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お股ポテト
29
はるにし
72
金属が擦れるような、キィキィとした音がする。
お腹が冷たい。
銀のお皿の上に座っているみたいだ。
「みゅぅみゅぅ」
さっきまで人型でいたのに、怖くていつの間にか猫の姿になっていた。
「リンネ! 聞こえるかい、リンネ!」
「シュメリ、喋るな」
僕を探すシュメリの声が、誰かに諫められた。
その声が淡々として冷たくて、僕は丸くなって身を強張らせた。
「そう硬くなる必要はないよ、リンネ」
細い指が、僕の背中を撫でた。
その手が冷たくて、僕はプルプル震えた。
「ふぅむ、怯えているね」
「当然だ。こんなやり方したら、怖いに決まっている」
「だから、お前は喋るな、シュメリ。天秤が揺れる」
声の主が、シュメリをぴしゃりと撥ね退けた。
(天秤? なんだろう)
そう思って、ゆっくり目を開ける。
僕は大きなお皿の上に乗っていた。
反対側のお皿には、シュメリが乗っている。
(本当に天秤だ)
僕とシュメリを測るみたいに、天秤に乗せられている。
「みぅ、みぅ」
「こら、リンネも動くんじゃない」
細身の男が僕の頭を撫でた。
さっきの細くて冷たい手だ。
男の人は顔の半分が蛇の鱗で覆われていた。
ちょっと怖いけど、頭を撫でてくれる手は、柔らかい。
「二人が動くと、測定ができない。早く降りたいなら、じっとしていることだよ」
男がクックと笑った。
「とんだ趣向だね、クロノア」
仕方ないとばかりに、シュメリが皿の上でじっとした。
シュメリが男をクロノアと呼んだ。
(この人が、魔術師団の副団長さん、なんだ)
僕は、ぼんやりとクロノアを眺めた。
(この人は、普通の人間じゃない。僕と同じ、獣人かな)
感じるのは獣ではなく、蛇の匂いだけど。
「私は蛇人と言ってね、自分の中に蛇を取り込んだ人間だよ」
「にゃふっ!」
蛇を取り込むってどういうことだろう。
というか、どうして僕が考えていること、わかったの。
「猫の姿でも考えが顔に出る。さぞ、わかり易かったろうね」
クロノアが、ちらりとシュメリを窺った。
シュメリが、ふぃと顔を背けた。
「おぉ、天秤が反応し始めた」
小さく揺れていた天秤が、ピタリと動きを止めた。
「重さは均一、魂が惹かれ合うわけだね。唯一無二と呼んでいい相性の良さだ」
クロノアがニタリと笑んだ。
皿に乗っているシュメリが、安堵したように息を吐いた。
「さぁ、おいで。リンネ」
「みゅ?」
クロノアが僕の体を抱き上げた。
「シュメリは自分で降りるんだよ」
「言われるまでもないよ」
とん、と皿を軽く蹴って、シュメリが地面に下りた。
あの不安定な皿から軽々と降りるシュメリが、格好良い。
(やっぱりシュメリは団長さんなんだ)
「シュメリに見惚れているのかい。可愛いね、リンネ」
クロノアが僕に頬擦りした。
「私の許嫁候補に触れないでもらおうか」
クロノアの手からシュメリが僕を奪い返した。
「みぅみぅ」
シュメリに縋り付く。
やっと安心できる腕に戻ってこられた。
「怖かったね、リンネ。よしよし」
シュメリが僕の背中を撫でてくれる。
「シュメリが感じた魔種の相性は、間違いではないね」
クロノアがシュメリの手を退けて、僕の背中に手をあてた。
もう片方の手を、シュメリの胸に当てる。
「運命と呼んで過言でない重なりだ。これほどの相手を、よく見付けたものだね」
クロノアの話し方は平坦だけど、興奮しているように感じる。
シュメリが、安心したように表情を緩めた。
「そうか、やっぱりリンネは、私の運命か」
「だからこそ、本来なら咲かないはずの花が咲いた」
「何? どういうことだ」
シュメリが顔を顰めた。
「リンネはただの魔種持ちだ。魔花を咲かせるタイプではない。だが、今のリンネは花が咲きかけている。シュメリの……運命の影響を受けているからさ」
シュメリの顔が、さっきより強張った。
「私の、せいか」
「にゃ、にゃ!」
シュメリのせいじゃない。
シュメリの隣にいて魔花が咲くなら、僕はそれでいい。
僕は肉球でペチペチとシュメリの頬を撫でた。
