孫悟空 修羅道
ゴォォォオオオオ!!!
叫び声と突っ込んできた左軍の連中に次々と炎が燃え移る。
「うがあぁぁ!!!?」
「こ、こっちに来んなよ!!!俺達に炎が燃え移ったらっ、どうすんだよ!?」
前にいる左軍の奴等が揉め出した。
「お、おおおお!!!指揮官殿の言う通りになったぞ!!!」
「左軍の奴等が慌てているのを初めて見たぞ…」
弓兵の爺さん達は、目の前で起きている光景に目を丸くさせている。
「や、やりましたねっ、悟空さん!!!悟空さんの言った通りになったっ」
「今の奴等には俺達がする攻撃が効く頃だ。攻撃部隊前に出ろ、弓兵の奴等は攻撃部隊の後方支援だ」
黒風の問いに答えながら、攻撃部隊の爺さん達に声を
掛けた。
「「「分かりました、指揮官殿!!!行くっぞおおおお!!!」」」
攻撃部隊の爺さん達は刀を持ち上げたまま、盾を構えながら階段を勢いよく降りる。
ドドドドドドドッ!!!
「う、右軍の奴等が降りて来たぞっ!!!」
「お、おい!!!後ろに下がるなって!!!ギャアアアアア!!!」
燃えている左軍の奴等が後ろに下がれば、灯った炎は次々と燃え移って行く。
階段にも油がたっぷり垂れ落ちている所為で、降りようとした兵士達は足を滑らせて転倒している。
ズルッ!!!
「うわー!!!」
「油の所為で滑るぞ、この階段!!!」
「今じゃああああ!!!」
グサッ!!!
「ガハッ!?」
攻撃部隊の爺さん達が次々と、転倒した左軍の兵士達の背中に刀を突き刺す。
燃え盛る炎の中で苦痛の叫び声と、赤黒い血飛沫が上がって行く。
数分前に黒風と右軍の爺さんを呼び出し、俺はある作戦を話していた。
***
「指揮官さんや、何か策があると聞いたんじゃが…」
「何とよ?老耄のわし等にも出来る事なのか?」
「あぁ、アンタ等でも簡単に出来る事だ。厨房に油の入った壺を見つけた。黒風に厨房の油を掻き集めさせた」
俺の言葉を聞いた黒風は、ドンッと油の入った壺達を爺さん達の前に置く。
「良いか、爺さん達。時間がねーから、端的に説明すんぞ。この油を突っ込んで来る左軍の連中に向かって、投げ飛ばす。爺さん達は弓矢の羽に火を付け、黒風の掛け声と同時に弓を放つだけだ」
「じゃが、左軍の奴等が突っ込んで来なかったら?可能性がないとも言えんじゃろ?」
俺の策を聞き、一人の爺さんが物申して来た。
「お前等の軍が左軍みてーに、ずっと勝っていたらよ。負けっぱなしの左軍の事をどう思う」
五秒ぐらいの沈黙が続き、各々が口を開く。
「え、そりゃ…。調子に乗ってるじゃろうなぁ」
「左軍がやる事はたいした事がないと、決めて掛かっとる」
「今の左軍は良い具合に調子に乗ってる。軍自体も隙が生まれ易くなってるし、反撃のチャンスが出来てもおかしくないな」
爺さん達にも左軍の今の状況が見えてるみたいだな。
俺の挑発に乗るような馬鹿な男がいれば、この策がスムーズに行くんだが…。
「よく分かってんじゃねーか。左軍の中でも特に馬鹿そうな奴はいるか」
「馬鹿そうな男か…。そう言えば、一人だけおったわ。猿みたいな顔をした図体のデカイ男が。よく、怒れれているのを何回か見た事がある。確か、前に出過
ぎだって言われていたような…」
爺さん達の話を一通り聞き、もう一度説明する。
「その馬鹿は俺が上手い事、挑発に乗らせる。良いか?馬鹿が兵士達を連れて階段を上がって来たら、油の入った壺を一斉に投げつけろ。そして、すぐに弓矢に付いている羽に炎を着火させ、黒風の掛け声と同時に放て」
そう言いながら、俺は弓矢を放つ仕草をした。
「「「おおおおおお!!!」」」
爺さん達は瞳を輝かせながら、感心したような表情を見せる。
「それに投げ付けた壺が割れて、階段にも油が垂れる。そこで、攻撃部隊の爺さん達の出番だ」
「へ?どう言う事じゃ?指揮官殿?」
「油で滑って転倒した左軍の兵士達の息の根を止めろ上手く行けば、かなりの人数を削れる。俺が左軍の城に向かっても、平気なぐらい減らせる」
攻撃部隊の爺さん達は驚きのあまり、言葉を失っている。
「良いか、爺さん共。力が及ばないなら、頭を使って戦えば良い。数が足りないなら、知恵で数を補えば良いだろ」
「そ、そんな簡単な事が思い付いかなかった…」
「頭を使って戦うって言う発想すらなかったのう…。
指揮官殿の言う通りじゃな、皆の者!!!左軍の野郎共に、一泡吹かせるぞ!!!」
「「「おおおおおお!!!」」」
***
そう、左軍の奴等に掛けた液体の正体は油だ。
油の付いた体に炎が宿った弓矢に刺されば、一瞬で炎が広がる。
俺は持ってきた如意棒を適当な長さに伸ばし、その場で軽く振り回す。
ブンブンブンッ!!!
