3 【 力二つぼ入れ替わり事件 】
つぼ浦『』
その他「」
⚠口調が安定していません。
「ほんとに入れ替わってるーッ!!??」
そう発言したのはつぼ浦であった。やけにふざけた口調でお送りされたそのセリフは当然の如く周りの注目を集めた。さらに酷いのは、大型が無いのにも関わらず、つぼ浦が〝本気モード〟であったことだ。
普段のつぼ浦よりも、ピッチが少し高い彼は、堂々と顔面を晒して立っている成瀬力二の方をじいと見つめていた。情報収集に時間がかかる周りのことを放っておいて、つぼ浦はズカズカと成瀬に近付く。
「なんでッ!なんで俺のアイデンティティ置いてきたんすか!?」
『あ…?あ…ッ!?!?俺だ!!!!誰だお前!!!!』
第三者から見えているのは、瞬時に戦闘体制に入った成瀬と、それを落ち着かせようと必死に宥めるつぼ浦。誰もがこの状況を簡潔に説明してほしいと、切実に願っていた。
成瀬は成瀬で素顔を曝け出しており、まあその顔面は美しさに塗れていた。違和感があるところと言えば、何故か背中にバットを背負っているところと、愛嬌という愛嬌が全く見えないところであった。
「マジで、ペンギン取らないで頼むから。俺の美貌…が世間に晒されちゃってんすよ!!」
『うわなんか、俺の声でその喋り方キモいから黙っててくれないか。』
「わかった!被ったら黙る!被ったら黙るから!!」
成瀬の胸ぐらを掴んで、必死に哀れみを乞うつぼ浦は、まさに地獄絵図そのもの。成瀬は渋々、本当に嫌そうな顔でいつものペンギンを頭に取り付けた。
ようやく安心感を覚えたであろうつぼ浦のひたいには、これほどかと言うほどの冷や汗が浮き出ている。
「ちょ、ちょっとごめん。盛り上がってるとこ悪いんだけどね。」
と、間を割って入ってきたのは、みんな大好きジャック馬ウアーこと署長であった。それはもうとてつもないほどに動揺している署長は、出てこない言葉を、うるさい腕を動かしながら、必死に出そうとしている。
『なんすか署長!声出してくんないとわかんないっすよ!』
成瀬の口からはつぼ浦の発言が。
「言いたいことはわかる、わかりますよ。でもマジでこれは演技とかではなく。」
と、つぼ浦の口からは成瀬の言い訳が出てきた。
「まあ、一旦、一旦中入ろうか。そっちで明らかにしよう。」
『でも署長!俺今から犯人ボコし行きたいんすよ!!』
「な、じゃなくて。つぼつぼは少し黙って言うこと聞いてくれ!」
署長にぐいぐいと肩を押されながら本署の中に入って行く成瀬に「まあまあ」なんて言いながら背中をさするつぼ浦。
可哀想な目にあってくれた署長と、2人の混沌ぶりから、他の警察官たちは笑いを堪えるべく、ふるふると小刻みに肩を動かしていた。
さて、そんなこんなで改めての説明を強いられた成瀬とつぼ浦だが、どうにも落ち着きがなく。
「すみませんマジで、声に慣れなくて。」
『朝起きたらこうなってたんすよ、知らん家に居たんで。速攻本署来ましたね。』
「えだから、つまりそこ2人は魂ごと交代しちゃってる訳?この前のウツボ浦とかではなく?」
「はい、残念ながら。」
信じ難い事実だが、それぞれの細かい仕草や声色を伺うに、信じざるを得ない状況に追い込まれる。
市長に連絡を入れたいところではあるが、あいにくまだ寝ているらしく、繋がらない。そこで署長命令が下された。
「えー、仕方がないので、お互い、お互いのフリをして1日を過ごすように。」
つまり、成瀬はつぼ浦のフリを、つぼ浦は成瀬のフリをして過ごせと言うのだ。まあ、それ以外に良い過ごし方が見当たらないので、2人は大人しく従うことにした。
早速、成瀬は〝本気モード〟から普段のアロハシャツへと服装をチェンジした。普段から分厚い服を着ていたおかげか、久しぶりのこの格好には馴染みがつかない。
「チクショー、埒が明かないぜ。」
「どうしたもんか…。」
ブツブツと更衣室でつぼ浦の口調やらなんやらを呟いていたところであった。ガチャリと扉が開く音がする。そう、早速のことながら、成瀬のつぼ浦解像度が試される時が来てしまった。
さあ、誰だ。来たのは!と、勢いよくドアの方に目をやった途端、試合終了のコングが成瀬の脳内に鳴り響いた。
「キ、キャップ…!!」
終わった、もうだめだ。成瀬よりもずっと長い間つぼ浦と過ごしてきた、ましゃかりトラボルタこと赤ちゃんキャップが、目の前に現れたではないか。
「ああ、私だ。」
署長、俺、やってけないです…。こんなのにどう勝てって言うんですか。
…いや、ここで折れてどうする成瀬力二。こう言う時のためのウツボ浦じゃないのか!
