テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
一体王国で何が起こってるの!?
エリーゼはリザードマンと激しい攻防を繰り広げながら、脳裏で必死に考えを巡らせていた。
本来、ボスの扉は何らかの条件をクリアしなければ決して開かない。このダンジョンでは鍵を見つけることがその条件だった。だが、鍵がないのに扉が開いた。
この異常事態の意味は一つしかない。鍵に何かがあったということ。
しかし、ダンジョンの鍵は何をしても変わらない。斬っても砕いても、強力な魔法すら通じず、ひび一つ入らない。それが“絶対”のはずだった。
だが、その不変が破られた。これは世界の秩序を動かすほどの出来事。こんなことを可能にする組織があるなら、国どころか世界を乗っ取ることすら――。
嫌な予感が脳裏をよぎった一瞬、エリーゼの剣に迷いが生じた。そのれを見逃さなかったリザードマンが槍の柄で剣先を弾く。金属が軋み、刃に深いヒビが走った。
「二式・断獄」
焦りと共に横へ踏み込み、エリーゼはリザードマンの槍を断とうと剣を振り下ろす。
だが、訓練用のその剣では到底刃が立たず、逆に剣が折れた。
「この剣ではダメでしたか」
苦く息を呑む間もなく、リザードマンの槍の柄が横薙ぎに振るわれる。
強烈な一撃に吹き飛ばされ、ゼリアとラシアの近くまで転がった。体勢を立て直すと、すぐに駆け出そうとする。
「待ってください!私が持ってるのを使ってください!」
ゼリアが息を切らしながら剣を投げ渡した。
「ダメです!あなたはラシアさんを守ってください!」
「もう一つ落ちてるので、大丈夫です!」
横を見ると、一本の剣が落ちていた。属性石の輝きが目に入る。
「ありがとうございます!」
エリーゼは短く礼を告げると、ゼリアの剣を握り直し、再び戦場へ飛び込む。
振るたびに剣先から小さな炎が迸り、燃え残りが宙を舞った。属性石の力は小さくとも、剣の速さが火力を補った。リザードマンの動きが怯む。
「一式・立風」
素早い剣閃が槍を断つように走る。槍に細かなヒビが走り、さらに激しい炎がリザードマンの腕を焼く。
「シャアア!!」
呻き声と共に一歩退くが、エリーゼは間を与えず距離を詰める。怒りに満ちた咆哮が狭い部屋に響く。リザードマンは苛立ちを露わにし、槍を落とすと、焼け焦げた腕を自ら切り落とし、喰らった。
「なんてことを….」
動きを止めたエリーゼの目の前で、リザードマンの口から黒煙が立ちのぼる。腕を喰らい尽くすと、その鱗がさらに漆黒へと染まり、体躯が膨れ上がった。盛り上がった筋肉が鎧のように光る。
残る三本の腕がぶるりと揺れ、瞬時に殴りかかる。
「シャアア!」
咆哮と共に鋭い拳が幾度も剣を打つ。あまりの力にエリーゼは後退しながら防御を固めるしかなかった。金属と骨が打ち合うたび、鋭い衝撃が全身を走る。
勝利を確信したのか、リザードマンの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。怒涛の打撃がエリーゼを壁際へと追い込んでいく。
「こうなったら……」
一本の腕が大きく後ろへ引かれた瞬間を、エリーゼは見逃さなかった。壁を背にする寸前、わずかに腰を捻ると、流れるように背後へ回り込む。
「二式・断獄」
鋭い斬撃が背中を裂き、中から炎が吹き上がった。
「シャアア!!」
苦悶の咆哮。怯む姿を前に、エリーゼは止めを刺そうと剣を振りかぶる。
「エリーゼさん!横に避けてください!!」
ゼリアの声と同時に、視界の端で銀色の閃光が迫る。エリーゼはすぐに身を翻すが、槍の切っ先が横腹の鎧を裂き、血が飛び散った。
