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「ラシアさんは火魔法をどれくらい扱えるのですか?」
エリーゼの問いに、場の空気が少し動いた。彼女の目はラシアにまっすぐ向けられているが、指先にはかすかな力の入り具合が見える。
「発動まで時間はかかりますが、中級魔法までは使えます。」
答えながらラシアは視線を少し逸らした。焦りはないが、自分の力に限界があることを悟っている。その胸の奥にわずかな不安が灯る。
「私とゼリアさんで時間を稼ぐしかありませんね。」
エリーゼの声は静かに響いた。だがその言葉の裏に、仲間への信頼と冷静な判断が透けて見える。
「覚悟は出来てます。」
ゼリアの声は微かに震えた。だが、その目は強く燃えている。
「ゼリアさんとラシアさんはポーションは持ってますか?」
「まだいくつかあるので、大丈夫です。」
「最後に一つだけ言うなら、恐怖に飲まれても動けるように常に意識してください。それが生死を決めると言っても過言ではありません。」
エリーゼの真剣な声が、沈み切った空間にさらに重みを落とす。
「分かりました。」
ラシアが杖を強く握りしめ、微かに息を吐く。誰も、もう後戻りはできなかった。
「最後の冒険がこんな激しいものになるなんて……」
「え?」
エリーゼの小さな呟きにゼリアは一瞬戸惑う。
「ダンジョンが終わったら、一緒に美味しいものでも食べに行きましょうか。」
「今、言うことではないと思いますが……」
ゼリアの真面目な声にエリーゼはくすっと笑う。張り詰めた空気がほんの少しだけほどけた。
「それじゃあ、討伐しましょうか!」
「はい!」
一瞬の合図で、二人は足を地に叩きつけ、リザードマンへ向かって駆け出した。
闇の奥で待つ黒鱗の巨影が、槍の穂先をわずかに傾ける。
すると、淡い魔光がゆらりと揺れ、その先端からいくつもの魔術式が解き放たれるように浮かび上がった。
「あの槍は杖の役割も持っているなんて……」
エリーゼの低く漏れた声が、光の粒が舞う空気の中でかき消されそうになる。
展開された魔術式はまるで生き物のように槍の周囲を巡り、淡い光環が幾重にも重なっていく。
槍と杖の機能を持つ貴重な武器を魔物に使わせることが出来るのは巨大な組織であることに違いない。リザードマンの下にある魔術式は誰かが仕組んだんだろう。
その推測が脳裏をよぎる間もなく、魔力がうねり始める。
「早く終わらせないと!」
叫びと同時に魔術式が激しく脈動し、空気を切り裂く音を伴って“炎の槍”が炸裂するように現れる。燃え上がる紅蓮の尾を引きながら軌道を描き、地を焦がし、熱が周囲の空気を歪めていく。
エリーゼは魔法が放たれる前に飛び上がり剣を振るった。
「三式・滅輪」
剣に魔力を込め、飛んでいる間の一瞬で全ての炎の槍を魔術式ごとぶった斬る。
空中で閃光のように剣閃が奔り、魔術式の円陣が断ち切られては霧散する。炎の槍がその力を失いながらも、裂かれた余波で周囲の空気が揺らめいた。
続く衝突。槍と剣が激突し、鋼と鋼が激しく軋んだ。
耳をつんざく金属音。石床が震える。