「奇遇ですね、覗きですか。」
「なにを言っている、共同だここは。」
なんとか免れた。と、脳内で安心しまくる成瀬、一度0点を叩き出してしまっているので、無理もなかった。
まあキャップは更衣室をよく使っているし、お気に入りであろう服をたくさん持っているので、こう言うところで会うのも無理はないか。なんて自己安否の確認をとった。
「それでつぼつぼ、近況についてなんだが。」
キャップは、じいとつぼ浦のことを見ていた。サングラス越しに感じる視線は、これまでとは比べ物にならないほど、圧があった。実際のところ、この圧を感じているのは、つぼ浦の中に入っている成瀬のみであった。正体がバレてしまうかもしれないという、プレッシャーを身に纏っていた。
「ああはい、元気です。」
「そうか、100点だ。」
100点来た!と、圧から解き放たれる。表情にこそ出してはいないが、この一瞬で成瀬は完全に浮かれてしまっていた。
「元気じゃなかったら出勤なんてしないんだけどな。」
「なにか言ったかつぼつぼ。」
「あ?いいえ。べつになんとも。」
今日はどうやら2人でなんとなく街を周る日らしく、少し物騒なつぼ浦を演じることなく過ごせそうだと安心する成瀬は、つぼ浦のジャグラーを堂々と召喚し、キャップと共に旅に出るのであった。
一方でつぼ浦。
さて、どうやら俺はカニくんと体が入れ替わっていたらしいが、何故かカニくんを演じろと言われてしまった。
演じるって、なんだ…?一体、どうやって?しくったな、とりあえずカニくんのことであるから、出勤はちゃんとし ているだろう。
『オ、はようございまーす。なるせ出勤しました』
無線からはナイスデューティーなんて声は一切聞こえず、「おはよ〜」とだけ返される。鳥肌がぷつぷつと湧き出ていることがよく分かった。
うげー、気持ち悪い。
「成瀬いたいた。おはよー。」
と、目の前に現れたのは、青井らだおだ。なんて呼んでたっけ。必死に記憶の引き出しをあけて確認する。
「いーよ頑張んなくて、俺見てたから。」
『見て、?なんのことですか。』
「あもう違う、ぜんぜん、ぜーんぜん違うわ。あのね、俺には敬語あんま使わないんだよ成瀬。」
『うわ、タチわりーなコイツ。先言ってくださいよ。』
「ねえ諦めんの早すぎ、もうちょい頑張ろ?」
不貞腐れる。どうして自分がこんな目に。と、悪態をついた。青井は構わずに、「練習しよう」なんて言って来た。つぼ浦は癪ではあったが、しかたないと思い、パトロールがてら練習を開始した。
青井のことはらだおと呼ぶし、つぼ浦のことはつぼ浦さんと呼ぶし、ギャング達とはまあまあ仲良くやっているし。つぼ浦は成瀬の人脈に驚いていた。ややこしい、ややこしすぎる。
うんうんとうなされていたところ、青井が一言
「面白いもん聞こう。」
クエスチョンマークしか浮かび上がらない中で、青井は無線に「つぼ浦デューティーした?」なんて聞く。その瞬間
「特殊刑事課つぼ浦匠ィ!!オン デューティー!!!!」
と、無線でいつもの自分を聞いた。思わず『フフ』と笑ってしまう。
「ね?おもろいでしょ。」
たまにはやるもんだなあ。と、青井に関心していたのも束の間、またスパルタ成瀬講座が始まってしまった。
つぼ浦の苦痛は終わらない。
『あーもう、どうしろってんだコレ…。』
特に行く宛てもなく、だからと言っていつものように振る舞えない。そんな理由から、普段は行かないカニメイトの近くでくつろいでみる。とんでもない頭痛が故に、視界がぼやけていた。ベンチの上に、ごろんと寝転がっている。
そんなところにやってきたのは、まさかのMOZU。一番来てほしくない時に、どうしてこいつらは現れるかな。なんて、つぼ浦はぼーっとしていた。
「あ、ヴァンダーマーさんじゃないですか。」
青井がそう声を上げたことで、初めてその存在を、意識のある人間だと理解する。青井から教えてもらった、カニくんの様々な語録。ヴァンダーマーに対する、成瀬の呼び方は
『v、ヴァンちゃん』
オエ!