その様子を見ていたお面の女が一本の刀を抜き、俺の方に一瞬だけ視線を送って来た。
前にいる奴等を始末する気か。
お面の女は俺の予想通りに、お面の女は一気に駆け出す。
タタタタタタタタッ!!!
「き、来たぞ!!!左軍のお面女がっ、あがぁぁ!!!」
お面の女の存在に男が気付いたが、女が素早く刀を振り下ろした。
ブンッ!!!
ブシャアアアアアア!!!
男の首筋から勢いよく赤黒い血が噴き出す。
お面の女は男達を次々と斬り倒しながら、直進して行く。
俺も後に続くように、お面の女の後を追い掛けた。
タタタタタタタタッ!!!
斬られた男達の体を踏み台にしながら、左軍の奥へと進み続けた時だった。
キラッ。
右側から、何かが飛んで来るのが見えた。
ビュンビュンッ!!!
上半身を後ろに逸らし、飛ばされた物を避ける。
俺に向かって投げ飛ばされたのは槍だったが、避けた槍が左軍の兵士の体に突き刺さった。
グサッ!!!
「ガハッ!?」
ドサッ。
槍が刺さった男は血反吐を吐きながら、その場で倒れ込む。
「あっぶなっ」
「おい。道を開けろ。当たれば楽に死ねたぞ、ガキ」
味方の兵士達を押し退けながら現れたのは、オールバックの髪の男だった。
「あの男は左軍の大将の側近をしてる男だ。後ろから来ている数人の男共もだ」
お面の女はそう言って、俺の耳元で囁く。
「使う武器は槍だ。自由自在に槍を扱う」
「成る程な」
確かに、お面の言う通だ。
今ここにいる左軍の連中の中で、やれる奴だ。
「右軍のジジイ共に入れ知恵したのは、お前だろ?あのジジイ共が自分達で考えたとは思えんのでな」
「だったら?アンタ等も頭使って戦ってんのか?」
「あ?」
「あぁ、頭使ってたら燃やされてねーわな」
自身の頭を指で突きながら、オールバックの髪の男を睨みつける。
「テメェ…、ガキが調子に乗ってんじゃねーぞ!!!」
頭に血が登った男が拳の握り締めたまま、俺に向かって走り出す。
タタタタタタタタタッ!!!
ビュンッ!!!
俺の意思で伸びた如意棒が、男の腹を強く貫いた。
ドカッ!!!
突然の伸びた如意棒の見たオールバックの髪の男は目を丸くする。
「退け、お前等に付き合ってる暇はねーぞ」
「通す訳ないだろ」
そう言って、オールバックの髪の男が右腕を軽く上げる。
ビュンッ!!!
背後から投げ飛ばされた槍が、オールバックの髪の男の元に戻った。
パシッ!!!
「何百年振りに、兄貴みたいに面白い男が来たな」
「オールバック。お前等の大将は何故、今日はいない。珍しい事もあるのだな」
「兄貴は宝の女の所にいる、本来なら、兄貴がここに来る必要はないのだ」
オールバックの髪の男とお面の女の会話に耳を奪われた。
あの野郎、牛魔王が残らせたやがったな。
この中に牛魔王が居る筈、俺の存在を無視して百花の所に絶対に行かない。
理由なんてシンプルなものだ。
アイツが俺を殺したがってるからだ。
出て来ないんだったら、俺が先に小桃の所に行く。
数歩分、後ろに下がり助走をつけて走る準備をする。
如意棒を突くように持ち替え、一気に走り出す。
タタタタタタタタタッ!!!