リザードマンは後ろに身を引き、槍から新たな魔術式が幾重にも編まれていく。
周囲が歪み、炎の槍と氷の槍が複数同時に生まれ落ち、無尽蔵に周囲へ放たれた。
「ラシアさん!ゼリアさん!」
エリーゼの叫びに、ラシアの詠唱が止まる。ゼリアは息を呑み、すぐにラシアの元へ駆け寄った。
迫る槍の群れに向けて剣を構えるが、切り払えるはずもない。魔力を込めて受ける技術も、まだ自分にはなかった。
「こんなにも役に立てないなんて……」
悔しさが胸を刺す。それでも足は止まらず、ラシアの前に立った。
剣を握る手が震える。視界には赤と青の光の奔流が迫ってくる。
「早く逃げてください!」
だがラシアは、杖を握る手を一歩も引かなかった。
「この杖なら、あの槍くらいはなんとかなります!」
魔術式の輝きが杖の先で一気に拡がる。熱を含んだ大気が震え、炎と氷の槍が目前まで迫る。
「ファイアーボール!」
ラシアの杖から、爆ぜるように巨大な火球が放たれた。炎の渦が槍を呑み込み、相殺の爆風が壁を叩く。
「この杖すごい!」
衝撃波の奥で、リザードマンが低く唸り声を上げる。
「シャア!」
何も出来なかった魔物の叫びが、広い部屋に反響した。
「もう何もさせませんよ!」
土埃が舞う中、エリーゼが一気に踏み込む。剣を振る代わりに、リザードマンの腹へ渾身の蹴りを叩き込む。
だが、槍を持っていない三本の腕が素早く盾のように入り、威力を殺した。壁際まで吹き飛ばすことはできたが、手応えは薄い。
土煙が二人の間を遮った。
「大丈夫ですか!」
振り返ったエリーゼの声に、杖を握ったラシアが笑みを浮かべる。
「大丈夫です!この杖凄いんですよ!」
その言葉にエリーゼの口元が、わずかに緩んだ。
「それは良かったです。」
舞い上がった塵が消えると、リザードマンの姿が再び現れる。鱗に土をまとい、瞳だけがぎらりと光る。
「ギャアア!!」
槍を高く掲げると、床の魔術式が再び闇を吐き出した。地面を割って開いた穴から、剣を握った二体のスケルトンがゆらりと立ち上がる。
「ボスモンスターを召喚するなんて…….」
ゼリアが息を呑むのも無理はなかった。目の前に立ちはだかったのは、このダンジョンの主であるシルバースケルトン。銀色の骨が光を弾き、握る剣には血のような赤い属性石が埋め込まれている。
「あのスケルトンは私とラシアさんで対応します!エリーゼさんはリザードマンだけに集中してください!」
「助かります!」
ゼリアは声を振り絞ると、真っ直ぐにスケルトンへ駆け込んだ。エリーゼに迫りかけていた骸骨の注意を無理やり引きつける。
スケルトンから素早く振り下ろされる剣。その刃の軌道から赤い火花が散った。斬撃の軌跡に沿って、炎が舞い、空気を焦がす。
「チッ、厄介だな」
一太刀ごとに、小さな火花がゼリアの頬を掠める。威力はわずかだが、熱と敵への恐怖が無意識に足を止める。
こんな自分があまりにも情けなかった。
こんな炎に怯える奴が、騎士になんて……
歯を噛みしめ、剣を握り直す。
燃えさかる刃先を睨みつけると、体に溜まった弱気を無理やり振り払った。
剣を振るんだ!
