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五
アトレティコ戦から一週間が経ち、コパ・デ・カンペオネス・フベニールの決勝、ルアレ・マドリーダとの決戦の日が来た。場所は、マドリードにあるエスタディオ・アルフレッド・ディ・ステファノという多目的スタジアムだった。
神白たちはヴァルセロナから高速鉄道でアトーチャ駅まで行ったのちに、チャーターバスで試合場まで辿り着いた。駐車場でバスを降りて、一団となって歩いてスタジアムへと向かう。
やがて神白は、入り口のドアの少し手前で立ち止まっている一人の少年に気づいた。スタジアムを見上げる形で静止している。
背丈は百六十センチもなく、手足も華奢だった。しかし目を引くのは、白色のジャージの背の部分にある、王冠と、RとMのアルファベットを象ったロゴだった。
(オルフィノ! なぜ一人でこんな所に?)神白が疑問を抱いていると、オルフィノはくるりと振り返った。
「よく来たね、誇り高き挑戦者たちよ! 僕たちルアレ・マドリーダCFは君たちを歓迎するよ!」
演劇のような動作で、オルフィノは両手を広げた。声音には一切の邪気がなく、氷上は自信に満ちた笑顔である。
オルフィノの顔立ちは、一言で表すと童顔だった。西洋人は老けて見えると言うが、オルフィノの輝く大きな黒目には年齢通りの少年の趣がある。顔はやや丸顔で、眉毛に少しかかる長さの黒髪は、ストレートでさらさらとしている。
「ほー、『挑戦者』と来たかよ? そいつぁ聞き捨てならねえな。ヴァルサよりルアレのほうが強いですってか?」
挑むような微笑の暁が、挑発するような声色で尋ねた。
するとオルフィノは、きょとんと呆気に取られたような顔をした。
「えっ、あれ? そこ引っかかっちゃう? あったりまえじゃん。わざわざ言わなきゃわからないかなぁ?」オルフィノは心底不思議に返事をした。
「まあ今のうちに、大きな口を叩いとけばいいっすよ。最後に笑うのはオレら! 栄光のヴァルサの超新星たちっす!」
天馬が爽やかそのものな声で言い返した。
すると「オルフィノ、何をしてる?」と、自動ドアから出てきた男が低い声で問うた。
男は高身長で、とてつもない威圧感があった。体格もよく、ルアレの白ジャージを筋肉が押し上げている。神白は闖入者の大男、フェルナンド・モンドラゴンの面長の顔を注視する。
モンドラゴンは坊主頭だった。目は二重瞼で細く、眼光は強い。鼻は高く、男前ではあるのだが、眉毛の細さもありそこはかとなく薄情な雰囲気だった。
「ヴァルサのお客さんたちに挨拶してたんだよ。僕、気が利くでしょ。なーんか当の本人たちには不評みたいだけど。何が悪かったのかなモンドラゴン。教えてほしいよ」
困ったような笑顔とともに、オルフィノは呟いた。
「また『挑戦者』だとか口走ったのか」
隣に至ったモンドラゴンが苦言を呈した。
オルフィノは「よくわかったね。確かにちょっと挑発的過ぎたかな」と申し訳なさそうに頷いた。
「駄目だぞオルフィノ。言語表現は適切にしなければならない。人間を人間たらしめるものだからな。相手の状況、その他もろもろをよく鑑みる必要がある。そうだな、俺ならばこう言う。『よく来た、誇り高きサンドバッグたちよ。わざわざ遠くまでぼこぼこにされに来るなんて、ご苦労なことだ』とな」
「……おおお。まさかのサンドバッグ宣言だぁ。ソフトな表現に変えるのかと思ったら、すんごい宣戦布告だ。僕よりはるかにきっついこと言ってるじゃん。うわぁぁ、僕正直、ちょっと引いちゃってるよ」
苦い眼差しをモンドラゴンに向けつつ、オルフィノは気まずそうに答えた。力強く豪語するモンドラゴンの表情には、悪意が一切感じられない。
次にモンドラゴンは、冷たい視線で神白たちを凝視した。
「世の中ではスペイン二強という文言がまかり通っている。だが、つくづく気に食わん。そんなのはトップチームだけの話で、下部組織には当てはまらない。ことフベニールAに関しては、ルアレが一強にして至高。トップについても遅くとも三年後には、俺とオルフィノの働きで世界最強の栄冠を手にしているだろう」
突き放すような口振りだった。少し間をおいて、モンドラゴンはさらに続ける。
「ヴァルサで俺が尊敬する人物は、後にも先にもただ一人。クレイフだ。敵味方を巻き込む強烈なカリスマと、『私はデビュー以来ずっと最高の選手だ。だがそれは、長期に渡って自分より劣った選手とプレーしてきたということになる』などと堂々と公言する豪胆さ。俺の目標とするところだ」
クレイフはオランダ出身で、祖国の強豪クラブやヴァルサで活躍した、およそ三十年前のレジェンドだった。
(この人は変わらないな。自信家というかナルシストというか)と、神白は言葉を失っていた。
「あいかわらずの大胆不敵さだな。まあ今日はお手柔らかに頼むよ」モンドラゴンの放言も柳に風といった調子で、レオンが爽やかに答えた。
するとオルフィノは、純真な笑顔を見せた。隣ではモンドラゴンが腕を組み、値踏みするような視線を神白たちに向けている。
六
会場入りした神白たちは、身支度をしてからコートに入った。昨日の雨でまだ少し水たまりが残っていた。
サッカー・コートの両側に、十列ほどの簡易の個別ベンチがびっしりと並んでおり、すでに六割ほどが埋まっていた。ルアレ二軍用のスタジアムであるため豪華さはなく、雰囲気は日本の市町村運営の陸上競技場に近いものがあった。
アップが済んで、神白たちはゴドイの下に集合した。ゴドイはいつも以上のエネルギッシュさで、神白たちを鼓舞した。
選手入場、全員との握手、円陣を終えて、神白たちはそれぞれのポジションへと駆けて行った。
ゴール前に着いた神白は、深呼吸で気持ちを高めつつ前方に目を向けた。
ヴァルサの布陣は、天馬が右ウイング、レオンが右ハーフといういつも通りのものだった。異なる点は暁が左センターバックに入り、右のアリウムとコンビを組んでいるところだった。
対するルアレは中盤が横一列の陣形である。モンドラゴンは右サイドバックで、オルフィノは左フォワードだった。しかし対戦経験の豊富な神白は、オルフィノは試合中、最前線より少し引いたポジションで自由に動き回ると知っていた。
笛が鳴った。ルアレ9番が足裏で転がし、決勝戦が始まった。