「おい、アイツ何かする気だ!!!」
「止め…っ、ぐあああああ!!!」
ズシャッ!!!
俺の行動を見た男が走り出そうとしたが、お面の女が素早く動き、男を斬り付けた。
ブンッ!!!
キィィィンッ!!!
オールバックの髪の男がお面の女の体を貫こうと槍を突くが、刀の刃で槍の動きを止めさせる。
「あの男はここで消しとかないといけないんでね。退けよ、女」
「ここは修羅道で、私達は終わらねー戦をしてんだよ。お前さ、今まで死んでいった奴の事を思い出した事あんの?」
「は??何??」
「覚えてねーだろ、お前を殺しても誰の記憶に残らねぇ。安心して死ねって事だ」
グサッ!!!
お面の女は話しながら隠し持っていた短剣を取り出し、オールバックの男の胸に強く突き刺した。
「ガハッ!!?」
「戦に情けは必要ねぇだろ?オールバック」
ブンッ!!!
容赦なく刀を振り下ろし、オールバックの髪の男の肩から血が噴き出す。
ブシャァア!!!
お面の女は俺の方を振り返らずに、左軍の中に一人で入って行く。
あの女なりの気遣いなのだろう。
俺の邪魔になりそうな奴等を優先的に、片付けてくれている。
タタタタタタタタタッ!!!
一直線に走り、如意棒を地面に力強く叩き付けた。
ダンッ!!!
グイーンッと如意棒が縦に思いっ切り伸び、俺の体が宙に浮き上がる。
シュルルルッ!!!
うねうねと動く黒い影が、俺の体に巻き付こうと動き出す。
ブンッ!!!
空中で体を捻らせながら、如意棒を使って影を吹き飛ばした瞬間。
目の前に大きな穴が現れ、中から白い手が伸びて来た。
俺はこの白い手が誰のものなのか知っている。
ガシッと、俺の腕を力強く掴んだのは牛魔王だった。
「お前を殺せる日が来たな、悟空!!!」
「今日でケリをつけようぜ、牛魔王」
俺達は同時に、各々が持っていた武器を振り下ろした。
ブンッ!!!
キィィィンッ!!!
***
小桃(桜の精)
小桃の目の前にいる男の人の左目の傷を見た事がある。
刀で斬られた深い切り傷。
小桃が小さい時、白虎が山賊から守ってくれた時の傷だ。
「昔、お嬢を山賊共から守った傷です。昔の事すぎて、お嬢は覚えてないかもしれませんが…」
「…、覚えてるよ」
「お嬢…」
「小桃の所為で出来た傷なんだよ?忘れた事なんて、一度もないよ…」
小桃は話しながら、いつの間にか泣いてしまっていた。
この人は白虎だ。
生まれ変わった白虎だ。
小桃の事を優しく見つめる黄色くなった瞳が、白虎そのものだもの。
「白虎…、ごめんねっ。小桃の所為で痛い思いをさせて、ごめんねっ」
「俺が白虎だって、信じてくれるんですか…?」
そう言って、白虎が不安げな瞳を向ける。
この眼差しも白虎がよく、小桃に向けていたものだ。
「白虎…、また会えて嬉しい」
「俺もまた、貴方に会いたくて仕方がなかった」
白虎が泣きそうな顔をしたまま、鳥籠の檻の隙間から手を握る。
人になった白虎は昔と何も変わらない。
「こんなにボロボロになって…、どうして修羅道になんか…」
「小桃は大丈夫。それよりも、ここに悟空が…。悟空が来てるの?」
「牛魔王の口振からして、そうでしょう。お嬢、百花もここに来ています」
「え…?」
百花ちゃんがここに?
ど、どうして…、百花ちゃんもここに…。
美猿王が悟空と牛魔王と殺し合いをさせる為…だ。
悟空は小桃を助ける為に、ここに来てくれたんだ。
小桃は…、悟空のお荷物になってる。
このままじゃ、ダメだ。
「鳥籠から出ないと…、ここにいたらダメだ」
「お嬢、鍵ならここにあります」
白虎はそう言って、ズボンのポケットから銀色の鍵を取り出した。
「本来なら奴…。悟空がここに来てから、探さなくてはいけない物らしいんです。俺は奴が来るまで待てませんから」
白虎が鍵を使って、鳥籠に付いていた南京錠を解除して行く。
ガチャンッ!!!