「ぐっ……!」
痛みを堪え、距離を取りつつポーションを一気に煽る。腹の傷がじわりと塞がり、再び前を見る。
リザードマンは槍から氷の槍を召喚し、自分に放った。冷気がぶつかり合い、周囲の空気が飽和する。視界には舞い上がる水蒸気が満ち、奥では、もがくような光の震えが炸裂していた。
「ギャアア!!」
狂ったような叫びと同時に、空間を裂く稲光が広がる。槍に込められた魔力が暴走し、無数の雷の槍が四方へと飛び出していく。光の軌道はあまりに速く、エリーゼの視線でさえ上手く追いつけない。
「ゼリアさんとラシアさんは避けてください!」
エリーゼはすぐに動き、剣で雷の槍を迎え撃つ。だが、速度が尋常ではなく、数本しか防ぐことができなかった。
「しまった!」
焦りが背中を走る。ゼリアはすぐにラシアへ叫ぶ。
「早く離れて!」
しかし、ラシアは魔術の詠唱中。急な詠破棄は魔法を暴走させ爆発する可能性がある。逃げることもできず、時間も足りない。
槍が目の前に迫った。雷が空間を裂きながら、ラシアに向かってきたその瞬間、ゼリアが飛び出す。
「ぐああ!!」
雷槍がゼリアの身体を貫いた。全身が麻痺し、力なくその場に崩れ落ちる。
リザードマンは構え直し、再びラシアへ向けて槍を投げようとしている。だが、そこで炎が唸りをあげて吹き上がった。
「ファイアーストーム!」
ラシアが詠唱を切り上げ、放ったのは燃え上がる炎の竜巻。未完成ではあるが、轟々と渦巻くその姿は十分な威圧を帯びていた。炎がリザードマンに迫り、その注意を引きつける。
エリーゼは、その隙にすぐさまゼリアの元へ駆けつける。手早く離れた場所へ運び、壁の陰に身体を休ませる。
「早く飲んでください!」
手にしたポーションの栓を抜き、ゼリアの口を開けてゆっくりと注ぎ込んだ。時間をかけて焦げた皮膚が薄く再生し、少しずつ元通りになっていく。
「エリーゼさん….私は大丈夫です…..」
「ここでじっとしていてください!後はなんとかしますから!」
「すいません….私が弱いか ら……」
「そんなこと言わないでください。あなたが庇ってくれなかったら、ラシアさんは…….」
「すぐ に私も動きます。だから、早くあの化け物の方へ行ってください。」
かすれた声だったが、それでも確かに意志が込められていた。
エリーゼとゼリアのやり取りを見ていたリザードマンは、不気味な笑みを浮かべていた。漆黒の鱗が軋み、口元が割れるように歪むその姿は、まるで死を愉しんでいる狂気の影だった。
「あのクソ野郎……」
ラシアは唇を噛みながら小さく呟いた。その目には、怒りよりも遥かに強い決意が燃えている。
あいつ絶対に燃やしまくって地獄見せてやる。
ラシアはそう誓い、ポーションを口にして詠唱に入った。その声は震えていない。
エリーゼは剣を強く握りしめ、一気にリザードマンへと突撃する。地面を蹴る足音が重なり、空気が剣圧に引き裂かれる。
リザードマンは杖を高く掲げた。その魔力が空間をうねらせ、銀色の骨の霧が渦を巻くように現れ始める。再びシルバースケルトンが召喚された。
その一体はすぐさま剣を構え、エリーゼへと接近する。
「邪魔です!!」
振りかぶられた剣を、エリーゼの一撃が打ち砕く。斬り裂かれたスケルトンは、粒子となって霧のように消えた。
エリーゼは倒れた骸骨の剣を拾い上げ、二刀流に持ち替えると、リザードマンの元へ向かって突き進む。だが、そこに姿はなかった。
「どこにいる!?」
鋭い声を響かせて、周囲を見回す。
空気が震える。強烈な魔力のうねりが背中を撫でる。目を上げると、空中に佇むリザードマンの姿。その手には巨大な氷の槍。標的はラシアだった。
