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第三章 疑惑の連鎖
朝になっても、名越は部屋から出てこなかった。
食堂で全員が揃ったのは、午前八時。無言の朝食。パンとコーヒーの香りだけが、重苦しい空気を少し和らげていた。
「名越さん……まだ部屋に?」
澪がぽつりと尋ねる。
「ああ。ドアをノックしても返事はなかった」と辰馬が答えた。
「鍵は?」
「内側からかかってる」
その言葉に、一同がざわついた。
「まさか……」冴子が静かに立ち上がる。「確認した方がいいわ」
俺と冴子、それに辰馬が連れ立って、名越の部屋へ向かった。ノックしても反応はない。だが、音はする――何かを動かす気配、布の擦れる音。
「名越、いるんだろ?」
俺が声をかけると、しばらくしてドアがわずかに開いた。
中から覗いた顔は、名越だった。
……だが、その目は血走っていた。
「……誰も信用できねぇ。全員、何か隠してやがる」
彼はドアチェーンを外さず、隙間から言った。
「誰かが俺を殺すつもりで動いてる。昨夜だって、廊下で足音がした。誰かが、部屋の前で立ち止まってた。俺は寝たふりしてたがな……」
「それは本当か?」俺が尋ねると、名越は怒鳴った。
「嘘だったら、こんなとこで引きこもるかよ!」
ドアがバタンと閉まり、会話は途切れた。
食堂に戻ると、冴子がゆっくりと言った。
「名越さんの言葉が本当なら、昨夜、部屋の前に立った誰かがいる。誰?」
沈黙。
「私は、夜中にトイレに起きただけ。二階の廊下には出ていない」と澪。
「俺は書庫で本を読んでいた。ドアを開けた覚えもない」と辰馬。
「私は……暖炉の前でワインを飲んでいたわ。途中でうたた寝したかもしれない」と冴子。
全員、アリバイらしきものを口にした。
だが、それを証明する者はいない。
「これじゃ、誰も信じられないじゃないか」と俺は呟いた。
澪が、控えめな声で言った。
「本当は、名越さん自身が昨夜、部屋の外に出たのでは……?」
「どういう意味だ?」
「何か……確認したかったとか。あるいは――“犯人と接触した”とか」
その仮説に、誰もすぐには反論しなかった。
その日の午後、俺は一人、廊下を歩いていた。
ふと気になって、階段裏の納戸を調べてみた。
小さな工具箱、ブレーカー、清掃道具……それらの隅に、奇妙なものが置かれていた。
**もう一本のUSBメモリ**。
しかも、前回と同じく「T-α」シリーズと書かれている。今回は「T-α04」。
俺はそれをすぐ、パソコンへ差し込んだ。
中に入っていたのは、またしても**動画ファイル**だった。
映像が始まる。
場所は、**雪原荘の食堂**。
撮影されたのは――二日前、皆が到着した初日の夜。まだ誰も緊張していなかったころのものだ。
画面の端に、ぼやけた影が映っている。
人物は、一瞬だけカメラの視界に入る。
だが、その人物は明らかに――
**この六人の中にいない**。
フード付きのロングコートを着た、長身の誰か。
顔は映っていない。
映像は一瞬で途切れた。
「……何だこれ……誰だ、こいつは」
俺はゾクリと背筋が凍った。
今ここにいる六人の中に、**“存在していないはずの人物”が映っていた**のだ。
それは何を意味するのか。
もしかすると――この山荘には、俺たちが知らない“第七の人物”が、すでに入り込んでいる……?
俺はすぐ、USBに映っていた映像を全員に見せた。
食堂に集められた五人は、黙って画面を見つめていた。短い動画、ほんの数秒。その中で、フード付きの長身の人影が、テーブルの裏手を通過する。
顔は見えない。だが、確かに映っていた。
「……こいつ、誰だ?」と名越が絞り出すように言った。
「この中にはいないわね」冴子が静かに言った。「身長も違う。肩幅も広すぎる」
「つまり、この山荘に、**もう一人、誰かがいる**ってことか?」と名越。
誰も答えられなかった。
その日、俺たちは山荘中をくまなく調べた。
全ての個室、納戸、物置部屋、地下の貯蔵庫まで。
だが――**“第七の人物”が潜伏している形跡は、どこにもなかった。**