「白虎、百花ちゃんは右軍?の所にいるんだよね?」
「お嬢…、まさか百花の所に行くつもりですか」
小桃の言葉を聞いた白虎の顔色が一気に変わり、険しくなった。
白虎が怒るのも無理はない。
小桃を裏切って、白虎は殺されたのだから。
「あの女はお嬢を裏切ったんですよ、助けに行こうと?駄目だ、行かせる訳にはいかない」
「…、白虎。百花ちゃんが白虎を殺した事は絶対に許せない。小桃達を裏切って、牛鬼の所に行った事も納得してないよ。今の状況だって、小桃達には関係ないもの」
「だったら!!!何で…」
「小桃、まだ百花ちゃんの事が好きなんだ」
あんな事されたのに、百花ちゃんの事が嫌いになれていない。
「馬鹿な事言ってるのは分かってる。自分でも思うもん、馬鹿だなって。だけど、そう強く思えたのは…、
牛魔王の事をこの目で見たからなの」
「どう言う意味ですか…?」
「牛魔王も百花ちゃんの事を本気で、助けたいと思ってる顔をしてたの。悟空に死んでほしくない…、みんな死んでほしくないの」
「はあぁぁ…、お嬢は優し過ぎるんだ。昔と何も変わってないんだ」
白虎は深い溜め息を吐きながら、頭を乱暴に掻く。
「百花の事を本当の姉のように思っていた事も知っていた。だがお嬢、また百花に裏切られたら?裏切らない保証はどこにもないんだ」
「小桃、百花ちゃんの今の本当の気持ちが聞きたい。
小桃と同じで、ただ好きな人に会いたかったんだよ。今まで、百花ちゃんの気持ちを聞いた事がなかったなって…、思ったんだよね」
話していて、自分の事しか考えてなかった事に気付いた。
百花ちゃんは小桃の話を聞いてくれたのに、小桃は百花ちゃんの話を聞いてない。
今、百花ちゃんは何を思っているんだろう。
一人、鳥籠の中で彼女は何を思っているのだろう。
「お嬢、百花を迎えに行くつもりなんですね」
「ごめんなさい…」
「こうなったお嬢は頑固なんだよな…。分かりました、俺も一緒に行きます」
「え、良いの?」
「一人で行かせられませんよ」
そう言って白虎は小桃を抱き上げ、鳥籠の中から出してくれた。
生暖かく、少し息苦しい部屋の中で真っ黒な刀と目が合った。
引き寄せられるように黒い刀が置かれた棚まで歩き、
ソッと手で取る。
キーンッと耳鳴りがし、音が聞こえなくなった。
冷たい何かが体の中に流れ込んで来る。
バサバサッ!!!
黒い羽が目の前で舞い落ち、小桃の手の甲に一羽の紅目の鴉が止まっていた。
「お前、新しい主人か?俺の」
「え、え?」
「今度は小娘の子守りか…」
「あ、あの…?どこから来たの?」
小桃の言葉を聞いた鴉は、腕を伝って肩まで登ってくる。
「は?俺の事を棚から出しただろ」
「出したのは刀…、刀?!何で、鴉に…?」
「俺の存在を知られない為だ」
「え、えっと…そうなんだ?」
誰かに知られたらまずいって事かな?
よく分からないけど…、今は追求してる時間はないよね…。
「あの、鴉さん。小桃達、左軍の所に行かないといけないんだ」
「ほう、左軍に。俺はお前について行くだけだ、好きにしたら良い」
「あ、あぁ…、左様ですか…」
「おい、鴉。お嬢に舐めた口使ってんじゃねーぞ」
小桃が唖然としていると、白虎が鴉さんに喰って掛かっていた。
「白虎、小桃は気にしてないから大丈夫だよ。さっそく、左軍の所に行こう!!!」
「元気の良い娘だ、幼子を見ているようだ」
鴉さんはそう言いながら、小桃の頭の上に乗る。
なんか、懐かれてるような気がするんだけど…。
「あ!?」
「ちょ、ちょっと白虎!!!喧嘩を売らないの!!!」
白虎の腕を引きながら、急いで左軍の屋敷を後にした。
***
小桃達が左軍の屋敷を出た今も尚、孫悟空と牛魔王は激しい戦いをしていた。
キイィィンッ!!!