「悲観する必要はないよ。そのお陰で、魂の殻が破れてもリンネは記憶を失わなかった。魔花が咲くほどの芳醇な魔力に守られたんだ」
「そう……なのか?」
シュメリが、わからない顔で首を傾げた。
クロノアの指が、僕の顎を撫でた。
「今は殻など見えないよ。随分と美しい魂だ。記憶もしっかり戻って、保持できているんじゃないかな?」
「うにゅ」
クロノアに問われて、僕は頷いた。
シュメリが、ほっと息を吐いた。
「そうか、良かった」
「大方、前世の魂を引き摺ってきたのだろう。本来ならリセットされるはずの魂の記憶まで、持ってきたんだね。欲張りなことだ」
クロノアに鼻を、ちょんと押された。
「むにゅ」
だって、大事な記憶だったんだ。
シュメリとバルトのこと、忘れたくなかったんだ。
僕はシュメリにしがみ付いた。
「リンネの記憶と魂は、安定したと思っていいのか?」
「もう心配ないだろう」
シュメリに笑みが上った。
「クロノアが大丈夫だと太鼓判をくれた。もう、心配ない」
安心した声だ。
変態とか言っていたけど、シュメリなりにクロノアを信頼しているんだ。
(適任って、ムスクさんも言ってた。シュメリも安心してる。大丈夫なんだ)
僕も、胸を撫で下ろした。
「しかし、魔花は話が別だ。シュメリといる限り、リンネの花は開くよ」
シュメリの顔が引き攣った。
「……魔術師団は、リンネを欲しがるか?」
「欲しいねぇ。獣人の魔花、特殊な魂の持ち主。実に興味がある」
魔術師団というより、クロノア個人の興味に聴こえる。
「クロノアの実験体にはさせない。魔術師団には渡さない」
シュメリが僕を胸に囲うように抱き直した。
「ふみゅ」
そういえば、魔術師団に入ったら僕はバルトとは扱いが異なるって、シュメリが言っていた。
(団員じゃなくて、実験体ってこと?)
ぶるると、身が震えた。
こしょこしょとシュメリの懐に逃げる。
「ふふ、怯える姿も可愛いね、リンネ」
クロノアが僕の尻尾を撫でた。
ぞぞっと寒気が走った。
手つきが、まるで蛇みたいだ。
「魔花として開花すれば、魔力量は上がる。多少の魔術は使えたほうが、リンネのためだ。適正くらいは、調べるべきだろうね」
「適正……今、わからないのか?」
シュメリが、尻尾を撫でるクロノアの手を払い除けた。
クロノアが、僕をじっと見詰めた。
「花が開き切らないと、何とも言えないが。属性外には違いないだろうね」
「属性外……」
シュメリが息を飲んだ。
属性外って、何だろう。
良くないことなのかな。
「時々、見せにおいで。その程度なら、シュメリも怯えずに済むだろう」
「私は、怯えている訳では」
「わからないことに怯えるか、私に怯えるか。好きなほうを選ぶといい」
クロノアがニタリとする。
ちらりと見えた赤い舌が、蛇みたいに細かった。
シュメリが、口を引き結んだ。
僕を抱く腕に力が入った。
「……わかった。また来よう」
「週に一度程度で構わないよ。今のところ、リンネの魔花の開花はゆっくりだ。無理に急がせるものでもない」
クロノアが、トントンと机を指で叩いた。
「急がせたければ、方法はあるよ」
「結構だ。自然のままでいい」
シュメリが部屋の扉に向かった。
「そうかい、残念だ」
「また来るよ」
そう言って、シュメリが僕らを喰った扉を開いた。
クロノアにはツンツンしてたけど。
シュメリの顔は来た時よりスッキリしているように見えた。
コメント
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第38話、読み終えました〜! 天秤に乗せられて測定されるシーン、すごく印象的だった…。猫のリンネがお皿の上でプルプル震えてるの、めちゃくちゃ可愛いのに不気味さもあって、ゾクっとしたよ。クロノアの「運命と呼んで過言でない重なり」って台詞、重くて深くて痺れたな。シュメリが「俺のせいか」って落ち込むところもグッときたし、リンネが肉球でペチペチ撫でて慰めるの最高。「僕はそれでいい」っていう健気さが胸に沁みた🖤 クロノアの蛇っぽい手つきと、リンネを絶対守るぞって固くなるシュメリの対比がたまらなかったです。また続き読みたい!