書き写す手間も省けて便利なアプリ」以前僕が彼に教えてやったやつだ。
そして写した文書をPDFファイルに変換しコンビニのコピー機に転送してプリントアウトする方法も序でに指南したら以来彼は大学でもノートをとらなくなった。
専ら誰かのノートを写しては保存してる。だけどコピー機を持ってない僕だから必要な機能であって侑哉なら自宅にコピー機がある筈だから直接自宅のPC機材にするか転送してしまえば済むことだった。しかし彼はまだそれに気づかず便利に利用しているようなので僕は黙する。
そうこうしている裡に脚は先を急いでいた、
「もう直ぐ僕の・・・あれ、鍵がない。え、落としたかな?」弄った懐中からは僅な剰銭しか出てこない。
「まじ、おまえん家に入れないの。ここまで歩かせといて?」
「勝手に連いて来たのはそっちだろ。ほら行くぞ」
「何処に?」
「いま来た路を戻るんだろ。鍵落ちてないか一緒に探せ」
「ちぇっ、俺そんなに時間ないんだけど」
「文句言うな。レジュメは部屋の中だからな」
「仕方ないな。一緒に探してやるよ」
僕たちはいま来た路を今度は逆に歩き出した。
侑哉とは中学の時まで親友だと感じていた。まだ僕が純情を保持していた時代の話だ。侑哉が進路に日本の進学校を選択した頃から僕たちを支配する空気は微妙に歪みが生じ気づいた時には遅く僕は既に異次元の世界に放り出されていた。
中学三年の二学期から僕は侑哉を含むクラスの皆から無視をされる虐めに遭った。
持ち物の破損や暴力と言った行為こそなかったが、誰も僕と眼を合わせる者もなく声をかける誰かもなく僕の存在は完全に抹消された。
親友と思っていた奴に裏切られた思いから僕はもう誰も信じなくなっていた。
いじめの理由は判然としなかった。自分の何がいけなかったのか自分では何度考えても解らない。引籠ることもなかったが淡々と毎日をやり過ごし僕は地元を出て学生寮のある天馬高校へ進学した。
そして全国学力テストで偏差値87の驚異の数を叩き出した侑哉は本土の儺高校へと飛び立った。誰もが彼は帝都大医学部を目指していると思い込んでいたのである。それなりの超進学校へ行ったのだから周囲の期待も大きかった。しかし、その期待は三年後見事に裏切られた。日本への進学は留学枠で認められていたが侑哉は狠国のスパイと疑われ四六時中監視がついて回った。理由は彼の他とは違う容姿がそう思わせたのだ。
帝都大進学を諦め彼は島に戻る他なかった。そして彼にとっては不名誉なこの三流大学で僕と再会を果たすことになる。偶然同じゼミを選択した為に互いに厭でも顔を合わせる事となった。僕たちは中学の暗黒時代は完全に忘れたように装い挨拶も交わす程少し大人になっていた。
だが、僕はもう誰にも心は許さないと決めている。
「ごめん」侑哉の声が背後でした。
僕は振り向きざまに「え、何が」きょとんとした。
「あ、いやゼミの課題おまえひとりにやらせて。本当は二人でやるべきだろ」
「侑哉が謝るって珍しい。赤猫が空から降って来るな」僕は愛想笑いで誤魔化す。本当は腹が立って仕方ない気持ちを彼に見せない様にしたつもりだった。
「赤猫降るかなぁ」
そう言って空を仰いだ侑哉の汗ばんだ顔は明るい夕陽に照らされて光の粒子に包まれているように見えた。
瞼にかかった前髪を真上に掌で掻き上げながらさりげなく言える仕草もその声も一瞬時を止めるのではないかと思える程雅やかで清々しい男は絶対少数だ。
不覚にも同性のこいつに見惚れてしまった自分が厭になる。
「でも、ごめんな。一応謝っとく」侑哉は念を押すように言った。
折角上辺だけでも元に戻った関係性を壊したくない僕は何でもない振りを続け「別にいいさ」体裁を保とうとしたのか更に不自然な笑顔になった。
刹那、我ながら背筋が凍りついた。
作り笑い程自分のプライドを傷つける行為はない。
「怖えな」侑哉が冗談振って(後が怖い)と言う意味で言ったのだと僕は勝手に解釈した。本当は僕の作り笑いに嫌気が差してそう呟いたかも知れないのに僕は自分に都合よく勘違いをする。