空中戦から地上戦に変えた二人は互いの武器を振るい、互いの体を傷付け合う。
左軍と右軍の兵士達も思わず手を止め、二人の戦いを見ていた。
「テメェは昔からそうだ」
「あ?」
「俺の事を下に見てる視線を送って来やがる」
牛魔王はそう言いながら、口の中に溜まった血を吐き出す。
「はぁ…?」
「じじぃを目ので殺してやったのに、お前の心を折ってやったのに!!!何で、前に進んでんだよ!!!」
シュルルルッ!!!
牛魔王の足元から伸びた影が大きく伸び、悟空の頭上から降り注ぐ。
ブンッ!!!
降り注がれる影を悟空は黙ったまま如意棒を振り回す。
キンキンキンッ!!!
ザッ!!!
悟空の背後に回り込んだ牛魔王は、影で作った刀を素早く振り下ろした。
ブンッ!!!
キイィィンッ!!!
悟空は振り返らずに如意棒の長さを変え、牛魔王が振り下ろした刀の動きを止めた。
上がった息を整えながら、悟空は後ろ振り返る。
「はぁ、はぁ…っ」
悟空の目に映ったのは、牛魔王の悔しがっている顔だった。
その表情を見て悟空は、須菩提祖師と幼い頃の宇轩(ユーシェン)の記憶を思い出していた。
宇轩は幼い子供のまま、牛鬼に騙され殺されている。
長い間、憎み続けた男が幼く見えていたのだ。
「可哀想な男だよ、お前は」
「何言ってんだ、テメェ…。可哀想って…、何だよ!!!馬鹿にしてんのか!!!」
「爺さんが俺の事を可愛がってたのが、許せなかったんだろ」
悟空の言葉を聞いた牛魔王は、顔を真っ青にしながら後ずさる。
牛魔王の目に映った悟空が、幼い頃に好いていた男と重なって見えていた。
精神も体も成長していない宇轩は、誰かを恨む事でしか生きれなかった。
そう教えたのは、自分を殺し食べた牛鬼だ。
自分の手で父親である須菩提祖師を殺し、最後に残した言葉に牛魔王は絶句した。
「それにな、悟空…。お前の事を、本当の息子のように思っていたんじゃ」
牛魔王は自分の存在を忘れ、悟空の事を可愛がっていた事を思い知った。
須菩提祖師が作り上げた悟空は、須菩提祖師の理想の子供だと思い知らされたのだ。
自分を愛さずに悟空を愛した事。
この事実は揺るぎなく、牛魔王の心を壊す狂気に変わった。
「牛魔王、いや…、宇轩」
悟空の口から出た言葉を聞き、牛魔王は自分の耳を疑った。
牛魔王(宇轩)
何で、アイツが俺の名前を知っている。
「っ!?何故、お前がその名前を知ってるんだ。誰も
俺の本当の名前など…、知る術はない筈だ!!!」
そう吐き捨てながら、目の前にいる悟空を睨み付け
た。
俺の事を可哀想な男と言っている眼差しに腹が立つ。
お前の前で親父を殺し、心を壊してやったのにっ!!!
親父を殺しても、化け物の姿になっても悟空の側にいる。
背後から抱き締められる感覚がし、振り返ると母さんが出て来ていた。
化け物になっても、俺の側にいてくれたのは母さんだけだ。
俺の家族は母さんだけ。
俺の仲間は全員死に、新たな仲間は牛鬼に持ってかれた。
「牛魔王、私は貴方の側にいる」
湿っぽい洞窟の中で、俺の頭を撫でながら百花がそう言った。
百花、お前は本当に可哀想な女だよ。
宝像国で会って、お前を抱いたのは俺だったんだ。
牛鬼の命令で牛鬼の姿のまま会い、恋人を抱くように抱いた。
お前に愛を囁いたのも、お前を抱き締めたのも俺だ。
幸せそうな顔をして俺に抱き付きいてきて、本当に馬鹿な女。
好きな男の見分けも付かないのかよ。
真実の愛なんてものは、この世に存在しない。
家族愛も恋人愛も、俺には程遠いもの。
何で、俺は百花を迎えに行こうとしている?
何で、百花の顔が頭から離れない?
「お前を殺したら、全てが解決するんだ。だから、黙って、俺に殺されろ悟空!!!」
ブンッ!!!
ズシャッ!!!
そう言って影で作った刀を振り下ろした瞬間、視界が赤黒く染まった。
「お前の駄々に付き合ってやるよ、宇轩。気が済むまでな」
そう言った悟空の優しくて低い声が、お兄さんの声と同じだった。
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