テラーノベル
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電子機器の部品らしき破片――それは、黒く光沢のある薄いプレートで、表面に極小の端子が並んでいた。専門的な知識がなくても、明らかに「日用品の一部ではない」とわかる。
俺はその小片を慎重にビニール袋へ入れ、書斎の机の上に置いた。
「これ、誰のものだか分かりますか?」
そう問いかけると、全員の視線が集まった。
だが、誰も答えなかった。
「電子機器の一部ね……」冴子がゆっくり言った。「たとえば、監視カメラの基盤とか。今どき、あらゆるものが電子制御されてるわ」
「監視カメラ……」俺は眉をひそめた。「この山荘に、そんなものが?」
辰馬はうつむいたまま、ぽつりと答えた。
「……実は一部、設置してある。防犯用にな」
全員が一斉に辰馬を見た。
「どこに?」
「主に出入り口と廊下、それから食堂の隅に。だが、録画はクラウド保存にしていて、Wi-Fiが止まっている今はアクセスできない。ローカル保存もしていない」
つまり、**防犯カメラは“見ることはできても、証拠にはならない”**ということだ。
「だったらこの破片は、そのカメラの一部ってことか?」
「可能性はある」辰馬が言った。「破壊されたものがあるか、後で確認しよう。ただ……カメラを壊す理由があるのは、犯人しかいない」
澪が小さくつぶやいた。
「証拠を消すため……?」
冴子が静かに頷いた。
「つまり、城戸さんが殺される直前、犯人がカメラに映った。だから壊した。そう考えるのが自然でしょうね」
名越がドアの前で腕を組みながら言う。
「それなら、誰がそんなことできる? この屋敷のセキュリティとか電源系とか、知ってるヤツに限られるだろ」
確かに。
そして、さらに気になるのは、**密室**という状況だ。
どうやって犯人は、鍵のかかった部屋から出たのか?
ドアを無理にこじ開けた形跡はない。窓も内側からロックされていた。
「……もしかして」と俺は呟いた。「鍵が最初から壊れていたとか。施錠しているようで、実際には開いていたとか」
「いや、それはない」辰馬が首を振る。「あの部屋の鍵は、昨日の夜、私自身がチェックした。問題はなかった」
「じゃあ……何か、仕掛けが?」
「例えば、鍵を“外から操作する道具”とか?」澪が言った。
「トリックか」冴子の目が細くなる。「本格的に“犯人”が、謎解きを仕掛けてきているとしたら……これ、ただの殺人じゃ済まないわよ」
誰もが押し黙る。
重い沈黙のなか、俺は心の奥で感じていた。
――これは、始まりにすぎない。
そして、犯人はこの中にいる。
もしくは、犯人が“遺書の内容”そのものを知っており、それを他人に知られることを恐れているのかもしれない。
つまり、**この事件の動機は“殺人”ではなく、“真実の抹消”**。
俺は深く息を吸った。
「とにかく、一度みんなの行動を洗い直す。昨日の夜から今朝までの動きを、時系列で整理したい」
辰馬がうなずく。
「そうだな……私の方で、時間帯別にまとめておこう。全員から順に話を聞こう」
そのとき、名越がポケットから何かを取り出した。
「そういや、変なもん拾ったぞ」
それは――**USBメモリ**だった。
「廊下の隅に落ちてた。誰のだ?」
誰も手を挙げなかった。
冴子がそれを受け取り、慎重に観察する。
「……ラベルが貼ってある。“T-α03”。なんの記録かしらね」
「中を確認できるパソコンはあるか?」俺が聞くと、辰馬が小さく頷いた。
「一階の書斎に古いノートパソコンがある。スタンドアロンで動くはずだ」
「よし、確認しよう」
そして、全員が書斎へ向かった。
このUSBに記された“記録”が――地獄の扉を開けることになるとは、まだ誰も知らなかった。
書斎に戻り、俺たちはノートパソコンの電源を入れた。
起動音が鳴り、Windowsの古いロゴが表示される。セキュリティソフトも入っていない、まさに“孤島”のようなPCだ。
USBを慎重に差し込み、エクスプローラーを開く。
「……フォルダが一つあるわ。“EYES-ONLY”」
澪がクリックすると、動画ファイルが一つだけ入っていた。
「T_α03_rec.mp4」
俺は小さく息を飲み、再生を指示した。
映像が始まった。
それは、**監視カメラの記録映像**だった。場所は、屋敷の2階東側――まさに城戸が殺された“あの書斎”の前の廊下だ。
時間は、**前夜23時47分**。
廊下には誰もいない。
静寂だけが支配するなか、一人の人影が現れた。
「……誰だ?」
画質は荒い。だが、シルエットははっきりしていた。男だ。身長は高くない。パーカーのフードを被り、顔は監視カメラに映らないよう俯いている。
その人物は、廊下をゆっくりと進み――書斎の前で立ち止まる。
次の瞬間、彼は**何かをドアの鍵穴に差し込んだ**。
「……ロックピックか?」
まるで鍵師のような動きで、彼はわずか十秒足らずでドアを開け、部屋の中に姿を消した。
その時刻、**23時48分**。
そのまま、一分ほど何も映らない時間が続く。
そして――23時49分。
同じ男が部屋から出てくる。その手には、**薄く光る金属線**が握られていた。
映像はそこで途切れた。
「……終わり?」
「いや、まだ続きがある」
画面が暗転し、次の映像が流れる。
そこには、無音のまま、**パソコンのデスクトップ画面**が映されていた。
誰かがメールソフトを開く。
そして、新規メール作成。
宛先は――**『k.nagoshi@*****.jp』**
名越……!
件名は空白、本文には一文だけ。
> 『まだ終わっていない。次はお前の番だ』
映像は、そこまでだった。
「……どういうことだ?」名越が立ち上がった。「おい、なんで俺の名前が出てくる!?」
冴子が鋭く言った。
「あなたに脅迫メールが送られていたの?」
「知らねえよ、そんなの……今、通信できねぇんだぞ。どうやってメールなんか……」
俺はゆっくりと口を開いた。
「この映像、録画されたのはWi-Fi停止前の可能性が高い。もしかすると、屋敷内部のLANを使って、送信だけされていたのかもしれない」
澪が呟く。
「つまり、犯人は……最初から誰かを“順番に殺す”つもりだった」
「……俺を殺すつもりだったってのかよ」
名越が拳を握る。
だが誰も、彼に言葉をかけられなかった。
それほどまでに――映像の内容は、重く、冷たかった。
その夜、名越は自室に鍵をかけ、誰とも口をきかなかった。
辰馬は言った。
「……この中に、明らかに“仕掛けている者”がいる。そしてそいつは、ゲームを楽しんでいる。次の犠牲者を、選びながら」
俺の胸には、不気味な予感が残っていた。
“次の犠牲者”という言葉が、異様なほど現実味を帯びて響いていた。
そして――その予感は、的中する。
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