青井の表情こそ見えないものであるが、確かに肩は小刻みに揺れている。つまり、成瀬を演じるつぼ浦にツボっているのだ。無理もない。普段はやかましいつぼ浦が、「ヴァンちゃん」だなんて。おかしくておかしくてたまらないだろう。
「ああ、ここで飯を買っていきたいのだが。良いかね。」
と、ヴァンダーマーは丁寧に聞いてくる。まずい、つぼ浦はカニメイトのメニューを全て把握していない。そう気付いた青井が、すぐにフォローを入れた。
「いまちょっと成瀬休憩中なんすよね、中にいるんじゃない?他の人。」
「そう、ですか。まあ良いでしょう。」
なんでアオセンには敬語で、俺やカニくんにはタメ口を叩いているんだ。と、ムッとするつぼ浦であったが、表情が相手に見えているはずもなく。その場にいた団体全員が、カニメイトの中へ入って行った。
本来であれば、馴れ馴れしく胡麻を擦っている成瀬であったが、今はつぼ浦なので、そんなことをする気も起きない。
「ねえ大丈夫?」
『いやまあ、署長命令なんで。』
多分不貞腐れているんだろう、自我を抑えなければならないストレスも相まって、きっとイライラしている。さっきから心配事をしても「大丈夫」「すぐ終わる」と、確証もないことを口に出す。
「そうだね、大丈夫。」
と、メンタルケアをはかってみるが、これが効いているのかどうかは、青井には分からなかった。
成瀬は自由という新しい娯楽を知った一方で、つぼ浦はコミュニケーションの複雑さを改めて身に叩き込んだわけだが、まあ自我を抑制することは非常につらい。
ついにつぼ浦が痺れを切らす。『やってられるか』と。なにせ、現在の彼は”大嫌い”なギャングの連中と遊んでいる。肩を組まれ、だる絡みをされている状態であった。
「今日成瀬静かだね」とか言われて、もう耐えられなくなったのだろう。つぼ浦本人も、黙りたくて黙っている訳ではなかった。
カタカタと震える全身が、早く暴れさせろと言わんばかりの意思を押し付けてくる。
『チクショーッ!!なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!!!』
声を上げたのは成瀬だった。目に見て分かる成瀬の焦りっぷりに、周囲はどよめきを隠せていない。状況を察した青井はそそくさとその場を離れる。
「どうしたの…?成瀬。」
と、冷や汗を頬に伝わせながら、懸命にコミュニケーションを試みる者も、その殺気に近いなにかに怯えて近付くことができない。忽然と消えた青井に気付けば
「あいつ逃げやがった!!」
なんて、ギャアギャアと騒ぎ出す。青井にヘイトを向けている背後では、メラメラと気を燃やしている成瀬の姿があった。ハッと気付いた頃にはもう遅く。15人程度集まっていたその場所は混沌に包まれていた。
『俺がカニくんだからって好き勝手やりやがってェ…!!!』
「なん、は?カニくんって、一旦落ち着けって。」
「なんか今日、変だぞ。熱でもあるんじゃ…。」
と、宥める周囲を無視して、成瀬はロケットランチャーを取り出した。
まずいまずい、と、さらに人間が集まって来たところで特殊刑事課がやってきて、もっとややこしくなるかと思えば、ジャグラーから降りてきたつぼ浦が、成瀬を静止しようと必死でいる。
しかも、つぼ浦が成瀬に向かって「つぼ浦さん」と呼んでいるではないか。
「つぼ浦さんお願いします!俺の体で手を血で染めないで!!」
どうやら、この急に焦っているつぼ浦こと成瀬は、青井からの連絡を受けて車を飛ばして来たらしい。隣にキャップが乗っていることなんて忘れて。
どこに行くのかと道中でキャップが訪ねていたが、「うるさい黙れ」の一言で、完全にこころが折れてしまっていた。キャップからは一切の気力を感じない。
これまでのことを踏まえて、この場をすぐに理解する者もいれば、相変わらず頭にハテナが浮かび上がるどころか、真っ白になっている者もいた。
「待って待って待って、つぼ浦さん!つぼ浦さん落ち着いて!!!」
『もう無理だ!もう!!このッ…!!』
『死ねやアアァァァァァァ!!!!』
阿鼻叫喚、死屍累々、この言葉がよく似合う現状。つぼ浦と成瀬以外の人間はほとんど全員ダウンしてしまっていて。大きな爆発音と共に大量の死者を叩き出した成瀬ことつぼ浦は、何体かの死体を踏みつけて帰って行った。
この爆発を最後に、つぼ浦と成瀬の騒動は、幕を閉じることとなる。
もちろん、つぼ浦は殺人の切符を切られ、プリズンでしばらくの間を過ごすのであった。
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