「ラシアさん!!上に槍が!!」
エリーゼの叫びが駆け抜ける。ラシアが顔を上げると、凍てつく死の塊が、音もなく落下してきていた。
「ここで終わりなの……」
恐怖が膝を奪う。足に力が入らない。震える視界の中、槍の影が迫る。
あのクソ野郎に一発かましたかったのに……
「早く!早く!間に合え!!」
エリーゼが自分に言い聞かせるように叫び、必死の勢いで駆け出した。だが、槍の速度が追い越していく。
「シャア!!」
勝ち誇ったリザードマンが、空中でねじれた笑みを浮かべながらその光景を眺める。
「三式・滅輪!」
エリーゼの剣が閃光のように天を走り、氷の槍を真っ二つに断つ。
「な……!!」
しかし、その奥にまだ多数の氷の槍が落ちてきていた。密集した空から無数の尖端が降り注ぐ。剣で斬ってもカバーできるような量ではなかった。
空間を埋め尽くす冷たい光が、まるで死を宣告するように地上を目掛けていた。
エリーゼは膝が崩れそうになる。思わず力が抜け、剣を握る手から温度が奪われていくような錯覚。それでも、震える瞳を閉じずに首を振った。
ゼリアさんとラシアさんだけは助けないと!!
呼吸が浅くなる中、体が勝手に動き出す。ラシアの方へと駆け、腕を広げて包み込むように庇った。二人の影が槍の雨に飲まれようとする直前、その瞬間の決意が空気の色を変える。
「エリーゼさん逃げて!!」
ラシアの悲鳴が風を切る。耳に刺さるような声だが、エリーゼはその叫びに応えることなく、庇ったまま動かずにいる。
「シャアア!!」
リザードマンの笑い声はねじれて響く。滑稽だった。さっきまであんなに強いやつが、ここまで惨めな死に方をするなんて。
勝ち誇り、悠々と奥へ戻ろうとしたその時
上から叫び声が声が降ってきた。
「ママーー!!!」
リザードマンが上を見上げたその先。天井が裂けるように開き、眩い裂け目から光の影が次々に降りてくる。
一人の男と、大量のモンスターたちが空を舞い、混沌の渦となって地上へ落ちてくるその光景は、もはや現実とは思えないほど異様だった。
穴の奥から、叫び声が響き渡る。
「カイル!お前には感謝しかないぜ!!」
ひとりの冒険者が、裂け目の端に顔を覗かせて声を張り上げる。彼に続くように、別の冒険者たちも瞳を濡らし、声を震わせながら叫び出す。
「まさか、俺たちが罠に引っかからないように、わざと落ちるなんて!英雄とはあなたのことを言うんですね!」
空中では、カイルが風に煽られながら剣を握り、なすすべなく叫ぶ。
「ふざけんな!!俺がわざと落ちるわけないだろ!!お前ら俺を早く助けろーー!!」
空気の厚みと距離のせいで、その声は地上にはほとんど届いていなかった。
「なんて言ったんだ?」
冒険者が首を傾げながら周囲を見渡す。
「ふざけんな、俺がお前らを助けるって言ってるぞ!!」
叫びが届いた途端、冒険者たちは目元を拭いながら、動き出す。その表情は、まるで聖なる任務を遂行するかのような決意に満ちていた。
「俺らはポーションと武器を落として早く報告に行くぞ!!そして、あの男が戻ってきたら盛大に歓迎するんだ!!」
「カイル!!カイル!!YEAH!!!!!」
その叫びが空まで届くと、空中のカイルの頬にも涙が伝い落ちていた。
「馬鹿野郎ーー!!!!なんでお前らはそんなに馬鹿なんだーー!!!」
大量の装備とモンスターの群れがホールの天井を埋めていた。その光景にリザードマンは開いた口が塞がらなかった。
滑空するスライムたちは光を帯びながら魔術式を展開し、メイジは詠唱の光輪をまとって魔法の嵐を準備していた。
カイルはさらに涙を流して、喉の奥から声を出す。
「NOO!!!!」