「はぁぁ!!」
気合と共に、ゼリアは踏み込んだ。炎に怯まず、スケルトンに斬りかかる。銀の骨が火花を散らし、刀身がぶつかるたびに金属音がこだました。
ゼリアの剣筋は、まるで生き物のように絡みつき、二体のスケルトンは不規則な斬撃に振り回され、防御が追いつかない。
肌を焼かれる熱さに腕が痺れるが、痛みに構わず振り抜く。だが、鋭い剣先が銀の骨を叩いても、傷一つ残せなかった。
このままでは埒が明かない……
剣を振るふりをして、ゼリアの足が素早く踏み込む。一瞬で間合いを詰め、スケルトンの腕を真上に蹴り上げた。骨が軋む音と共に、握られていた剣が宙を舞う。
すかさず蹴り飛ばしたスケルトンの体が壁に叩きつけられ、ゼリアの視線はすでに次の標的を捕えていた。
落ちてきた剣を滑らかに掴み直す。その刃が横一文字に走り、隣のスケルトンの骨を鋭く斬った。
素早い振り抜きに合わせて、属性石の炎が軌道を引き裂くように噴き出す。赤い火花が床を走り、骨の継ぎ目を焼く。
後退したスケルトンを仕留めようと踏み込んだ、そのとき
「ゼリアさん動かないでください!」
声に反射的に振り返ると、ラシアの杖が高く掲げられていた。
魔術式が重なり合い、熱気を帯びた光が一気に膨れ上がる。
「ファイアーソード!」
炎の剣が眩い軌跡を描いて飛び出し、ゼリアの目の前でスケルトン二体をまとめて串刺しにして、奥に飛ばした。
紅蓮の刃が骨の芯を貫き、燃えさかる火が骨の隙間から漏れ出す。
だが、黒焦げになった骸骨の奥で、瞳が赤く妖しく瞬いた。
「暴走状態に入ったか……だが、後もう少しだ!」
スケルトンは炎に包まれながら、呻き声も上げずにゼリアへ突進する。
歯を剥き出しに、燃え盛る亡骸が迫る。それでもゼリアは一歩も動かない。
「ゼリアさん危ないです!」
ラシアの必死の声も、ゼリアの耳には遠かった。意識は深く深く、刀身の先へと沈んでいる。
頭の中で、エリーゼの剣の軌跡が重なり合った。理想の剣筋が己の腕に宿り、空気の流れさえ掴む。
一体のスケルトンが頭上に剣を振りかざす。骨の裂ける軋みが、すぐ耳元に迫る。
ここで決めなければ死ぬと思え!
己に叩き込むように言い聞かせる。
そっと目を開き、息を絞り、剣を横に構えた。
「一式・立風」
一閃。光の筋が一つ走り、ゼリアの腕が弧を描く。剣は二体のスケルトンを一瞬で切り裂き、内側から噴き出した炎が、骨の奥まで焼き尽くす。
骸骨の瞳が赤く瞬いたまま、スケルトンは音もなく灰に変わり、崩れ落ちた。
静寂の中、焦げた空気だけが残った。
ゼリアは剣を下ろし、肩で荒く息を吐いた。胸の奥に残る熱は、さっきまでの恐怖の名残だ。
「なんとかなったか。」
吐息混じりの声に、ラシアがこちらに来て、ハグをしてきた。嬉しそうに顔を上げる。
「凄いですよ!ゼリアさん!」
焦げた空気の中で、小さく火花が散る剣を握り直しながらゼリアが微かに笑った。
「いえ、まだまだです。こんな物に頼っていては強くなれませんから。」
言葉は厳しくても、声の奥には少しだけ自分を認める響きがあった。
「それでも凄いですよ!」
ラシアが杖を胸に抱え直し、こぼれる声には怯えよりも、確かな信頼があった。
ゼリアは剣を構え直し、周囲に目を走らせる。
「それよりもラシアさんは、ポーションを飲んで詠唱を始めてください。私が側で守りますから。」
「エリーゼさんのところに行かなくてもいいんですか?」
「あそこに参加すればかえって、邪魔になるだけですから。それに、さっきみたいに召喚されるかもしれません。」
「分かりました。すぐに始めます!」
小瓶の栓を引きちぎるように開け、ラシアは喉を鳴らして魔力を満たしていく。
視線を鋭く前に向け、静かに顔をエリーゼの方へ向ける。
そこでは、土埃と火花の中で、リザードマンと剣を交えるエリーゼの姿があった。
鋼と鋼が何度もぶつかり合い、魔力が擦れ合う音が遠くで雷鳴のように響いている。
剣も移動も速すぎて、目で追うだけで心臓が締め付けられる。リザードマンの四本の腕が槍を操り、残りの腕で鋭い爪を振りかざす。
だが、エリーゼの剣はそれを寸前で斬り払い、渦を巻くように舞っていた。
「あとは二人に賭けるしかないな。」
小さく息を呑み、ゼリアは足を半歩踏み込む。ラシアの背に気配を感じながら、わずかでも隙を見せる者は許さないと、剣先を再び構えた。